第17話 神鳴る森と、燻る残火(前編)
「神捨ての遺構」の最深部にある円形広場で、ゴーレムとの死闘を繰り広げてから、早いもので数週間が経過していた。
その間、遺跡の調査は極めて順調に進んだ。
カイは、エリーナの指揮のもとで古代の遺物や壁画の模写といった資料を遺跡から調査本部へ搬出し、時にはハヌを肩に乗せ、さらに深度の深い未踏エリアへ同行することにすることもあった。
遺跡内には、カイ達が戦ったゴーレムと同じ物が何体か見つかったが、何れも破損が激しいものや、苔に覆われた物がほとんどで、全て機能停止していた。
また、遺跡内には魔物の類は全く見られず、調査は特に問題なく幕を閉じた。
そして今日、青く澄み渡る空の下、遺構の外に設けられた調査本部では撤収作業が始まっていた。
「おい、カイ。その木箱、俺が運ぼう」
背後から掛けられた声に、カイは重い荷物を抱えたまま振り返った。
そこには、すっかり顔色の良くなったゲイルが立っていた。
療養を経て、ようやく今日から本格的に身体を動かせるようになったのだ。
「ゲイルか。無理すんなよ、まだ病み上がりだろ」
「問題ない。これ以上身体が鈍っては困るからな。それに、お前に仕事を任せきりにしておくわけにはいかん」
ゲイルは少し自嘲気味に微笑み、カイの手から重い木箱を受け取った。
その動きに淀みはなく、ゲイルの体調が快復していることが見て取れた。
しかしカイはゲイルの瞳の奥に陰りを見た。
あのゴーレム戦で、自分は何もできなかった。
それどころか、一介の運送屋であるカイに命を救われ、その圧倒的な力をただ見上げることしかできなかった──その事実が、ゲイルの胸中で今もなお、重い澱のように沈殿していることを、カイは察していた。
だが、それを他人がとやかく言うのは野暮というものだった。
「そっちの馬車に積んどいてくれ」
「ああ、任せておけ」
ゲイルが木箱を運んでいくのを見送っていると、足元で大人しくしていたハヌが、不意にその小さな身体の毛を逆立てた。
「グルルル……ッ!」
喉の奥から、鋭く低い警戒の唸り声が漏れる。
「ハヌ? どうした──」
カイが問いかけると同時。
神捨ての遺構のはるか遠方の森から、空気を激しく引き裂くような爆発の音が響き渡った。
──ズズズズン……ッ!!
地鳴りを伴う凄まじい衝撃波が、ベースキャンプのテントを大きく揺らす。
「何事だ!?」
「敵襲か!?」
周囲の騎士や学者たちがパニックに陥る中、異変はそれだけに留まらなかった。
ザワザワと騒ぎ立つ森の奥から、無数の野鳥が悲鳴のような鳴き声を上げて飛び立ち、さらには野生のシカやイノシシ、ウサギといった森の動物たちが、怯えきった様子でベースキャンプの方向へと一目散に走り抜けていく。
ハヌは爆発のあった方角──かつて、「巨躯の山羊」が守っていた遺跡の方角を睨みつけ、牙を剥いて猛烈に威嚇している。
そして、真剣な眼差しでカイの顔をじっと見つめてきた。
(あの場所には、何かが封印されているとエリーナは言っていた。……まさか禁忌の森と同じ?)
エリーナから聞いた、世界に散らばる「邪神の封印」の知識がカイの脳裏をよぎる。
あの山羊の守護獣が守っていた場所で、何かが起きている。
「エリーナ!」
撤収指示を出していたエリーナの元へ、カイは一気に駆け寄った。
「カイ!? 今のは一体──」
「様子を見てくる」
「えっ、ちょっと、カイ!」
エリーナが引き留める声を背に浴びながら、カイはハヌを肩に飛び乗らせ、森の奥へと走り出した。
カリウスの祝福を受けたカイの「脚」が爆発的な速度を生み出す。
「待て! カイ!」
その後ろ姿を追い、長剣を携えたゲイルが本能的に森へと走り出す。
「ゲイル! あなたまで行ったら護衛が──!」
エリーナの制止の声が響いたが、ゲイルの耳にはもう届いていなかった。




