第15話 遺構に眠る試練(前編)
弾き飛ばされたゲイルを救うべく、空へと跳び上がったカイの右膝が、一直線にゴーレムの頭部へと迫る。
祝福が宿るカイの右膝は、空気を引き裂くほどの力を生み出していた。
必殺の一撃――誰もがそう確信した刹那、ゴーレムの単眼が禍々しく明滅した。
ガキィィィンッ!!
鼓膜を震わせる金属音がコロシアムに響き渡る。
ゴーレムは変形させた右腕の長剣を恐るべき速度で持ち上げ、カイの膝蹴りを正面から受け止めたのだ。
凄まじい衝撃波が円形の広場を駆け抜け、砂塵が舞い上がる。
「まともに食らったと思ったんだけどな……!」
カイは受け止められた衝撃を利用して、ひらりと後方へ着地した。
一筋縄ではいかない。
灰色の巨躯の表面には、カイの膝蹴りによって僅かな亀裂が入ったものの、決定的な打撃には至っていなかった。
着地したカイに息をつく暇は与えられない。
ゴーレムは地響きを立てて突進し、長剣と化した右腕を容赦なく振り下ろしてきた。
「くそっ!」
カイは地を這うように身を低くし、紙一重でその斬撃をかわす。
そのまま懐へと潜り込み、ゴーレムの脇腹へ強烈な膝蹴りを叩き込んだ。
だが、まるで巨大な岩塊を蹴ったかのような硬質な手応えが返ってくるだけで、巨躯を揺るがすことすらできない。
ゴーレムはまるで痛みを感じないかのように、即座に左腕を払い、カイは辛うじて後退し回避した。
後退するカイの視界の中で、ゴーレムの単眼がさらに輝きを増す。
次の瞬間、ゴーレムは長剣を水平に構え、カイの退路を完全に断つような、鋭く、そして重い横一文字の斬撃を放った。
逃げ場はない。受け流す武器もない。
迫り来る死の刃を前に、カイの思考が引き伸ばされたように遅くなる。
(――ああ、死ぬかもな)
そんな予感が脳裏をよぎった、その刹那だった。
ドクン、と右膝の奥が熱く脈動する。
同時に、カイの脳裏に唐突にある「光景」が浮かび上がった。
それは、壁画の影のような存在ではない。もっと鮮明で、軽やかで、圧倒的な神の姿――『歩みと跳躍、そして膝』を司る神カリウス。
襲い来るあらゆる理不尽を、ただ軽やかな跳躍ひとつで、まるで踊るように回避してみせるカリウスのイメージが、カイの身体に直接流れ込んできた。
「……」
眼前に迫る、鈍く光る刃。
カイは直感に従い、その刃から目を逸らさず、脱力し、自然に右足を動かし、神速の斬撃は虚空を切裂いた。
カイは、迫り来る長剣の「刃の腹」を、まるでただの階段を昇るかのように踏みつけ空高く跳躍した。
重力を無視するようなその挙動に、ゴーレムの単眼が僅かに揺れたように見えた。
宙を舞いながら、カイの口元は知らず知らずのうちに吊り上がっていた。
恐怖など疾うに消え失せ、純粋な高揚感が全身を支配している。
それを見上げるエリーナは、息を呑んだまま硬直していた。
絶体絶命の窮地を、切り抜けたカイ。
そして、その空中という不安定な足場の上で、彼が確かに「楽しげに微笑んで」いるのを、彼女の目は捉えていた。
しかし、まだ終わらない。
着地しようとするカイに向けて、ゴーレムの頭部から機械的な駆動音が響く。
『――Target capacity measurement……Synchronizing.』
遺跡に響き渡った未知の言語。
それと同時に、ゴーレムの単眼が青色の輝きから、凍てつくような深い蒼へと変色する。
カイの驚異的な身体能力と回避力を危険と見なしたのか、あるいは挑戦者として相応しいと認めたのか。




