第8章 怖っ!
生きるとは、つらい。
虫になってから、もう何度この言葉を反芻しただろうか。
しかしこの日、私はそれを物理的に痛感することになる。
* * *
午後の陽が落ちかけたころ、川辺で水を飲もうとした時だった。
──バシャッ!
水音とともに、向こう岸から一匹のカマキリがふらふらとやってきた。
求愛してきたオス……じゃない、たぶん。似てるけど、もっと虚ろな目をしてる。
彼はまっすぐ川へ向かって歩き、
そのまま──ドボンと水に入った。
「えっ? え、待って? なんで?」
カマキリって泳ぐの? いや、そうじゃない。あれは──おかしい。
その時だった。
ぶちゅっ──
オスの体が震えたかと思うと、背中から**ヌルッ……**と何かが這い出してきた。
「……え……え、え、え、えええええぇぇぇぇぇっっっ!!!???」
出てきたのは、黒くて長くてぐにゃぐにゃと動く1本の生物。
その動きは、異様に滑らかで不快で、目が離せないのに見てると吐きそうになる。
それがまるでヘビのようにうねりながら水に向かって進んでいく。
「な、なになになに……なにあれ……!?」
それは──ハリガネムシ。
どこかの知識で聞いたことがある。
カマキリに寄生して、繁殖期に宿主を水へ誘導して自分だけ水中で繁殖する、最悪の寄生虫。
つまり今のは──
「……中に……いたの……ずっと……!?」
その瞬間、背筋が凍った。
私の中にも──入ってたら?
すでに寄生されてたら?
あんな風に、いつか操られて、水にダイブして──
「無理無理無理無理むりむりむりぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
私はカマで地面を叩きながら後ずさった。虫であることすら忘れて、恐怖に全力でのたうち回った。
「ヤバイ……本当にこの世界、まともなこと一個もない……」
かゆいとか痛いとか、そういう次元じゃない。
もう、いるだけで怖い。
木陰に身を隠してガタガタ震えながら、私はふと、川面に映る自分を見た。
カマキリの姿。
緑色の体。ぎょろついた目。長い脚。鋭いカマ。
「……このボディ、怖すぎるでしょ……」
小さな川が、まるで奈落のように見えた。




