地雷原ドッグラン
いつもの朝より少し早く目が覚めた。
ベルはリビングの床で寝そべっていたが、俺の動きを感じるとすぐに尻尾を振りながら近寄ってくる。
「散歩、行くぞ」
そう声をかけると、ベルは首をかしげながらも嬉しそうに小さく吠えた。
食事を済ませてからマンションを出ると、空は曇りがちで肌寒い。
今朝は少し変わったコースを試そうと思い、住宅街のはずれにあるドッグランを目指して歩き始める。
ベルは見慣れない道に興味をそそられたのか、鼻をひくつかせて電柱や門扉の隙間を念入りに調べていた。
やがて古いフェンスが見えてきて、その先には広場のような空き地が広がっている。
「ここで合ってるはずなんだけど」
小声でつぶやきながらフェンスの扉をそっと押して中へ入った。
一歩足を踏み入れた途端、空気がやたら乾燥していることに気づく。
地面は固くひび割れ、ところどころクレーターのような凹みが点在している。
ベルは尻尾を立てたままクンクンと匂いを嗅ぎ、少し戸惑った様子で振り返った。
そんなに広くはないはずなのに、遠くまで続く荒野に迷い込んだような感覚がする。
ふと視線を横にやると、古びた看板が立っていた。
「Caution: Mines」と書かれていて、まるで戦争の跡地みたいだ。
「まさかね」
冗談半分でつぶやくが、ベルの耳は警戒してピンと立っている。
不安をなだめるように首をなでてやると、ベルはしばらく悩んだ末に、意を決したように前へ進んだ。
しばらく歩いても地雷など見当たらず、むしろ他の犬の鳴き声が聞こえてきた。
音の方を見やると、小型犬が何匹か走り回っているではないか。
その姿は自由奔放で、爆発の影などまるで気にしていないようだった。
「何だ、普通に遊んでる」
安心しかけた瞬間、ベルが急に立ち止まる。
次の瞬間、ベルの足元から「カチッ」という嫌な音がした。
俺は思わずリードを引き戻し、ベルを抱え込もうとする。
しかし何も起きない。
爆発音もなければ、地面が揺れる気配もない。
けれどベルは耳を寝かせ、低い声で唸るように吠えた。
恐る恐る足下を見ると、地面には小さな金属製の円盤のようなものが埋まっている。
目を凝らすと、それは少しずつ透けるように揺れ、やがて形が失われて消えていった。
「幻、なのか」
言葉を探していると、遠くで遊んでいた犬たちの姿も薄れたり濃くなったりを繰り返し、気づけば消えてしまう。
まるでここ全体が蜃気楼のようだ。
ベルは不安なのか尻尾を下げ、何度も鼻をひくつかせてあたりを確かめている。
これ以上ここに留まるのは危ない気がして、俺は素早く踵を返した。
フェンスの扉を抜けると、先ほどまでの乾いた空気が嘘のように消え、普通の街の空気が肺に広がる。
もう一度中を覗いても、ただの雑草が生えた空き地があるだけで、地雷や荒野の面影は見えない。
ベルは俺の足元にぴたりと寄り添い、やや落ち着かない息づかいをしていた。
震えてはいないが、目にはまだ戸惑いが残っているように見える。
「変な散歩になっちゃったな」
そう声をかけると、ベルは短く鼻を鳴らして応える。
疲れたのか、歩き出す足取りはいつもよりゆっくりだ。
マンションへ戻る途中、ベルの毛並みをそっと撫でると、ようやく尻尾が少しだけ揺れた。
何だったのかはわからないが、今は無事に家へたどり着けたことに感謝したい。
ベルが軽くリードを引き、俺たちはマンションの前まで戻ってくる。
鍵を取り出しながら足を踏み出したその瞬間、かかとの下で「カチッ」という音がした。
声を失ったまま立ちつくすと、ベルが不安げにこちらを見上げる。
脳裏に荒涼としたあの光景が蘇り、心臓が一気に高鳴った。




