第16話 世界の輪郭と騎士の誇り(前編)
遺構の外に設営された調査本部は、にわかに活気づいていた。
ロバートの指揮のもと、騎士や学者たちが慌ただしく行き交い、内部から運び出される記録結晶や壁画の模写の束を整理している。誰もが真剣な面持ちで、古代の遺産の解読に全力を注いでいた。
そんな中、運送屋としての仕事を終えたカイは、完全に手持ち無沙汰になっていた。
遺跡の外に置かれた木箱に腰掛け、ぼんやりと空を眺める。足元では、すっかり小さくなったハヌが、支給された干し肉を器用に両手で持ってモグモグと貪っていた。
「……ま、俺の仕事は荷物を運ぶところまでだしな。これ以上ここにいても、邪魔になるだけか」
カイはハヌをひょいと肩に乗せると、ゆっくりと立ち上がり、一度身体を大きく伸ばしてから、医療用テントの方へ視線を巡らせた。
「そういえば、ゲイルの様子はどうなんだろうな」
戦いで傷を負ったゲイルのことだ、命に別状がなくても、あれだけの巨躯に弾き飛ばされたのだ。
かなりの衝撃だったはずである。
カイはハヌを肩に乗せたまま、医療用として建てられたテントへと足を向けた。
テントの薄い布をめくると、中には簡素なベッドに横たわり、天井をじっと睨みつけているゲイルの姿があった。
上半身に包帯を巻かれた彼は、カイの気配に気づくと、いつもなら浮かべるはずの生真面目な表情を硬くし、苦々しく顔を歪めた。
「……カイか」
「調子はどうだ、ゲイル。思ったより元気そうじゃないか」
カイが近くの空箱を引っ張ってきて腰を下ろすと、ゲイルは自嘲気味に深く息を吐き出した。
その表情には、これまでにないほど暗い影が落ちている。
「……いや、身体の傷は大したことはない。エリーナ様の処置も早かったからな。だが……」
ゲイルは布団の上で、拳を強く握りしめた。
その身体が、微かに震えている。
「情けない話だが、心が追いつかないのだ。……私は騎士だ。エリーナ様をお守りし、その盾となり剣となることでしか、己の存在を証明できない。それが私の誇りであり、生きる意味だったはずなのだが」
ゲイルの言葉は重く、テントの空気を沈ませていく。
カイは何も言わず、ただゲイルの言葉を待った。
「あのゴーレムを前にした時、私は何もできなかった。一撃で弾き飛ばされ、ただ無様に転がることしかできなかった。……それなのに、お前は違った」
ゲイルの瞳が、ゆっくりとカイへと向けられる。
そこには、改心して以降の理性的で真っ直ぐな彼からは想像もつかないような、生々しい感情が渦巻いていた。
「お前が私を助けてくれたことには、心から感謝している。それは本当だ。だが、それと同時に……私はお前に、嫉妬を感じている。神から与えられた圧倒的な祝福の力。それを受け入れ、あの絶望的な窮地を切り開いてみせたお前の強さが……私には、どうしても妬ましいのだ。……そして、あの時守ろうとしたお前に守られた俺が……忌々しくてたまらんのだ」
仲間として対等に接しようとする理性を、騎士としてのプライドと自身の無力さへの絶望が、強引に塗りつぶしていく。
ゲイルは隠しきれない嫉妬の言葉を、吐き出すようにカイへとぶつけるのだった。




