第16話 世界の輪郭と騎士の誇り(後編)
「……エリーナ。悪い、俺は歴史とか世界の仕組みとか、そういう難しいことはさっぱりなんだ。頭が痛くなってくる」
カイが両手を挙げて降参すると、エリーナはハッと我に返り、恥ずかしそうにクスリと苦笑した。
「ふふ、ごめんなさい。少し興奮しすぎたわね。……でも、本当に凄いのよ。良い機会だから、私たちが学校や教会で教わる『世界の常識』と、この遺跡が示している『異常性』について、分かりやすく説明してあげるわ」
エリーナは近くの瓦礫に腰掛け、人差し指を立てた。
「まず、現在の教会の教えであり、国定の歴史書に記されている一般的な神話のお話よ。カイでも分かるように掻い摘んで説明するわね――『この世界は神々が作り、神が人を作った。しかし、人と人の争いが絶えない暗黒の時代が続き、神々がこの世に降り立って人の世を平定した。その時に、神の数だけ国ができ、人々が落ち着きを取り戻した後に神はこの世を去った』……これが、今の私たちの共通認識よ。今は神々が去ってから長い年月が経ち、また国同士の戦争が始まりかけているけれどね。戦争してるのは人同士、神様が来て世界が平和になりましたってこと。」
「まあ、子供の頃に近所の爺さんから聞いたことがあるな。世界の平和は神様のおかげって。」
「ええ、その通りよ。教会の教えではね、『この世に邪悪な神など存在しない。悪しきものは、すべて人間の弱い心から生じるものだ』とされているの。
……でも、この遺跡が示している真実は、それと矛盾するわ」
エリーナは真剣な眼差しになり、背後の大きな壁画を指さした。
「この遺跡は『神捨ての遺構』と呼ばれていたのだけど、かつて神々が『戦をするための鍛錬場』として使っていた場所だと思うの。そして、神々が戦っていた相手……それは、人間なんかじゃないわ。世界を終焉に導く存在――対立する神。つまり、かつてこの世界では、神と神による大規模な戦争があったのよ」
「神様同士の、戦争……」
カイは呟き、足元のハヌを見た。ハヌは神妙な顔で、静かに頷いている。
「今、分かっているのはこれくらいね。詳しくはまだまだ調べてみないと分からないけど。ただ……」
エリーナは一呼吸置き、少し声を潜めて告げた。
「……もし、この調査結果をそのまま外に発表したらどうなると思う? ……教会の教義を根底から覆す『異端』扱いされてしまうと思うの」
「世間的には、悪い神様は最初からいない事にしないと教会の面目が潰れるわけだ。教会が支持してる神様が本当に良い神様か分からなくなるからな」
「そういうこと。まぁ遺跡の調査に時間がかかるからまだそうと決まった訳じゃないんだけどね。さぁ忙しくなるわ。」
そう言うと、エリーナは玩具を貰った子供のような無邪気な顔で学者達の中に戻っていった。
(神様同士の戦争か……カリウスも戦争で戦ってたんだろうか。そして、あの時の俺は戦いを楽しんで笑っていた)
カイは神々の真実に触れ、自身の中の戦いへの恐怖心よりも楽しさが大きくなる感覚に戸惑いを感じていた。




