千葉忍軍 葉隠衆の誕生
民部丸、相変わらず自重せずやらかしております。
天文十五年(1547年)四月(5歳)。
富国の見込みは立った。
軍備については、鉄砲が伝来してからまだ4年しか経っていないにも関わらず、すでに近江の国友で製造しているとのことで、購入を家臣の押田胤次に任せた。
彼は殊の外うまくやったようで、徐々にその数を増やしてすでに500丁ほどになろうとしている。
褒美をはずんでやらないと。
並行して鉄砲鍛冶の領内への移住あっせんも指示しているが、好待遇を提示していることもあり、数人は引き抜けそうだとの報告があった。
あとは強兵を成すべきなのだが、どの程度を備えていくべきか、現状では周辺の情報が圧倒的に少ない状況である。
もっぱら商人などがもたらす、おおまかな地域情報がメインとなっていて、少し踏み込んだ大名家内部やその軍備の情報などが不明のままだ。
情報を制する者が勝ち組になるという定石はこの戦国時代でも同じはず。
諜報組織が必要だな。
さて、どうするか。この時代でメジャーな諜報組織といえば忍びだが、有名どころで言うと伊賀と甲賀、伊達の黒脛巾組、上杉の伏嗅、武田の三ツ者、波多野の村雲、中国地方だと毛利の世鬼や尼子の鉢屋衆、この近くでは北条の風魔が有名だな。
だけど、そうした有名どころは既に仕える家門があるので引き抜きは難しいだろう。
伊賀や甲賀は雇う事は出来るだろうが、本拠地が遠すぎて連絡が難しい。もっとも甲賀は六角家の紐付きだろうから論外だけれども。
仕方ないので同盟国の北条家が使っている風魔を雇って、そのうち取り込むことを考えていたら、配下の高城氏がしばしば他家の踏み込んだ情報を持ってくることがあると聞いた。
これはもしかしてと胤貞に調べさせたらビンゴで、どうやら風魔などとは違う系統の、腕の良い忍び集団を雇って情報を得ることがあるらしい。
そして、その忍び集団はなんと楠正成の「四十八人衆」の生き残りの末裔であるらしいという噂。
俺は何とかしてこの忍び集団を召し抱えて本格的な情報網を展開したいと思った。
善は急げで、さっそく母上の実家である高城家当主、そして祖父でもある高城胤吉に挨拶がてら烏帽子親を願うという体で胤貞を伴って向かうことにした。
本来ならば主筋の民部丸が訪問するのではなく、胤吉を呼びつけるのが筋だが、今回は目的もあるし、高城家を重視しているということを見せることが出来ると考えての事だ。
用向きとしては、胤吉に俺の烏帽子親をやって欲しいと直接頼みに行くという理由を付けた。
どちらにしても最初からそうするつもりだったので嘘はついていない。
本佐倉城から小金城へは約1日の移動で行くことが可能であったので朝早くに出発をして夕方には小金宿に到着。
その日は宿に泊まり、翌日に城を訪問する形で先触れを出した。
小金宿での一夜が明け、東の空が白み始めると同時に、民部丸一行は再び動き出した。
目指すは、下総西部における要衝、小金城。 そこは、民部丸の亡き母の実家であり、東葛地域一帯を支配する有力国人・高城氏の居城である。 城の大手門をくぐると、そこにはすでに整列した家臣団の姿があった。 民部丸が駕籠から降り立つと、家臣団の先頭に立っていた屈強な武人が、砂利を踏みしめて歩み寄ってきた。 高城下野守胤吉。 勇猛で知られ、近隣の勢力からは恐れられる猛将である。 胤吉は民部丸の前に来ると、その厳つい顔を崩し、膝をつく……かと思いきや、いきなり民部丸を軽々と抱き上げた。
「おお!こなたが民部丸様か! なんと愛らしい……。目元など、亡き我が娘に瓜二つではないか!」 周囲の家臣たちが「殿、若様に対して……」と小声で諫めるのも耳に入らない様子だ。 還暦の魂を持つ俺としては、同年代の還暦近い爺さんに頬ずりされるのは少々気恥ずかしいものがあったが、ここは六歳の子供らしく振る舞うのが正解だろう。 「おじじさま、はじめておめにかかります。みんぶまるでございます」俺が愛想よくニコリと笑うと、胤吉は感極まったように目を潤ませた。
