第6話 不穏なる長旅と、揺れる馬車(後編)
遠征五日目の朝、調査隊は、旧街道が完全に崩落した地点へと到達した。
目の前に広がるのは、激しい地殻変動によって引き裂かれた巨大な亀裂と、鋭い岩肌が剥き出しになった道なき荒れ地。
ここから先は、馬車が通れない、本当の秘境地帯となる。
「ここからは歩きになるわ。……予定通りゼファムに戻る者は馬車を連れて街まで引き返しなさい。私たちの調査が終わり、戻れば伝令を走らせます。そして、再びここまで迎えに来るように」
ハヌのおかげで体調をすっかり持ち直したエリーナが、きびきびとした口調で指示を出す。
数名の御者たちが了解の声を上げ、馬車を反転させて来た道を戻っていった。
残されたのは、エリーナやゲイルを含む護衛、そして調査員たちを合わせた十数名の大所帯だ。
「さあ、ここからは全員、自分の割り当てられた荷物を背負って歩くわよ!」
エリーナの号令とともに、誰もがズシリと重いバックパックや武器を背負い、本格的な徒歩での移動が幕を開けた。
するとゲイルが、ここぞとばかりに隊の中で最も巨大かつ繊細な結晶魔導具が詰まった重厚な木箱を指差し、カイに「ほら、お前の仕事だ、ポーター。言っておくが、お嬢様の遥か後ろを歩けよ? お前みたいな平民の歩く埃が、お嬢様に舞ったら不愉快だからな」と言い放った。
あからさまな隔離と嫌がらせだったが、カイは眉一つ動かさなかった。
「分かった」
短く答えると、カイは深く腰を落とし、その超重量の木箱を背負子にくくりつけ、一切よろけることなくひょいと背負った。
その体幹の強さと重さを微塵も感じさせない涼しい顔に、ゲイルは一瞬言葉を詰まらせたが、「……ふん、強がりおって」と吐き捨てて先頭へと歩いていった。
しかし、徒歩での移動が始まって数時間、本当の地獄が一行を襲った。
道なき荒れ地は大小の鋭い岩で埋め尽くされ、一歩進むだけで足首や膝に負担がかかる。
連日の長旅による疲労が蓄積していた調査隊の面々は、すぐに極限状態へと追い込まれていった。
日頃鍛えているはずの護衛たちですら顔から余裕が消え、一歩一歩がひどく重くなっていく。
「くそっ、なんて歩きにくい道だ……!」
「足がもう限界だ……。休憩はまだか……」
ゲイルもまた、エリーナの前で格好をつけようと必死に先頭を歩いていたが、肩に食い込む鎧と荷物の重さに、徐々に荒い息を漏らし始めていた。
そんな重い空気の中、ふと、一人の調査員が後ろを振り返り、驚愕の声をもらした。
「おい……見ろよ、あいつ……」
一同の視線が、隊の最後尾を黙々と歩くカイへと集まる。
カイは、全員の中でも圧倒的に重く巨大な機材箱を背負っている。
それにもかかわらず、彼の背中はまるで平地を歩いているかのように一切ブレていなかった。
息一つ乱さず、ゴツゴツとした岩場を、まるで吸い付くような足運びで、スタスタと平然と歩き続けているのだ。
どんな悪路だろうと衝撃をすべて吸収し、無尽蔵の体力を生み出すカイの「膝」。
その圧倒的なプロの背中と言葉なき姿勢は、限界を迎えつつあった調査隊の面々のプライドを奮い立たせた。
「……おい、新人のあいつが、あんな大荷物を背負って平気な顔をしてるんだぞ」
「長く調査隊にいる俺たちが、ぽっと出の荷物持ちに負けていられるか……!」
カイのブレない背中を見て、調査員や護衛たちが「あいつにだけは舐められたくない」と己を奮起させ、再びしっかりと足を動かし始めた。
隊全体の空気が、カイという存在によって静かに、だが確実に引き締まっていく。
エリーナはその光景を見つめ、カイへの信頼を確かなものにしていったが――ただ一人、先頭を歩くゲイルだけは、平民のポーターが隊の注目を集めている事実が、そして己の足の痛みが、ただただ忌々しくてならなかった。




