軍師招来と軍制改革
天文十五年(1547年)十二月(六歳)
葉隠衆という「目と耳」を得た俺は、次なる一手として「手足」となる軍事力の強化に着手していた。
現在の石高は22万石ほどなので農兵を使う事を考えれば5,000名ほどは軽く動員可能だが、農兵の割合を徐々に減らして常備軍制に移行した。
そして今の千葉家は交易による収益が大きく、それを合わせると実質60万石以上はあり、8,000名ほどの常備兵を負担無く抱える事が出来た。
1個師団弱だな。
いざとなれば徴兵で農民から足軽の追加は可能だが、生産性を落とさないためにも兵農分離は絶対に崩さない。
これは募兵と訓練を、家老であり軍事方筆頭の円城寺駿河権守虎常に任せており、順調に進んでいる。
この円城寺虎常だが、なんと北九州の雄、龍造寺氏配下の円城寺と親戚だった。
龍造寺側の円城寺で有名どころでは円城寺信胤で、龍造寺四天王に数えられる事もあったと思う。
そう言うと向こうが本家のように見えるが、実は千葉家とも血縁があり、鎌倉初期に千葉胤貞と共に肥前に移った円城寺氏の子孫だ。
虎常も戦の勘は良さそうだし、個人的な武力もかなり高い。
大将を任せても良いと思える優秀な人材なので要職につけた。
俺が考えた軍の編成について、そんなに細かく説明しなくても割とすぐに飲み込んで、てきぱきと進めてくれるので何かと助かっている。
やや短気なところが玉に瑕だが、この時代はそういう奴が多いんだ、これが。
なお、軍の編成については俺が覚えている限りでの前世の時代―20世紀以降に多く見られる編成を採用した。
8,000の兵力のうち、最小の単位は10名の小隊で、それが5つ50名で1つの中隊を編成し、中隊が5つ250名で1つの大隊、大隊8つ2,000名で1個連隊とし、作戦は1個連隊を基本として運用するように編成しなおした。
これとは別に鉄砲隊が500名、2個大隊ある。
鏑木胤永の指揮のもと訓練にいそしんでいる。
特に3段撃ちの訓練を俺が伝授した当初には何を指示されているのかさっぱりわからない様子だったが、今ではその有用性にしっかりと気付いて、通常の訓練に取り入れて毎日行っている。
各小隊ごとの指揮系統の徹底から、行軍訓練、塹壕掘り、これらの訓練により、効率的かつ秩序だった作戦運用が可能となる。
軍備については兵站方を設置して筆頭の木内兵衛尉胤倫の下に押田修理亮胤次をつけて鉄砲や火薬、玉の買い付けから兵糧や資材などの軍需物資の管理を任せており、これもうまく機能し始めたところだ。
あと、足りないものは軍略を扱う者だけだ。
いわゆる軍師というやつだ。
目星はつけている・・・あとは葉隠衆が探し出してくるのを待つだけだ。
天文十五年(1548年)三月
本佐倉城の一室で、俺は一人の男と対峙していた。
男の名は白井胤治。出家して浄三と名乗っているが軍略に秀でた武将であり、後世ではかの上杉謙信の関東征伐の際に配下の軍勢を何度も追い返したという逸話がある。 かつては千葉家の重臣であったが、家中の争いや北条氏との関係に嫌気が差し、諸国を流浪していた。 葉隠衆の情報網によってその居所が判明し、丁重に招いたのである。
「面を上げよ、白井殿」 「……はっ」 浄三は、目の前にいる幼き下総の国主である俺をしっかりと見つめてきた。
諸国を見てきた彼の目は厳しいだろう。
さて、そのお眼鏡に適う事が出来るかな?