「うむ、うむ! よう来た、よう来てくれた。民部丸様のお噂はよう聞こえておりますぞ!さあ、奥へ。積もる話もある」
「おじじさま、みんぶまるは、ははうえににているのですか?」
「うむ。よう似ておりますぞ。笑うた顔なぞ真によう似ておる」
俺の他愛のない会話にそう答える胤吉の横顔は少し寂しそうだ。やはり可愛い娘を亡くしているのが悲しいのだろうな。
この体がそうさせているのか、俺がこの状況に馴染んだからなのかはわからないが、胤吉がとても身近に慈しむべき存在に思えて思わず抱き着いた。
普通に考えたら実の祖父だからな。当たり前というべきか。
「おお、愛おしき孫かな、千葉家の宝よ」と頬ずりをされたが流石にこれは・・・。
胤吉に抱かれながら談笑し、大広間に通されると、空気は一変した。
上座に民部丸が座り、その下座に胤吉率いる高城家家臣団、そして俺の付き添いとして胤貞が控える。
すると先ほどまでの孫を愛でる好々爺の顔は消え、胤吉は鋭い眼光を放つ戦国武将の顔に戻っていた。 その視線は、鋭く胤貞に向けられている。 千葉家筆頭家老の原氏と、新興勢力として台頭してきた高城氏は、家中におけるライバル関係にあり、決して仲が良いとは言えなかった。
「原殿。此度は民部丸様の御供、大儀である。……まさか、貴殿がこうして高城の敷居を跨ぐことになるとはな」 胤吉の言葉には刺があった。 だが、胤貞は表情を変えず、静かに、しかし深く頭を下げた。 「高城殿。我ら原一族、かつては貴家と反目したこともございました。しかし今は、民部丸様という『光』の下、共に千葉家を支える両輪になりたいと願うております」 「ほう……?」 「民部丸様の叡智は、我らの想像を遥かに超えております。この下総を富ませ、強くする。その大業を成すには、原の武力だけでも、高城の地盤だけでも足りませぬ。両家が手を取り合い、民部丸様を盛り立てることこそが肝要にて、亡き奥方様、そして千葉家の未来のためと心得る次第」 胤貞の言葉に嘘はなかった。 かつて民部丸を忌避していた男はもういない。そこには、若き主君に心酔する忠臣の姿があった。 胤吉はしばらく胤貞を見据えていたが、やがて「ふん」と鼻を鳴らし、ニヤリと笑った。 「そこまで申されてはのう……よかろう。民部丸様が認めた男だ。儂が拒む理由はない」 胤吉は向き直り、民部丸に深々と平伏した。 「民部丸様。この高城胤吉、そして高城家中の兵馬、すべて民部丸様の手足となりてお仕えいたしまする。孫のため……いや、我が主君のため、この命捧げましょうぞ」
胤吉の言葉とともに高城家臣団一同がいっせいにひれ伏す。
「ありがとう、おじじさま、たかぎしゅうのものたち。そしてたねさだも。みながいれば、このくにはあんたいじゃ」 民部丸の言葉に、広間は温かな、しかし強固な連帯感に包まれた。
「して、烏帽子親の件じゃったな。ようこのじいを頼ってくださった!民部丸様の頼みとあらば是非もなし。このじいが務めて進ぜましょうぞ」
「おじじさま、かんしゃいたしまする!」
場の空気が和らいだところで、俺は本題を切り出した。
「ところでおじじさま。ひとつ、たのみがありまする」
「何でございましょう?なんなりと」
「たかぎのいえでは、めやみみのよいものたちとのつきあいがあるときいた。なんでも、あのくすのきまさしげこうの『しじゅうはちにんしゅう』のまつえいとか」
胤吉の眉がピクリと動いた。 それは高城家にとっても秘中の秘に近い情報だったからだ。
「……どこでそれを。いや、原殿が調べたのであれば、お耳に入りましょうな。左様、確かに我らの領内、藤ヶ谷のはずれに、隠れ住む者たちがおります」
