第10話 職人の嘘、騎士の背中(後編)
カイの放った澱みのない嘘――ゲイルが自分を救おうとしたのだという主張は、最後尾にいた不審感を持つ面々を黙らせるには十分すぎる威力を持っていた。
納得のいかない表情を残しつつも、当事者がそう言い切る以上、これ以上の追及はただの難癖になる。
じりじりと学者や隊員たちがそれぞれの持ち場へと戻っていくなか、そのやり取りのすべてが、再び伝令によって先頭のエリーナのもとへと報告された。
「……そう、ですか。ゲイルがカイを、必死に助けようと……」
深い霧の先頭で報告を聞いたエリーナは、小さく胸を撫で下ろしながらも違和感を覚えていた。
ゲイルがこれまでカイに向けていた剥き出しの敵意。
それが、滑落という極限状態のなかで本当に「命を賭けた救助」へと変わるものだろうか。
だが、二人が無事であり、機材も無事だという事実が何より優先されるべきだった。
エリーナは複雑な思いを抱えながら、今は前を向いて歩を進めるしかなかった。
一方、調査隊の最後尾。
周囲の人間が完全に離れた後も、ゲイルは地面に両手をついたまま、呆然とカイを見上げていた。
「……なぜだ。なぜ、俺を庇った」
ゲイルの声は、情けないほどに震えていた。
殺そうとした男に二度も命と名誉を救われたのだ。
本当のことを言えば、自分は一瞬で破滅していたはずだった。
そんな男を、カイは静かに見下ろした。背中の重い結晶機材を一度だけ肩に馴染ませるように背負い直すと、真っ直ぐな目で告げる。
「エリーナのためだ」
「え……?」
「ここで俺がお前を告発すれば、隊の中に『殺人未遂の犯人がいる』という不信感が生まれる。そんな疑心暗鬼の塊になったチームで、エリーナが命を懸けているこの過酷な旅を続けられると思うか? そんなことで、あいつの夢を、この調査を失敗させるわけにはいかない」
カイの言葉には、迷いも、濁りもなかった。
「お前がエリーナの父親に騙されていたとしても、お前がエリーナを大切に想う気持ちだけは本物のはずだ。だからお前は前へ戻れ。エリーナの隣だ。これからはくだらない嫌がらせじゃなく、本来の『騎士』として、命を懸けてあいつを守れ。いつ魔獣が出てもおかしくない場所だ。エリーナを守るのがお前の仕事だろう。しっかりと仕事をこなすのがプロだろう。」
「お、俺が……エリーナ様の護衛に……?」
カイはそう言うと、変わらず最後尾の定位置へと足を向けた。
大人ニ人分を遥かに超える結晶機材の箱を背負いながら、その足取りには微塵の揺らぎもない。
黙々と霧の奥へと消えていくカイの背中は、どんな鋼の鎧よりも強固で、圧倒的な存在感を放っていた。
ゲイルは震える手で泥を拭い、ゆっくりと立ち上がった。
ヴァルハイト閣下に利用され、愛する人の夢を壊そうとしていた己の醜さ。
それを包み隠し、もう一度「エリーナを守る騎士としての役割」を与えてくれた平民の背中。
(俺は……なんて無力で、愚かだったんだ)
ゲイルは深く拳を握りしめた。これまでの傲慢な騎士としてのゲイルは、この奈落の底で完全に死んだ。
今度こそ、本当にエリーナを、彼女の夢を守るために。
ゲイルは確かな足取りで、霧の先頭にいるエリーナのもとへと歩き出した。
最後尾では、カイが周囲の霧を警戒しながら、静かに歩みを進めていた。
チームの不協和音は最小限に抑え込んだ。
ここからは、本格的な未知の領域へと足を踏み入れることになる――。




