1話 運命の激走(中編)
降り注ぐ豪雨の冷たさも、全身を焼くような激痛も、すべてが嘘のように消え去っていた。
「……ここは……?」
カイは、真っ白な光に満ちた空間にぽつんと立ち尽くしていた。
上も下もなく、どこまでも純白の光が広がる静寂の世界。
不思議と、あれほど自分を苦しめていた右膝の痛みは感じない。
その奇妙な空間のただ中に、それは『いた』。
光の霧に包まれ、その姿の細部までははっきりと見通せない。
だが、おぼろげに浮かび上がる輪郭だけで、それが人間を超越した絶対的な存在――『神』であると本能が理解できた。
眩い後光を背負う、滑らかなスキンヘッドの頭輪。
顎に蓄えられた、男気あふれる見事な髭。
そして何より、彫刻のようにビルドアップされた大胸筋と、丸太のように太い大腿四頭筋を持つ、圧倒的な巨躯の影。
その巨軀の神は、静かに佇んでいた。
あまりの威圧感に、カイは息を呑むことすら忘れ、ただその影を見つめる。
どれほどの沈黙が流れただろうか。
物言わぬ神の影が、ゆっくりと、しかし極めて洗練された無駄のない駆動で、太い両腕を動かした。
言葉の代わりに、空間を震わせるほどの重厚な風切り音が響く。
神は、胸の前で交差させた両手の指を巧みに組み換え――バシィィィンッ!! と、完璧なキレを伴って、独自のポーズを正面へと突き出した。
それは、言葉にできないほどの情熱と威厳に満ちた『誓いの構え』だった。
言葉は、一言もない。
しかし、そのおぼろげな影から放たれる眼光だけが、真っ直ぐにカイへと向けられていた。
神の視線は、カイの泥まみれの身体を通り抜け、彼がこれまで過酷な悪路を走り抜いてきた両の脚――なにより、砕け散らんばかりの衝撃に耐え、絶対に諦めないと誓った『右膝』へと注がれる。
一瞬、神のスキンヘッドの輪郭が、満足げに不敵に歪んだ気がした。
直後。
カイの脳内で、カチリ、と重厚な歯車が噛み合うような、未知の駆動音が鳴り響く。
それは言葉を必要としない、魂の共鳴だった。
『気に入った。お前のその膝、我が預かろう』
そんな熱い脈動が、石像を握り締めていたカイの手のひらを通じて、全身の血管へと怒涛の勢いで流れ込んでいく。
ドクン……ッ!!
再び世界が激しく脈動し、真っ白な光が爆発するように反転した。




