第7章 私、彼氏がいますです。
バナナとハエのトラウマからなんとか立ち直りつつ、私は草の間をふらふらと歩いていた。
夕暮れの空。虫の鳴き声(※虫的に)がそこら中から聞こえてくる中、目の前に広がる異様な光景。
カマキリたちが……踊っていた。
左右にユラユラ、時折ビクンビクンとカマを震わせる。
求愛ダンス──らしい。
「やだ……なにこれ……キモイ……」
そう呟いた直後、視線がぶち抜きで合った。
「……えっ、来る!? 来るの!? 来るなってば!!」
私の願い虚しく、ススス……と歩いてくるオスカマキリ。
見れば、カマをちょっと広げてイケてる風を装っている。
おまけにやたら丁寧な口調で話しかけてくる。
「お初にお目にかかります、お嬢さん。ずいぶんとお美しく……その、すべすべの前脚、まるで朝露に濡れた柳の──」
「ちょっ……ストップ!!近い近い近い!!」
私は無意識にカマを構えて一歩引いた。
「な、なにかご事情が……?」
「あのっ……あのですねっ……!」
私は必死に思考を巡らせた。何か言い訳を、逃げるための理由を──
そして、咄嗟に出た言葉。
「わ、わたくしですね、じつは、あの……っ」
「?」
「そのっ……私、彼氏いますから!!」
「えっ」
虫世界で。虫のカラダで。虫相手に。
私は何を言ってるんだ。
しかも敬語。しかもなぜか女子トーク風。
「すでにですね、あの……長くお付き合いしてる個体がおりましてっ、ほんとマジ無理、じゃなくて、ごめんなさい無理なんですっ!」
オスカマキリはぽかんとした後、目をしょぼしょぼさせてつぶやいた。
「……そっかぁ……そういうの、重視するタイプなのね……」
いや虫に恋愛観聞かれても困る。
「それじゃあ、よい子孫を……!」
ぺこりと頭を下げた彼は、風のように去っていった。
すごい礼儀正しい。キモイけど礼儀は正しい。
私はその場に崩れ落ちた。
「……虫にナンパされて変な敬語で彼氏いるって言って断る日が来るなんて……どんな人生……」
そして──
「虫むりーーーっっ!!」
全力で草の中に逃げ込んだ。




