第14話 神捨ての遺構(前編)
見上げるほどの巨大な建造物『神捨ての遺構』を前に、調査隊の一行は圧倒されていた。
長い年月をかけ成長した緑を纏いそびえ立つ黒ずんだ外壁は、数千年の時を経てなお、神々の威厳を放ち続けている。
「……よし、全員一度足を止めなさい」
エリーナの凛とした声が響き、調査隊が足を止めた。
彼女は即座に周囲を見渡し、指示を出す。
「ここにベースキャンプを設営します。ゲイル達は周辺の警戒と見回り、ロバートは私と調査チームを分けます。その他の人員はベースキャンプの設営と各自のテントの設営に取りかかって」
エリーナの言葉に従い、隊員たちが手際よく動き始める。
学者達は慣れた手つきで重厚なテントを広げ、運搬してきた機材を設置していく。
カイが運んできた結晶機材も調査本部となるテント中央に運び込み、学者たちが設置していく。
「この機材は今回の調査で必要な物みたいだが、結局何をする物なんだ?」
今更ながら、カイは自分が運んでいた機材の用途について、設置していた学者の1人に問いかけた。
「そういえば、この機材を持てることに驚いて、今まで何の説明もしていなかったですね。この結晶は収集したデータを集積、保存するものです。遺跡の調査には長い期間と膨大なデータが必要になるのですが、紙にまとめていると、その量も多くなります。紙も大量に運べるわけでもないですからね。そこで、この結晶に全てのデータを集積するわけです。集積したデータは結晶に登録している者であれば確認することができます。」
「なるほど。調査したデータがこれに記録されるのか。それにしても、他の遺跡調査でもこれだけ大きな機材を運んでいるのか?」
「いえ、一般的な調査であれば、この機材の半分以下の大きさの結晶で行うことが多いです。エリーナ様も、カイさんの様に運べる人員がいなければそちらで代用するつもりだったそうです。結晶の大きさによって、記録できる容量と分析する精度等に大きな差が出るので、カイさんが運んで下さって皆感謝しているところなんですよ。本当にありがとうございます。」
そう言うと学者は笑顔で設営作業に戻っていった。
「と言うことは、帰りは集めたデータが詰まったあの結晶を持って帰るのか。行きは良い良い帰りは何とやらだな」
カイは帰路の重大性を思い、苦笑いをしながら調査本部を後にした。
「カイ、こっちに来てくれる?」
調査本部の近くに野ざらしのテーブルを取り囲むエリーナとロバート、そして数人の学者達。
エリーナは調査本部から出てきたカイを
見つけ、声をかけた。
「何か仕事でも?」
カイはエリーナの横に立ち、机の上を見た。
机には、今回調査に参加したメンバーの一覧が広げられていた。
「今、第一陣として遺跡に入る人選をしていたの。まず、少人数で遺跡に入って、危険が無いと判断できれば人数を増やして調査しようと思うの。そこで、カイには第一陣として一緒に遺跡に入って欲しいの。」
エリーナからの提案は、カイにとって願ってもないものであった。
遺跡に近付くにつれ激しい脈動を打つ膝。
神からの祝福が遺跡と反応していることは間違いないが、カイが気になるのは、脈動が不調ではなくて、快調の兆しを示していること。
カイ自身も遺跡との関係が気になっていた所にエリーナからの提案である。
「断る理由はない」
「良かった。あなたの膝も何か関係してるかもしれないし、ポーターとしても期待してるからね」
エリーナは笑顔でそう言うと視線をカイの足元に落とし、
「もちろんハヌも一緒ね」
「キュイ」
と小さな森の守護獣にも声をかけ、ハヌもそれに応じるようにご機嫌に小さく鳴いた。
第一陣に選ばれたのは、エリーナ、ゲイル、カイの3人とハヌ一匹だった。
ロバートは調査本部に残って副隊長として調査隊のまとめ役。
その他学者と騎士については、待機となった。
エリーナたちはあくまで危険の有無の判断をするのみで、安全が確保されれば直ちに学者達が遺跡内の調査に赴く。
カイは遺構の巨大な門扉を見つめたまま、自分の右膝に手を置いていた。
ドクン、ドクン、と地鳴りのような重い脈動が、膝の奥から全身へと響き渡っている。
まるで、祝福がこの場所に歓喜し、共鳴しているかのような、力強くも奇妙に心地よい脈動だった。
カイたちは巨大な石の門扉へと向き直った。
「開け――」
エリーナの魔術が発動し、何世紀もの間、完全に閉ざされていた遺構の扉が、重々しい音を立ててゆっくりと開き始める。
隙間から吹き出してきたのは、何百年も淀んでいた凍りつくような冷気、そして――鼻を突くほど濃密な、神々の魔力の残滓だった。