「そのものたちにあいたい。そして、けらいにしたいのじゃ」
胤吉は少し考え込んだ後、頷いた。
「彼らは誇り高き一族。銭で雇われる傭兵のような働きはしますが、真に心を許す主を持つことは稀。しかし……聡明な民部丸様ならば、あるいは・・・・わかり申した、案内いたしましょう」
翌日。 民部丸一行は、胤吉の先導で小金城を出て、深い森に覆われた藤ヶ谷の地へと向かった。 途中、藤ヶ谷城主の藤ヶ谷修理の挨拶を受け、同行を申し出て来たので道案内を頼んだ。
道なき道を進み、鬱蒼とした杉林を抜けると、不意に視界が開けた。
森の間にある開けた空間にひっそりと佇む集落。だが、普通の農村とは違う。
家々の配置は防衛を意識しており、畑仕事をしている村人たちの身のこなしにも、独特の鋭さがあった。
一行が足を踏み入れると、どこからともなく数人の男たちが現れ、音もなく囲んだ。
「高城様、藤ヶ谷様。……本日は何用でございましょうか」 現れた男たちの中から、一人の初老の男が進み出た。 質素な着物だが、その立ち居振る舞いには隙がない。眼光は鋭く、まるで猛禽類のようだ。 胤吉が答える。 「湯浅作左衛門殿。こたび千葉家当主となられる、千葉介民部丸様がお見えだ。粗相のないようにな」 「……千葉の、当主様?」 作左衛門と呼ばれた男は、怪訝そうに民部丸を見た。
無理もない。目の前にいるのは六歳の幼児・・・・中身は60半ばの老人だけども・・・。
一歩前に進み出て、落ち着き払った声でこう言った。
「ゆあささくざえもんどの。そなたらが、くすのきりゅうのつわものたちであることはきいている」 作左衛門は膝をついたものの、その目は民部丸を値踏みしていた。
「なんと?!それをご存じであられましたか……左様でございます。我らは南朝の忠臣、楠木正成公にお仕えした四十八人衆の末裔。流浪の末、この下総の地に根を下ろしました。民部丸様のご活躍はかねがね耳にしておりまする。して、本日は我らに何の御下命で? 素っ波や草、もしくは間者働きをご所望でしょうか?誰ぞを始末せよとの仰せであれば、相応の銭を頂きますが」
傭兵としてのドライな対応。 民部丸は首を横に振った。 「ちがう。きょう、われは、しかくをたのみにきたのではない」
「・・・・・・では、何を?」
「われは、そなたらを『めしかかえ』にきたのだ」
作左衛門の目が大きく見開かれた。 「召し抱える……? つまり、我らを武士として、家臣として迎えると仰せか?」 作左衛門は驚愕した。この時代、忍びの者たちはあくまで「使い捨ての道具」や「金で動く傭兵」として扱われることが多かった。 正規の家臣として、身分と領地を保証されることは極めて稀だったのだ。 「そうじゃ。われは、これからこのしもうさを、そしてかんとうを『じょうほう』でせいそうとおもっている」
「情報……でございますか」
「いくさは、やりや刀だけでかつものではない。てきのうごき、へいのかず、りょうまつ、それらをさきにしり、あいてのよわきをつく。そのためには、そなたらのような『かげのちから』がひつようなのじゃ」 俺は、前世で培った「情報戦」の重要性を、子供の言葉を意識しながら、しかし熱意を込めて語った。 結構難しいんだ、これが。早く歳を重ねて普通に会話したいものだ。
伝えた内容は、ただの使い走りではなく、千葉家の目となり耳となり、戦略の中枢を担う「諜報部」としての役割を期待していること。
そして、その働きには、正規の武士としての身分と、永代の知行をもって報いること。
「われは、そなたらをげせんなどうぐなどとはおもわぬ。ともにくにをまもる、たいせつな『かぞく』としてむかえたい。さくざえもん、どうかわれにちからをかしてくれぬか」
俺が手を差し出すと、作左衛門がはらはらと落涙し始めた。
それは、長年「影」として生き、光の当たる場所を諦めていた己の魂の震えだったのだろう。
