第23話 決意の帰路と聖典の矛盾(前編)
「大山羊の遺跡」に朝の光が差し込み、調査隊のベースキャンプは撤収作業の慌ただしさに包まれていた。
だが、その活気とは裏腹に、隊の中心を担う者たちの間には、かつてないほど重苦しい沈黙が横たわっている。
エリーナは、地下の「澱の核」の前で女神イリテスから授けられた真実、そして自らが導き出した世界の構造について、副隊長のロバートをはじめとする調査隊全員を招集し、緊急の報告を行った。
「……信じられない。教会が説く『平和をもたらした神々』の裏側に、これほど凄惨な、そして現在も続くの戦いがあったとは」
ロバートは震える手で、エリーナが書き留めたメモを凝視した。
かつて「神捨ての遺構」を調査していた際にも、太古に神々同士の争いがあった可能性については、隊の間で議論されたことがあった。
だが、あの時の彼らにとって、それはあくまで「遠い過去の、自分たちとは無関係な歴史の断片」でしかなかったのだ。
「これまでは、過去の記録を掘り起こすことが私たちの仕事だと思っていたわ。でも、事実は違った。神々が封印した邪悪な魔力――『澱』は、今も地中で力を取り戻そうとしている。」
エリーナの言葉が、隊員たちの胸に鋭い楔のように打ち込まれる。
彼らは知らぬ間に、ただの観測者から、世界を揺るがす「神話の続き」を演じる当事者へと引きずり込まれていたのである。
教会の聖典では、「この世に邪悪な神など存在せず、悪しきものはすべて人間の弱い心から生じるものだ」と教えられてきた。
しかし、今目の前にある現実は、その教義がただの「都合の良い嘘」であることを突きつけている。
世界各地に点在する遺跡は、人々の祈りの場ではなく、地中の化け物を押し留めるための「楔」であり、それらが今、限界を迎えつつあるのだ。
「澱の活性化を止めるためには、祝福を受けたゲイル達が各地の楔を巡り、封印を再び繋ぎ止めるほかないのよ」
エリーナは、震える手で羊皮紙を握りしめながら、全員の顔を見渡した。
以前のように無邪気に新発見を喜ぶ学者の姿は、そこにはもういなかった。
一同は、かつてない重圧と、聖典の教えが偽りであったという衝撃を抱えながら、静かに荷造りを進めていった。
「……さて、情報を共有したところで、まずはここを離れるわよ。馬車を返した、あの街道の崩落地点まで戻りましょう」
エリーナの号令とともに、調査隊は重い真実を胸に抱きながら、「大山羊の遺跡」を後にした。
それぞれの胸中には、女神から示された「北方の山奥にある遺跡」への困惑と、自分たちの足跡が世界の命運を左右するという、得体の知れない恐怖が渦巻いていた。
カイは、巨大な結晶機材を背負い直し、右膝の調子を確かめた。
(俺を救ってくれた神様が、実は人見知りで、化け物を閉じ込めるために戦っていたか……。俺の膝も、そのためにあったってわけか)
カイは、かつて夢で見たスキンヘッドの神「カリウス」の不敵な笑みを思い出し、自分なりの覚悟を、一歩ずつ胸の中に刻んでいた。




