第16話 世界の輪郭と騎士の誇り(中編)
ゲイルの剥き出しの弱音と嫉妬。
かつて高慢だった男が、改心して仲間となり、それでもなお自身の至らなさに直面して苦しんでいる。
その本音を、テントの静寂が包み込んでいた。
だが、カイの表情は変わらなかった。
同情して言葉を濁すことも、怒ることもない。
ただ、いつも通りの飾らない、少し呆れたような現実的な声でゲイルを見つめ返した。
「弱音を吐いても、何も変わらないだろ」
「っ……」
「俺を僻んでるゲイルなんてもういないと思ってたんだがな。強いとか弱いとか、祝福があるとかないとか、そんなのどうでもいいだろ」
カイは立ち上がり、ゲイルのベッドに一歩近づいた。
「ゲイルが本当に考えなきゃいけないのは、そこじゃないはずだ。ここにいるのは、誰のためだ? 誰を護るために戦ったんだよ」
カイの真っ直ぐな視線が、ゲイルの動揺する瞳を射抜く。
「強いやつが偉いわけじゃない。俺を僻んだところで、ゲイルの剣が強くなるわけでもない。……ここゲイルがいるのは、エリーナの為に何ができるか、それだけだろ」
「エリーナ様の、ために……」
ゲイルは息を呑んだ。
カイの言葉は容赦がなく、突き放すようでもあったが、だからこそゲイルの心に深く刺さった。
自分が何のために騎士になり、何のためにこの手を汚し、剣を振るってきたのか。
その原点を、カイの飾り気のない正論が強引に思い出させたのだ。
自分を僻んでいる姿は、本当のゲイルではない。
ただエリーナのために戦う姿こそが、ゲイルの誇りだろう――カイは、ゲイルの騎士としての芯を信じているからこそ、そう告げたのだった。
「……手厳しいな、お前は」
ゲイルは深く息を吐き出し、握りしめていた拳をゆっくりと緩めた。
その瞳からは、先ほどまでの濁った嫉妬が消え、いつもの理性的で前を向こうとする光が微かに戻っていた。
「だが、その通りだ。私は自分の無力さに怯え、本質を見失っていたようだ。……感謝する、カイ。不甲斐ないところを見せた」
「気にするな。元気になったら、荷物持ちを手伝ってもらおうかな」
カイは小さく笑うと、ゲイルのテントを後にした。
ゲイルは一人、ベッドの上で自分の手を見つめる。
心の中に燻る強烈な「嫉妬」と、それを乗り越えようとする「闘争心」の残火。
その激しい感情の昂りに呼応するように、遥か彼方から昏く悍ましい視線が彼に注がれたのを今のゲイルが気づくことはなかった。
医療用テントを出たカイは、あの巨大なゴーレムが佇む広場へと戻っていた。
そこでは、エリーナが目を輝かせながら、削られた壁画や動きを止めたゴーレムの足元を調べ、熱心にノートに書き写していた。
「あ、カイ! ちょうどいいところに!」
カイの姿を認めるや否や、エリーナは普段の高潔なお嬢様らしからぬ、興奮した様子で駆け寄ってきた。
その頬は知識への探求心で赤く染まっている。
「聞いてちょうだい! ロバートたちと調査を進めた結果、驚くべきことが分かったわ。このゴーレム、ただの防衛兵器ではなかったのよ! これは『対峙した相手の能力を参考にして、その出力を増減させる訓練用の機体』だったの! だからゲイルも命を落とさずに済んだのね。それに、この時代の魔術技術は、私たちの現代よりも遥かに進んでいるわ!」
「へえ、訓練用ねぇ……」
カイは感心したように相槌を打つが、その後のエリーナの口から飛び出す「魔力循環数式の効率化」だの「自律駆動プログラムの構造」だのといった専門的な話になると、完全に意識が遠のいていくのが分かった。




