第15話 遺構に眠る試練(後編)
静寂が、広大な円形の広場を包み込む。
先ほどまでの嵐のような剣撃と破壊の音が嘘のように、空間は冷ややかな沈黙を取り戻していた。
「……終わった、のか?」
倒れていたゲイルが、痛む身体を強引に起こしながら呟く。
その視線の先には、頭部と胸部を大きく破損されながらも、崩れ去ることなく厳然と立ち尽くす灰色の巨躯があった。
単眼の光は完全に消え、今はただの精巧な石像のようだった。
「ふぅ……」
カイはゆっくりと立ち上がり、深く息を吐き出した。
その瞬間、全身を猛烈な疲労感が襲う。
しかし、それ以上にカイを驚かせたのは、自分の内面の変化だった。
(……怖く、なかった。いや、始めは確かに死ぬかと思ったはずなのに)
ゴーレムが目覚め、ゲイルが弾き飛ばされた瞬間は、心臓が潰れるほどの恐怖を感じていた。
だが、神の祝福が全身を駆け巡り、神速の刃を足場にして跳躍したあたりから、恐怖心はどこかへ吹き飛んでいた。
それどころか、強敵との駆け引きに、己の限界を超える感覚に、奇妙な高揚感さえ覚えていたのだ。
自分の手のひらを見つめながら、カイは複雑な感情を噛み締める。
ただの運送屋の自分が、戦闘の中で「楽しさを感じていた」という事実に、微かな戸惑いを感じずにはいられなかった。
「カイ!」
張り詰めた声を上げながら、エリーナが真っ先に駆け寄ってきた。
彼女の美しい顔は青ざめており、カイの前に立つと、その肩を掴んで上下左右へと視線を走らせる。
「大丈夫!? どこか怪我は……」
「ああ、掠り傷くらいさ。それより、ゲイルのほうが重症だろ」
二人がゲイルのもとへと急ぐ。
大怪我かと思われたゲイルだったが、エリーナが手早く診断すると、幸いにも骨折まではしておらず、打撲と軽い脳震盪程度で済んでおり、3人はバツが悪そうに苦笑する。
ふっと息を突いたエリーナだったが、すぐに真剣な、どこか射抜くような眼差しでカイを見つめた。
「……ゲイルが軽傷で本当によかったわ。それより、あなた……戦っている途中で、笑っていたわね?」
「え? 俺が?」
「ええ。信じられないような跳躍をして、ゴーレムの剣を踏み台にしたときからずっと。あなたの口元が確かに吊り上がっていたわ。……とても、楽しそうに」
指摘され、カイは心臓が跳ねるのを感じた。他人の目から見ても、自分が笑っているように見えたのだ。
「いや、それは……無我夢中だったっていうか、必死だっただけだよ」
バツが悪そうに視線を逸らすカイの足元で、エリーナと一緒にいたハヌが「キュイ」と鼻を鳴らし、呆れたように彼の靴を小突いた。
「エリーナ様――っ!!」
その時、通路の奥から激しい足音と鎧の擦れる金属音が響き渡った。
現れたのは、剣を構えたロバートと、数人の騎士たちだった。皆、息を荒くし、決死の表情を浮かべている。
遺跡の外の調査本部で待機していた彼らは、遺跡内から響く激しい戦闘音を聞きつけ、エリーナ達の危機を救うべく応援に駆けつけたのだ。
「ロバート!?」
エリーナが驚きの声を上げる。ロバートは広場に突入するなり、全員が健在であること、そしてその中心に佇む物言わぬ巨軀を視界に捉え、驚愕に目を見開いた。
「エリーナ様、ご無事ですか……! 外まで凄まじい地鳴りと音が響いてきたため、一刻を争うと判断し参上いたしました。これは……一体何が起きたのですか?」
ロバートは剣を引き、立ち尽くすゴーレムを仰ぎ見る。
「カイが、このゴーレムを止めてくれたのよ。」
エリーナは静かに向き直り、動きを止めたゴーレムを見上げた。
「ただ、この手の古代ゴーレムは、核を破壊されれば魔力の供給を失い、自重に耐えかねて砂や瓦礫となって崩れ去るのが一般的よ。でも、この個体は一部が損壊しただけで、形を保ったままになってる……」
「さらに不可解なのは、この個体が機能停止の間際に発した音声です」
ゲイルが痛む身体を押さえながら、ロバートたちに告げる。
「聞いたこともない言語をゴーレムが発していました。」
エリーナは深く眉を寄せ、言葉を継いだ。
「ええ。私も聞いたことがない未知の言語……。それに、そもそも『神捨ての遺構』という名前すら、私たちが便宜上、推測して仮に付けたものに過ぎないわ。ここは本当に、私たちが知る『神話の時代』の遺構なのかしら……」
エリーナの言葉に、ロバートや騎士たちも底知れない不気味さを感じ、ごくりと息を呑んだ。
世界から忘れ去られたこの場所には、公式の歴史がひた隠しにする、あるいは誰も到達していない『世界の真実』が眠っている。
エリーナはすぐに表情を引き締め、ロバートたちに向き直った。
「ロバート、外の調査班を呼び入れてちょうだい。
即座にこのゴーレムの構造分析と、周囲の壁画の模写を開始します。この個体は壊れていません。私たちが解読すべき、最高のサンプルです!」
「はっ、ただちに!」
ロバートの鋭い号令とともに、騎士たちが外へと走り出す。
カイは右膝に再び走った、小さく、しかし確かな熱い余韻を感じながら、物言わぬ灰色の巨軀をもう一度見上げるのだった。




