第6話 不穏なる長旅と揺れる馬車(前編)
交易都市ゼファムから、総勢二十名ほどにおよぶ調査隊が出発したのは、まだ朝霧が街並みを白く包んでいる頃だった。
大富豪ヴァルハイト家の私財で集められただけあって、隊の装備は一級品ばかりだ。
頑丈な造りの大型馬車が三台連なり、その周囲を武装した複数の護衛騎士たちが固めている。
今回の目的地は、地図にすら載っていない未開の秘境。
行くだけでも数週間から一ヶ月近くに及ぶことが予想される、壮大な大遠征の幕開けだった。
「おい、平民。機材に傷一つでもつけたらタダじゃおかないからな。足手まといになるなよ」
出発の直前、馬車の前にいたカイに、一人の若い男が低く傲慢な声を浴びせてきた。
男の名はゲイル。
ヴァルハイト家お抱えの若手護衛騎士であり、エリーナの父親から彼女の身の安全を任されて随行してきた男だ。
仕立ての良い軽装鎧を身に纏い、腰には装飾の施された長剣を下げている。
ゲイルは個人的にエリーナへ好意を寄せており、今回の遠征を「お嬢様を守って手柄を立て、いずれは伴侶に……」という下心を持って参加していた。
しかしエリーナからは、その過保護さと高圧的なエリート意識のため、かなり煙たがられている。
そんなゲイルにとって、ギルドからポーターとして雇われた、どこの馬の骨かもの知れない平民――カイの存在は、ひどく目障りで気に入らなかった。
「ああ、分かっている。仕事は完璧にこなす」
カイが抑揚のない声で淡々と返すと、ゲイルは「チッ、これだから平民は……」と忌々しげに吐き捨てた。
そこへ、馬車の窓から顔を出したエリーナが、きりりとした声を響かせる。
「カイ、何をしているの? 今回は気の遠くなるような長旅になるわ。ずっと馬車が使えるわけではないのだから、今は体力を温存するためにあなたも馬車に乗りなさい」
「いや、俺は――」
「ハッ、お嬢様、何を仰いますか!」
カイが断るよりも早く、ゲイルがわざとらしく大声を上げて二人の間に割り込んだ。
「ただでさえこの馬車には、お嬢様の繊細な機材がひしめいているのです。こんなむさくるしいポーターまで乗せたら中が狭くなって、万が一にも機材が破損しかねません。荷物持ちなら、外を歩いて馬車に追いついてくるのが当然の義務というものです!」
ゲイルの言葉には、明確な悪意と見下しが透けていた。
エリーナは「ゲイル、あなたはまたそうやって勝手なことを――」と不快そうに美しい眉をひそめたが、カイはふう、と小さく息を吐き、静かに首を振った。
「構わない。俺は最初から、遺跡まで歩いて行くつもりだった。歩くのには慣れている。」
運び屋として、雇い主の身内と無駄な波風を立てる時間は惜しかった。
何より、カイにとって、馬車の速度に合わせて歩くことなど、準備運動にすらならなかった。
「……ふん、ただのポーターの分際で、お嬢様に余計な気を遣わせるな」
ゲイルはマウントを取ったつもりで鼻で笑い、馬車へと乗り込んだ。
エリーナはすまなそうに、そしてカイのどこまでも冷静でタフな様子に少し驚いたように、窓から彼の後ろ姿を見つめていた。
こうして、不穏な空気を漂わせながら大遠征の車輪が動き出した。




