第18話 巡る追走と新生の絆(後編)
「神捨ての遺構」へと続く深い森の道中、カイとゲイルは足並みを揃えて駆け抜けていた。
すると前方から、草木を押し分ける複数の足音が近づいてくる。
「──カイ! ゲイル!」
木々の隙間から姿を現したのは、二人を案じて追いかけてきていたエリーナと、数人の騎士たちで構成された追走班だった。
「エリーナ様……!」
「お二人とも、ご無事でしたか!」
騎士たちが歓声を上げ、エリーナは心底安堵したように胸に手を当てて駆け寄ってくる。
「二人とも、本当によかった……! 怪我はない?」
「ああ、大丈夫だ」
カイが穏やかに応じると、エリーナの視線が、ゲイルの腕の中にしっかりと抱えられている小さな存在へと注がれた。
「……? ゲイル、その腕に抱えているのは……山羊?」
ゲイルは慎重に仔山羊を抱え直し、真面目な面持ちで説明を始めた。
「はい。この森の奥の遺跡を守っていた大山羊です。山羊は壊れた遺跡から現れた巨大な魔獣と戦っており、我々も一緒に戦いました。魔獣を倒した後、山羊は残った力を使って壊れた遺跡を修復しまし、この姿へとなったのです」
「遺跡を修復して、仔山羊に……」
エリーナは目を見開き、顎に手を当てて思案した。
「守護獣が役割を果たし、姿を変えて復活する……あの遺跡も、古代の神々に深く関わる重要な場所。もう一度遺跡に行って調査すべきね」
「待て、エリーナ。今から遺跡に向かえば、到着する頃には完全に日が暮れる。本隊の調査隊からも離れてしまうぞ」
カイが静かに制すると、エリーナも我に返り、空を見上げた。木々の隙間から差し込む光は、既に茜色を帯び始めている。
「……そうね。一度『神捨ての遺構』へ戻り、態勢を整えてから改めて向かいましょう」
決断を下すと、一行は神捨ての遺構へと引き返し始めた。
その道中、エリーナは並んで歩くゲイルへ問いかけた。
「ねえ、ゲイル。さっき言っていた魔獣は、どんな姿だったの? ……それに、どうやって倒したの? やっぱり、カイとハヌが倒したのかしら?」
「──ッ」
無意識のうちに自分を戦力として数えていないエリーナの問いかけ。
その瞬間、ゲイルの腰にある長剣の鞘から、ジュッ……という重苦しい音と共に、禍々しい黒い炎が揺らめき溢れ出した。
「えっ……!? ゲイル、その炎は一体……!?」
エリーナが驚愕して足を止める。
ゲイルは冷静に溢れ出す黒炎を抑え込み、長剣をそっと見つめ、自嘲気味に口を開いた。
「……私も、神から祝福を受けました。しかし、この力は私の中にある……『嫉妬』の感情を根源としています。あまり、人様に褒められた代物ではありません。……ですが、私はこの力を以て、カイと共に魔獣を打ち倒しました」
己の醜さを隠さず、静かに語るゲイル。
ふとエリーナの顔を見たゲイルは息を呑んだ。
エリーナの瞳は爛々と輝き、信じられないほどの熱を帯びていたのだ。
「神の祝福……!? 嫉妬を糧とする力……! 待って、教会の聖典にはそんな記述は存在しないわ! 感情を直接力に変える神性の系統!? どのような感覚なの!? 身体への負担は!? 精神への干渉は──」
「エ、エリーナ様、落ち着いてください……!」
一息で畳み掛けるように迫るエリーナの熱量に、ゲイルはタジタジになりながら制止した。
「詳しい話は『神捨ての遺構』に戻ってからしっかり説明します。ですから……」
「……はっ! ご、ごめんなさい、取り乱したわ」
エリーナはコホンと咳払いをすると、顔を赤らめつつも、すぐにツカツカと先頭を歩き始めた。
「(……嫉妬の神性。概念としては戦神の派生? あるいは禁忌とされる感情の神格化……? カイの『歩みと跳躍の神』とは明らかに異質の体系……ブツブツ)」
「……すっかり自分の世界だな」
カイが呟くと、肩の上のハヌも「きゅい」と同意するように小さく頷いた。
やがて一行が「神捨ての遺構」へと戻ると、撤収準備を終え、待機していたロバートや学者たちが一斉に出迎えた。
「エリーナ様! カイ、ゲイル殿! ご無事で何よりです!」
安堵の声が飛び交う中、一行はエリーナの大きな指揮用テントへと移動した。
集まったのはエリーナ、カイ、ゲイル、ハヌ、抱えられた仔山羊、そしてロバートと数人の学者たち。
中央のテーブルを囲み、一同が息を呑んで見守る中、カイとゲイルは大山羊の遺跡で起きた死闘、突如現れた四肢を持つ蛇のような魔獣、そして二人と二匹が力を合わせて魔獣を討ち取った一部始終を、順を追って説明し始めたのだった。




