第7話 忘却の旧街道と、紅蓮を纏う白銀(中編)
静寂が戦場を支配したのも束の間、ハヌの圧倒的な一撃を目の当たりにしたロックリザードの群れは、恐れをなすどころか、猛烈な敵意を剥き出しにして一斉にハヌに襲いかかった。
一頭の同胞を文字通り圧倒した小さな白銀の獣を、最も危険な強敵と認識したのだ。
エリーナへの突進を阻まれた三頭のロックリザードが、鋭い爪で岩を削りながら、ハヌめがけて同時に躍りかかる。
「ハヌ、気をつけて……!」
エリーナの悲鳴のような叫びが響く。だが、ハヌにとってその程度の包囲網は避ける必要がなかった。
「きゅぃっ!」
ハヌは四本の腕を巧みに使い、三匹のロックリザードの頭を押さえ、地面に叩きつけた。
その後、次の獲物を狙うように跳躍した。
空中を舞うハヌの首元で、鮮やかな赤いストールが風をはらんで一際大きく翻った。
――ここからは、白銀の幻獣の美しくも苛烈な独壇場であった。
ハヌは落下する勢いそのままに、調査隊に襲いかかろうとしていたロックリザードの背中に着地。
神速の如き速度で、上側の二本の拳による猛烈な連撃を叩き込んだ。
ババババババババンッ!!!
あまりの速さに、ハヌの腕が何本にもブレて見える。
岩石をも砕く高密度の拳の雨を受け、ロックリザードは悲鳴を上げる間もなく地面に崩れ落ちた。
「きゅぃぃぃぃぃがぁぁぁーーーッ!!」
ハヌは間髪入れずに別のロックリザードの死角へと滑り込み、下側の二本の腕で地面をガッチリと掴んで己の身体を固定。そして、上側の二本の腕でロックリザードの太い尻尾を鷲掴みにした。
自らの体重の何倍もある魔物を、ハヌは信じられない怪力で天高く振り回し始めた。
頭上でブオンブオンと凄まじい風切り音が鳴り響く。
まるで古の英雄譚に描かれる伝説の巨人かのような、破天荒な怪力。
周囲の護衛騎士たちは開いた口が塞がらない。
ハヌはそのまま、正面から突っ込んできていたロックリザードに向けて、振り回していた物を力任せに投げつけた。
ドゴォォォンッ!!!
ロックリザード同士が激しく激突し、凄まじい砂埃と共に二頭まとめて岩壁へと叩きつけられ動かなくなる。
ものの数十秒で、護衛たちが苦戦していたロックリザードの群れを半数近くを壊滅させた。
「嘘、だろ……。なんだ、あの化け物は……!」
ゲイルは長剣を構えたまま、完全に硬直していた。
自分が命を賭して守り、手柄を立てるはずだったエリーナの目の前で、平民のポーターが連れてきた「ただの小獣」が戦場を完全に支配している。
その事実が、彼のプライドをこれ以上ないほどズタズタに引き裂いていた。
残された数頭のロックリザードは、完全に戦意を喪失していた。
この小さな白銀の悪魔には逆らえないと本能で悟ったのだろう、情けない鳴き声を上げながら、蜘蛛の子を散らすように荒野の岩陰へと逃げ去っていった。
静まり返った荒野。
ハヌは、完全に片付いた戦場の中心で、ふぅ、と小さく息をついた。
そして、首元の赤いストールを両手できゅっと整えると、何事もなかったかのようにトコトコとエリーナの足元へ歩み寄った。
「きゅぅ?」
先ほどまでの獰猛さが嘘のように、愛らしい瞳でエリーナを見上げるハヌ。
エリーナは呆然としながらも、その小さな、けれど世界で一番頼もしい白銀の英雄を、そっと両手で抱き上げるのだった。