「白井殿。そなたの軍略、千葉家のために振るってはくれぬか」
俺は単刀直入に切り出した。
「某は、一度家を捨てた身。今更どの面下げて……」
「よい、過去は問わぬ。われが問うのは未来じゃ」
俺は立ち上がって、壁に掛けられた地図を指差した。
「俺はこの下総から領地を広げ、やがては江戸の平野を支配し、そこを関東の要としたい。里見、北条、足利、両上杉……強敵ばかりだが、彼らと対等に渡り合うためには、旧態依然とした軍では勝てぬ。俺が仕組みを整えはしたが、後一手、兵どもを手足のように動かし、軍略を扱える者が必要だ」 浄三の目が光った。
彼は流浪の中で、武田や今川の軍法、そして鉄砲という新兵器の噂を耳にしていた。
だが、それを理解し、実践しようとする主君にはこれまで出会えなかったのだ。
「殿……種子島をご存知で?」
「種子島か? よう知っておる。すでに五百丁を手にしており、配備をしておる。さらに増やすべく商人と交渉中じゃ」
「ご、五百!? 五十ではなく、五百でございますか!?」
浄三は絶句した。 一丁でさえ家が一軒建つと言われる高価な兵器を、五百も揃えるなど正気の沙汰ではない。
「生産高が増えた米や領内の特産品で稼ぎ出した銭がある。それに、これから作る『新しい軍』には、それが必要なのだ」 俺は笑いながら答えた。
「さようで・・・ございますか・・・さればそれらをどのように運用されるおつもりで?」
「種子島はな、一発を放つのに時間がかかる代物だ。それゆえ、早打ちの術を習得したところで速さの優位を生かした騎馬などが接近すれば、たちまちのうちに蹴散らされるだけだろう。せいぜい最初に轟音で驚かせるのが関の山よ」
「ふむ、仰せのとおりにございますな。ではいかにして有効に使うと仰せなのでしょう?」
「俺は、まず種子島を使う際は集中運用を心がけるつもりじゃ。他家のように各隊に10や20づつ配備したところで、たかが知れておる」
「なるほど、それはようございますな。しかし、一発を放つのに時間がかかることはいかにお考えでしょう?」
「うむ、それについても考えがある。鉄砲隊を3段に分けるのじゃ。1列目が放ってから最後尾の3段目に移り、装てんを行う、2列目、3列目も同様に巡るようにすれば弾が尽きるまで永遠に撃てるという寸法よ」
「な、なんと!!」胤治は雷に打たれたかのような衝撃に見舞われた。
余人では考えつかないような実践的な戦法を六歳の幼子が語って見せたのだ。
『もちろん初陣もまだ済ませておらぬだろうに、戦の実際を見たことがあるかのような戦法を思いつくとはこれいかに』
「それでな、断続的に撃ちかけて勢いの弱まった敵に対しては3間の槍隊を吶喊させて押し返す。
正面が対応に追われ、混乱したらば騎馬隊の出番じゃ。所見の敵には大体これで勝ち筋が見えるだろうな」
「な、なんと大胆な戦術」
「だが同じことを何度も繰り返しておれば敵も対応してくるであろう?」
「道理ですな」
「そこでじゃ白井殿。そなたには、この鉄砲隊と、長槍隊を組み合わせた新戦術の指揮を執ってもらいたい。そなたの軍略で『最強の軍』を、共に作り上げてはくれぬか」 浄三の魂が震えた。
この幼き領主は、本気で自分を必要としている。
彼は深く平伏した。 「……この浄三、粉骨砕身でお仕えいたしまする! 民部丸様の描く未来図、某の軍略で鮮やかに彩ってみせましょうぞ!」
こうして軍師・白井浄三を得た千葉家は、急速な軍制改革へと突き進んだ。
主な改革とは、まず槍の長さを従来の二間(約3.6m)から三間(約5.4m)へと伸ばした「三間槍」の導入。
これは、個人の武勇よりも集団戦法を重視するもので、新兵でも訓練次第で精鋭に対抗できる画期的な改革だった。
そして、届き始めた鉄砲の訓練・・・・だが、ここで一つ問題が発生した。
「火薬の原料、硝石が高すぎる……」 俺は帳簿を見て頭を抱えた。
鉄砲本体も高いが、消耗品である火薬、特にその主原料である硝石は全て輸入に頼っており、足元を見られた価格になっていた。 「ならば、作るしかないな」 俺は前世の記憶を頼りに、「古土法」による硝石製造を思い立つ。
これは民家の床下の土や、蚕の糞、干し草などを混ぜて発酵させ、硝酸カリウムを抽出する方法だ。 だが、これを大っぴらにやれば、「千葉家は大量の火薬を作ろうとしている」と周辺国にバレてしまう。
そこで諜報方となった湯浅作左衛門を呼んだ。
「作左衛門。葉隠衆に新たな任務を与える」
「はっ。誰ぞを消しますか?」
「違う!俺はあまり暗殺は好かんぞ。それよりも……『肥料作り』じゃ」
「……は?」 作左衛門は意表を突かれて呆けた顔になっている・・・ちょっと面白いな。
「種子島を撃つのに火薬が必要なのは知っておるな?」
「はっ、存じておりまする」
「うむ、その火薬を作るのに硝石というものが必要なのじゃ」
「はっ・・・・・」
「その作り方だが、ほれここに記してある。まずは数十年以上経過した古い家屋の床下の土を集め、水と草木灰を混ぜてろ過する。そして灰汁を混ぜて水分が蒸発するまで加熱して残ったものが硝石じゃ」
「なんと、そのように手間がかかるものでしたか。それゆえ高価というのもうなずけまする」
「うむ、だが他の方法もあってな、床下の穴に乾燥土、干し草、蚕糞などを交互に積み重ねて数年間放っておけば硝石はできるのじゃ。」
「それなら、量産がかないますな」
「うむ、表向きは、農作物のための新しい強力な肥料を開発していると触れ回れ。そして、人里離れた場所で硝石を量産するのだ。臭いがきついが、我慢してくれよ」
作左衛門は一瞬呆気にとられたが、すぐに主君の意図――軍事機密の隠蔽工作――を理解し、ニヤリと笑った。
「承知いたしました。藤ヶ谷の奥にて、最高級の『肥料』を作り上げてご覧に入れます」
作左衛門は、いたずらっぽい笑みを浮かべながらそう言った。
乗り気なようで何よりだ。
お読み下さり有難うございます。
初投稿の素人ですので、稚拙な個所や至らぬ点が多々あるかと思います。
生暖かい目で見てくださると幸いでございます。