誇り高き楠木流の末裔。だが、世間からは卑しい素っ破と蔑まれてきた。
それを、俺は「共に国を守る家族」と言ったのだ。
恐らくはこれまでの色々な感情が綯交ぜになってあふれ出したのだろう。
これからはこの俺が後見するから、世に名を売るんだ、作左衛門。俺の為に働け。
『民部丸様は幼いにも関わらず、その聡明さや先見の明、新たな政など数々の功績がある事もわかっておる。仕えるのに申し分のない主君じゃ。これは又とない申し出』
作左衛門は、深く、額を地面に擦り付けるように平伏した。 「……ありがたき……ありがたきお言葉……ッ!」 嗚咽交じりの声が漏れる。 「我ら楠木流四十八人衆の末裔、この湯浅作左衛門そして一族郎党四百余名、本日ただいまより、千葉介民部丸様の御身と千葉家の御為、この命を捧げ奉りまする! たとえ火の中、水の中、地獄の底までお供つかまつる!」 周囲にいた男たちも、一斉に平伏した。彼らの目にも、仕えるに足る主君を得た喜びの涙が光っていた。
その様子を見ていた胤貞が、感嘆の息を漏らす。 (……素晴らしいお方だ。金や権力を使わず、真心で人の『心』を掴んでしまわれる。これこそが、真の王者の器か・・・)
胤吉もまた、孫の成長ぶりに目を細めつつ、頼もしげに頷いていた。
「よし。ではさくざえもん、そなたらはこれより『はがくれしゅう(葉隠衆)』をなのるがよい。ちばの、はのかげを、つかさどるものたちといういみじゃ」
「なんと!良き呼び名を頂き恐悦至極に存じ上げまする。」
「うむ、よろこんでもらえてなによりじゃ。なにはじぬようはげむがよい。それはさておき、さいしょのしごとをあたえる」
「はっ! なんなりと!」
「まずは、『さとみ』のうごきをじゅうてんてきにさぐれ。また、『やなだ』や『ゆうき』や『こがくぼうさま』、かんとうじゅうに、われらの『みみ』をおくのだ」
「御意!!」
「ほうじょうは『かざま(風魔忍者)』がおるゆえ、むりせずしせい(市井)の、ものみにおさえよ。ぜったいに、むだなぎせいをださぬよう、はいりょせよ。おぬしたちには、いきてはたらいてもらいたい。いきていれば、そのはたらきにじゅうぶんにむくいてやれるからのう」
「ははぁ!われらはまことに良き主君に巡り合うことが出来、僥倖にございまする」
こうして、俺は念願の諜報部隊を手に入れた。
湯浅作左衛門には千葉家諜報方として重臣の扱いを受けさせる事とし、支度金五千貫文と千葉家直轄地のうち印旛郡に3,000石ほどの知行地を与えた。
後に「千葉の影」として諸国の大名や同業者(忍び)に一目置かれることになる「千葉忍軍 葉隠衆」の、これが誕生の瞬間だ。
本佐倉城に戻り、その顛末を鏑木胤家や木内胤胤、円城寺職胤など他の重臣たちに告げると案の定、蔑んだり反対する声も上がった。
だが、俺の説得とその意を受けた胤貞と胤清、胤吉の一喝で、今では皆考えを改めた。
その流れで俺は千葉家の政治改革の一つとして、評定に参加する資格「評定衆」の制度を採り入れる事にした。
古くは鎌倉幕府、そして室町幕府、近くでは後北条家もこの体制をとっている。
だが、千葉家の評定衆制度は少し違う。
これまでは重臣クラスのみが評定に参加して政治を行ってきたが、これからは重臣に加えて俺の指名によって、重臣ではない家中のものを準重臣扱いで評定衆として参加させ、ある程度現場に近い声も反映させるようにした。
これで風通しがよくなり、下級武士の間からも「認められれば役職を持てる」という空気の醸成に向かっていき、家中が活性化し始めた。
こうして富国強兵への布石を着々と進めて行くのだ。
お読み下さり有難うございます。
初投稿の素人ですので、稚拙な個所や至らぬ点が多々あるかと思います。
生暖かい目で見てくださると幸いでございます。




