第12話 膝の神の名(後編)
「……全く、本当に荷物を運ぶ事しか考えてないのね、あなたは」
エリーナは呆れたように深くため息をついた。しかし、その声音にはどこか楽しげな響きが混じっていた。
カイが自らの膝に宿る超常の秘密を明かしたことで、テント内を支配していた驚愕と困惑の空気は、少しずつ穏やかなものへと変わっていく。
「そんなに呆れるな。ポーターとしては、これほど便利な能力はない。重い荷物をいくら担いでも、確実に支えてくれるからな」
カイが淡々と言い放つと、隣に座るゲイルが、まだ少し緊張の残る面持ちでカイを見つめた。
「……改めて、すまなかった、カイ。そして、感謝する」
「しつこいぞ、ゲイル。もうこの話はこれっきりにしてくれ。」
カイがゲイルの肩を叩くと、ゲイルは力強く頷いた。
「ゲイルの行動にはまだ、釈然としない部分もあるけど、カイに免じてこれで終わりにしてあげるわ。……やっとこれでゆっくり休めるわ。」
エリーナが二人を見つめ、満足そうに微笑む。
「ここ数日はゲイルの変わりようが気になって、満足に休めてなかったんだからね。……はい。これで今日はお開きにしましょう。」
そう言って、エリーナはカイとゲイルを見送り、2人はそれぞれのテントに戻っていった。
罪を許し、真実を共有した3人は本当の意味で『仲間』となり、長く深い夜が静かに明けていこうとしていた。
翌朝、調査隊を包んでいた濃霧は、嘘のように綺麗に晴れ渡っていた。
視界を遮るものがなくなった平野に、眩い朝日が差し込む。調査隊の面々は、活気に満ちた声を掛け合って出発の準備を進めていた。
「これからのルートですが……予定を変えようかと思います。地図を」
エリーナの指示を聞き、地図を広げたのは、調査隊の副隊長を務める中堅の学者、ロバートだった。
彼はこれまでの行軍中、エリーナの指揮が届かない後方や別働隊の指揮を執り、陰ながら隊をまとめていた功労者だ。
かつて行われたルート検討の会議でも、カイのポーターとしての卓見に深く頷いていた一人でもある。
「再び断崖を行くのではなく、このまま平野を進みます」
エリーナの提示した新たな方針に、ロバートは目を微かに見開いた。
「このまま平野を進めば魔物たちから襲われる確率が上がるのでは?先に魔物を見つけ回避するとでも?」
当然、濃霧が晴れ、見通しのよい平野であれば魔物に気づかれやすくなる。
ロバートの疑問は至極当たり前のものであったが、エリーナは微笑みながら平野の先を示した。
「この平野はそれほど広くはないのよ。昨晩、斥候に先を見てもらったのだけど、直ぐに深い森に入るわ。」
「承諾しかねます、エリーナ様。これまでは慎重にルートを検討し、極力魔物との戦闘を控えて来たのになぜこのような博打に出るのですか?」
ロバートはエリーナの意見と調査隊の安全を天秤にかけ、調査隊を優先した。
エリーナの一声で集まった調査隊である。
しかし、彼女が全てを決めているわけでもなく、隊の安全を考える役割が必要であり、その役割はロバートが副隊長として担うこととなった。
「エリーナ様もう一度考え直していただきたい」
とエリーナに進言した時、ハヌがマントを翻し、エリーナに駆け寄り、肩に飛び乗った。
ハヌは興奮した様に、エリーナが地図に示した方角と同じ方角を指差し、エリーナの服を引っ張った。
「カイ殿のハヌマンですか。森の守護獣と呼ばれる彼がそちらに案内しているのが理由ですかな?」
鋭い目で、ロバートはエリーナを睨みつけた。
「ええ、そうよ。早朝からハヌが興奮して、平野を抜けるルートを指示しているからよ。それに、これまでも選択したルートが完全に安全確保できていた訳ではないでしょ。」
「それはそうですが……カイ殿はどうお考えか?ハヌマンの真意は測れますか?」
ロバートはテントの端で柱の様に立っていたカイに問いかけた。
調査隊に同行してからのハヌは、高い戦闘力を示したものの、その他は愛くるしいペットと言う姿しか調査隊の面々は見ていないため、ハヌが指し示す進路には疑問が生じていた。
「正直なところ、ハヌが何を指し示しているのかは分からない。だが、俺とハヌが出会った禁忌の森で、森を腐敗させる蛇みたいな魔獣と戦闘した時に、ハヌにその魔物を封印する不思議な力があったのは確かだ。ハヌはただの猿じゃないし、どこかに案内させようとするのには、何か意図があるのは確かだと思う。それに……断崖を歩くのは学者たちがそろそろ限界に近いと思う。」
カイは真意を濁した。
今朝、ハヌが森の方向を指し示し、案内しようとする姿に呼応し、両膝に痛みとも不快感とも取れない感覚が響いていた。
調査隊の面々の中に、カイの膝の事を知っているのはエリーナと、ゲイルだけであり、ここで、その話を持ち出しても疑問が生じるだけだと判断した。
「確かに、霧と崖で我々も神経をすり減らしているのは事実だ。」
そう言うと、ロバートは顎に手を当てて思考した後、斥候から報告があった森までの距離と、隊の状況を確認し、エリーナの提案を飲むことにした。
それからのエリーナとロバートは調査隊に指示を出し、ゲイルも騎士たちに平野での戦闘を考慮した陣形の確認を行った。
そして、出発の準備がすべて整った。
「よし、出発よ!」
エリーナの号令とともに、調査隊が力強く一歩を踏み出す。




