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2話 禁忌の森と白銀の悪魔(後編)

――バキバキバキッ!!!

突如、カイの数メートル前方にあった大木の枝がが、まるでマッチ棒のようにへし折られた。

凄まじい質量が降って湧いた衝撃で、森の空気が爆ぜる。

「くっ……!」

カイは空中で強引に体を捻り、近くの枝に着地して急ブレーキをかけた。

舞い上がる木屑と煙の向こうから、地鳴りのような低い唸り声が響き渡る。

そこにいたのは、体長2メートルを超える、白銀の毛並みを持つ巨猿だった。

しかし何より異質なのは、大蛇のように太く強靭な『4本の腕(四臂)』が生えていること。

白銀の巨猿――ハヌマン。

古の封印を守るその守護獣は、猛スピードで祭壇へ近づいてくるカイを、封印を脅かす危険な侵入者だと断定し、怒りに満ちた眼光で睨みつけていた。

ウガァァァァッ!!!

鼓膜を震わせる咆哮とともに、ハヌマンが動いた。

4本の腕で周囲の木々を掴み、振り子のように恐るべき速度で加速。全方位から、丸太のような拳がカイへと襲いかかる。

(荷物が危ない!)

爆ぜるように後方に飛び、体を極限まで捻り、背中のトランクを死角へ隠しながら、ハヌマンの猛攻を紙一重で躱し始める。

巨木の幹を蹴り、蔦をくぐり、空中で体を反転させる。

すべては荷物を守るため。しかし、ハヌマンの立体機動はカイの想像を絶していた。

カイは足場となる木と木の間を矢のように移動するが、ハヌマンは4本の腕を巧みに使い、上下左右に重力に縛られずカイを追い詰める。

そして、右からの拳を避けた瞬間、頭上と左側から、残る腕が退路を完全に断つように迫る。

躱せば、確実に背中の荷物が直撃を受けて粉砕される絶体絶命の瞬間。

(間に合わない――っ!?)

その刹那、カイの脳裏に、あの嵐の夜の光景が鮮明にフラッシュバックした。

光の世界。

白霧の向こう、おぼろげに浮かび上がるスキンヘッドと巨躯の神――『カリウス』。

神の影が、胸の前で指を交差させ、ビシィィィンッ! とあのポーズをキメる姿。

駆動音が、頭の中で鳴り響いた。

(だったら――)

神の姿に弾かれるように、カイの肉体が本能のままに躍動した。

上空から迫るハヌマンの巨拳に向かって、鋭く跳躍する。

全神力を集中させたのは、自らの『右膝』。

下から突き上げるような、起死回生の――『膝蹴り(ニーリフト)』!!

ズドォォォォォンッ!!!

肉体と肉体がぶつかり合う音ではない。爆薬がで炸裂したかのような重低音が、禁忌の森を震わせた。

ハヌマンの巨拳と、カイの膝が衝突する。

カイの膝は無傷。それどころか、神力を宿して超硬化した膝に叩きつけられたハヌマンの拳のほうが、激しい衝撃とともに上空へと弾き返された。

「――っ!?」

着地し、拳を痺れさせたハヌマンが、驚愕に目を見開いて動きを止める。

守護獣は感じ取っていた。今の一撃の瞬間、少年の膝から放たれた、忘れ去られた神の脈動ビートを。

(この脈動は……)

ハヌマンが呆然としたのは、ほんの一瞬。

だが、プロの運び屋がその隙を見逃すはずがかった。

「ふんッ!!」

カイは着地と同時に、爆発的な加速でハヌマンの脇をすり抜けた。

ハヌマンは、もう追ってこない。

背中のトランクは無傷。膝のバネは最高潮。

そのまま影のように森の出口へと駆け抜けようとした、その時だった。

――ズズズズズズ……ッ!!!

突如、カイの足の裏を通じて、森の遥か奥深くから、大地を揺るがすような不気味な地鳴りが響いてきた。

それは豪雨による土砂崩れの音とも、ハヌマンの咆哮とも違う、世界そのものが恐怖に震えているかのような、おぞましい魔力の残響。

「っ……なんだ、今の音……!?」

カイは一瞬だけ背後を振り返ったが、今は仕事の最中だ。

奥歯を噛み締め、迫る期日のために再び前を向いて激走する。カイは見事、期日を数時間も残した午前中に、隣国へ荷物を届け切ったのだった。



「ふぅ……。よし、これで仕事は完了、と」

隣国の街で大商人から大金の報酬を受け取り、カイは大きく息を吐き出した。

本来なら、宿をとって美味いものでも食べて休むところだ。

だが、カイは街の門の近くで、自分の右膝をじっと見つめて立ち尽くしていた。

どうしても、頭から離れない。

別れ際にハヌマンが見せた、あの妙に人間臭い驚きの表情。追ってこなかった理由。

そして何より、自分が森を抜ける直前に足裏へ伝わってきた、あの不気味な大地の震えが。

カイのバックパックは、今はもう空っぽだ。守るべき荷物はない。

「……やっぱり、気になるな」

あのままただの侵入者として殺されてもおかしくなかった自分を、あいつは最後に、あきらかに見逃してくれた。それに、あの森の奥には、何かとんでもないヤバいものが眠っている気がする。

カイの顔に、不敵な笑みが浮かぶ。

「荷物は、もうない……」

空になったバックパックのベルトを強く締め直す。

――カチリ。

膝の奥で、神の歯車が力強く噛み合った。

次の瞬間、カイは来た道をUターンし、ハヌマンの待つ『禁忌の森』へと再び爆走を開始したのだった。


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