第14話 神捨ての遺構(中編)
一歩足を踏み入れた遺構の内部は、異様な静寂に支配されていた。
外の光は重厚な門扉の隙間からわずかに差し込むのみで、奥へと続く通路は、エリーナの放つ魔術の光がなければ一寸先も見えない暗闇だった。
何千年もの間、完全に切り離されていた空気は冷え切っており、吐く息が白く染まる。
そんな暗がりの中、エリーナが真っ先に声を弾ませた。
「……見て、二人とも! この通路の左右、びっしりと精緻なレリーフが彫り込まれているわ。何千年も前のもののはずなのに、風化もせずにこれほど綺麗な状態で残っているなんて……!」
エリーナは杖の光を壁に近づけ、瞳を少年のように輝かせている。今すぐにでも足を止め、持参したメモを取り出して細かく調べ始めそうな勢いだ。
だが、その背後からゲイルが低く、制するような声をかけた。
「エリーナ様、お気持ちは分かりますが、まずは安全確認が先決です。ここは未踏の遺跡、何が潜んでいるか分かりません」
「……あ、ええ、そうね。ごめんなさい、つい興奮してしまって」
ゲイルの冷静な言葉に、エリーナはハッとしたように杖を引き、頬をわずかに赤くしながら頷いた。カイも、仕事熱心な雇い主の様子に苦笑交じりに後に続く。
「仕事熱心なのは良いことだが、まずは俺たちの任務をこなそう。安全が確保できれば隊員を呼び入れてじっくり見られる」
「ふふ、そうね。ありがとう、カイ。行きましょう」
エリーナは気持ちを切り替え、再び凜とした表情に戻って進み始めた。
薄暗い一本道をしばらく進むと、やがて目の前が開け、広々とした円形のホールへと出た。
ゲイルが腰の長剣の柄に手をかけたまま、ホールの隅々まで鋭い視線を走らせる。
「……罠の気配はなし。魔物の死骸や足跡も見当たりません」
カイも周囲の壁際を見渡しながら頷いた。
「特に怪しいものは見当たらないな」
カイの足元では、ハヌもまた周囲の匂いを嗅ぎ回っていたが、特に怯える風でもなく「キュイ」と短く鳴いた。どうやらこのホールには異常はなさそうだ。
「このホールは異常はなしね。それじゃあ、奥へ進んでみましょう」
エリーナの指示のもと、一行はホールの先へと続く、さらに巨大な通路へと足を踏み入れた。
そこから少し歩を進めた瞬間、視界がいきなり、眩いほどの光に包まれた。
「……わあ……っ」
エリーナから感嘆の吐息が漏れる。
辿り着いたのは、古代のコロシアムを彷彿とさせる、途方もなく広大な空間だった 。
見上げれば、遥か高い天井の一部が崩落しているのか、あるいは最初からそういう構造なのか、丸く開いた穴から暖かな自然光がまっすぐに差し込んでいた。
暗闇に慣れていた目には眩しすぎるほどの光が、すり鉢状に広がる段差と、中央の広大な舞台を白々と照らし出している。
これほど明るく見通しの良い場所なら、奇襲を受ける心配はなさそうだった。
カイたちは警戒を緩めないまま、トラップや魔物が潜んでないか、広場の調査を開始した。
ゲイルが地面の強度を確かめるように踏み締め、カイが周囲の安全を確かめる。
――その時だった。
ズゥゥゥン……!!
突如として、カイたちが入ってきた反対側の通路から、地響きのような重苦しい足音が響いた。
足元が、細かく、しかし確かに震える。
「ッ!? 警戒!」
ゲイルの鋭い怒号と同時に、全員が即座に身を固くした。ハヌが「グルルル……!」と低く牙を剥き出しにする。
光と影の境界線――コロシアムの向こう側の闇から、それはゆっくりと姿を現した。
岩のようにも、鈍く光る金属のようにも見える、灰色の巨躯。
人間の形を模してはいるが、頭部には目も鼻もなく、ただ一つの「青い発光体」が不気味に明滅している。
それは人のように滑らかな動きで、真っ直ぐにカイたちの元へと歩いてくる。
「……なにあれ、動いているの!? ゴーレム……の一種かしら!?」
「歓迎してくれている様には見えませんね……」
ガシィ、と金属の擦れる重い音が響き、ゲイルが鞘から長剣を引き抜いた。
その鋭い刃を前方に向けながら、ゲイルはカイとエリーナの前に立ちはだかる。
「エリーナ様、カイ、下がれ!」
「わ、分かったわ……!」
「ゲイル、無理はするなよ!」
エリーナを背後に庇うようにして、カイはゲイルの指示に従い素早く距離を取った。
異形の人影は、光の差し込む中央広場へと完全に踏み込むと、その青い単眼を妖しく発光させ、正面のゲイルたちを捉えた。
いくつかの魔術的な紋様がその体表を走り、人のものとは思えない、どこか機械的で冷徹な「声」がコロシアム全体に響き渡る。
それは王国や教会の公用語ではない、彼らが今まで聞いたこともない異様な言語だった。
『――Target locked.』
一拍の静寂。
『――Training start.』
その言葉が終わるや否や、灰色の巨像は凄まじい地響きを立てて猛然とゲイルたちへと襲いかかってきた。




