第7話 忘却の旧街道と、紅蓮を纏う白銀(前編)
徒歩での移動が始まってから、さらに四日の月日が流れた。
調査隊一行は、大小の岩石が牙のように突き出す『忘却の旧街道』の最深部を、這うような速度で進んでいた。
何日もまともな休息のないまま、ゴツゴツとした悪路を歩き続けたツケは、確実に隊員たちの体力を削り取っていた。
だが、不平不満の嵐が吹き荒れるはずの徒歩の列は、奇妙な静寂に包まれている。
全員の視線が、時折、最後尾を歩くカイの背中へと向けられていた。
相変わらず、大人が二人がかりで運ぶべき結晶機材の箱を一人で担ぎ、息一つ乱さずスタスタと歩くカイ。
その「絶対にブレないプロの背中」が、疲れ果てた護衛や調査員たちのプライドに火をつけ、無言のまま彼らの足を前へと動かさせていたのだ。
「……ハァ、ハァ……くそ、なぜ誰も音を上げない……!」
先頭を歩くゲイルは、荷物の重さと足の肉刺の激痛に耐えかね、心の中で呪詛を吐き散らしていた。
お嬢様の前で格好をつけるために先頭を維持してはいるが、体力はとうに限界に近い。
最後尾で涼しい顔をしているカイへの憎悪だけが、今の彼の原動力だった。
その時、前方の岩陰を進んでいた斥候が、引きつった悲鳴を上げた。
「――魔物だ! ロックリザードの群れだァ!」
その叫びと同時に、周囲の岩肌と同化していた無数の影が、一斉に動き出した。
体長一メートルほどの、岩石のような鱗に覆われた凶暴な四足獣。それが十数頭、鋭い爪を鳴らしながら、素早い動きで調査隊の側面から一斉に躍りかかってきたのだ。
「ひ、ひえっ……!」
「落ち着け! 陣形を組め、お嬢様を守れ!」
ゲイルが慌てて長剣を抜き、怒号を飛ばす。
護衛たちが武器を構え、突っ込んできた岩トカゲに応戦するが、魔物たちの頑強な皮膚は容赦なく剣を弾き、さらに小回りの利く素早い突進が、隊の防衛線を強引にこじ開けていく。
「なっ……魔法の詠唱が間に合わ――」
悲鳴の主はエリーナだった。
馬車を降りて以来、ハヌを抱きながら歩いていた彼女は、乱戦の中で魔術を発動しようとしたが、敵の動きが予想以上に早かった。
――そして、その瞬間が訪れた。
防衛線をすり抜けた一頭のロックリザードが、無防備に呪文を唱えようとするエリーナを見逃さず、鋭い牙を剥いて飛びかかったのだ。
「お嬢様ーーーッ!」
ゲイルが叫ぶが、彼は自分の目の前の魔物に対処するのが手一杯で、完全に手遅れた。
エリーナが恐怖に目を見開いた、その刹那。
――キィィィィィンッ!!!
大気を引き裂くような、あまりにも甲高い咆哮が荒野に響き渡った。
エリーナの腕の中から、一筋の「白銀の流星」が天空へと跳ね上がる。
ハヌだった。
空中へ高く舞い上がったハヌの首元で、エリーナが贈ったあの赤いストールが、激しい突風を受けて鮮烈に、美しくたなびいた。
「きゅぃぃぃがぁぁぁッ!」
ハヌの4本の腕が、空中で十字に交差する。その小さな身体から、神話の幻獣としての圧倒的なオーラが爆発的に吹き荒れた。
落下速度を乗せ、ハヌは弾丸と化してエリーナに襲いかかる岩トカゲの脳天へと直撃する。
ズドォォォォォンッ!!!
凄まじい衝撃波が走り、周囲の砂埃が円形に吹き飛んだ。
ハヌの小さな拳が炸裂した瞬間、岩トカゲの頑強な頭骨は一撃で粉砕され、地面にめり込むようにして完全に沈黙した。
大人の戦士が手こずる魔物を、文字通り一撃で圧倒したのだ。
「な……ッ!?」
ゲイルが目玉が飛び出んばかりに驚愕し、戦場全体の動きが一瞬ピタリと止まる。
巻き上がる土煙の中、ハヌは仕留めた魔物の頭上に着地していた。首元の赤いストールを、クイッとクールに直すその姿は、まさに絶体絶命のピンチに現れた孤高の騎士そのものだった。




