第19話 試練の再戦と秘められた力(前編)
「神捨ての遺構」の調査本部にたどり着いたカイたちは、緊張からようやく解放された安堵の吐息をついていた。
仮設されたテントの中では、エリーナや遺構の残っていたロバートや学者たちが円陣を組み、カイとゲイルが持ち帰った報告に食い入るように耳を傾けている。
「──なるほど。山羊の遺跡に突如現れた強力な魔獣を討伐し、その後、手負いとなった大山羊が自らの命とも言える力を振り絞り、崩れかけた遺跡を綺麗に修復した……と」
エリーナは手元の紙にインクを走らせながら、幾度も深く頷いた。
その隣に控える学者たちは、まるで珍しい宝箱を前にした子供のように身を乗り出し、一字一句聞き漏らすまいと熱心に聞いている。
「ああ。修復が終わった途端に、あの大山羊は溢れ出た黄金の光に包まれて……光が収まったら、この仔山羊になっていたんだ」
カイが視線を落とすと、そこにはカイの足元でハヌと仲良く並んで丸くなり、くりくりとしたつぶらな瞳で好奇心旺盛に周囲を見回す仔山羊の姿があった。
ハヌもまた、新しくできた小さな友人の毛並みを甲斐甲斐しく毛繕いしてやっている。
「大山羊から仔山羊になるなんて、ハヌの時とまったく同じだな」
カイは何気なく、懐かしむようにその言葉を口にした。
だが、その瞬間──テント内の空気が凍りついたようにピタリと止まった。
羊皮紙の上を滑っていたエリーナの羽ペンがピタリと止まる。
エリーナはゆっくりと顔を上げると、鋭い眼光をまっすぐにカイへと向けた。
「……待って、カイ。今『ハヌの時と同じ』と言ったかしら?」
エリーナの詰問するような声に、カイは何事もないかのように淡々と答えた。
「……ああ。禁忌の森でハヌと出会った時もそうだ。元々は白銀の巨大な大猿で、森の遺跡を守っていた。頭がたくさんある蛇の魔獣と戦った後、大猿だったハヌが光に包まれて、壊れていた遺跡が直っていった。そして、大猿が今のハヌの姿になったんだよ」
カイの説明が終わるや否や、静まり返っていたテント内が一転して激しい喧騒に包まれた。
学者たちが一斉に椅子を蹴立てるようにして立ち上がる。
「遺跡と魔獣の関係性、そして守護獣が遺跡を修復し、その反動で姿を変えて小さな個体になる…… 2つの遺跡で同様のことが起こっているのか。では他の遺跡ではどうか?……」
学者たちが一斉にざわめき立つ。
ひとしきり考察と議論が交わされた後、場の空気は静まり、今度はゲイルへと視線が集まった。
その腰に差された長剣からは、どこか禍々しくも神聖な異彩が漂っていた。
あの苛烈な魔獣の肉体を溶かし、一刀両断にした黒炎の剣だ。
「……俺が授かったのは、嫉妬の感情を糧にする、女神の祝福だ。カイに引き離されて森の中に1人でいたところ、女神が目の前に現れた。『剣と感情の神』と言っていた。」
ゲイルは重々しい口調で語り始めた。
その声には、己の内に宿った未知の力に対する畏怖と、騎士としての責任感が混ざり合っている。
「だが、この力は己の感情が高ぶらねば真価を発揮しない。それに……どれほどの威力を秘め、己の身体にどんな負荷がかかるのか、俺自身まだ完全に制御しきれてはいないのだ。この力を使っている時、何度か感情に流され、自分を見失いそうになる事があった。私もまだこの力の限界や特性等は全然分かっていない。」
ゲイルの真っ直ぐな言葉に、全員が深く頷いた。
思案顔で顎を叩いていた一人の学人が、不意にポンと手を打つ。
「それでしたら……この『神捨ての遺構』に佇む、あの灰色のゴーレムで試してみてはいかがでしょうか?」
「あのゴーレムで……か?」
カイが問いかけると、学者は力強く頷いた。
「ええ。カイさんたちとの戦闘の末に現在は機能停止しており、動かない状態です。ですが、今は損傷も勝手に修復していますし、もう一度立ち会えば動き出すのではないですかね?それに、元々は膨大な魔力と、恐ろしいほどの頑強さを誇る古代の自動兵器です。ゲイルさんの全力の一撃を受け止める標的としては、これ以上ない最高の一品でしょう」
その提案を聞いたゲイルの唇が、不敵な笑みを描いた。
「望むところだ。あの時は私の剣技も及ばず、一撃で弾き飛ばされた屈辱の相手……。女神の祝福を受けた今の俺がどこまで通じるか、己の限界を確かめさせてもらう」
こうして、明日への英気を養うべくその日は解散となり、明朝、遺構の広場にてゲイルの力を検証する試練の再戦が行われることが決まったのだった。




