家中統一
天文十五年(1546年)二月、父・利胤の葬儀が終わり、本佐倉城は重苦しい静寂と、これから訪れるであろう激動の予感に包まれていた。
俺は、千葉家二十六代当主として父より指名を受け、幼き身に(中身は還暦をとうに過ぎているが)家を背負うという重みを感じていた。
周囲の家臣たちの目には、期待と不安、そしてわずかな侮りがまだ混在している。
たったの五歳。いくら前世の知恵があろうと、物理的な体は未成熟な幼子だ。
そんな子どもが、群雄割拠の戦国大名として君臨できるはずがない――そう考える者が、当然ながら存在する。
案の定、事態は葬儀の熱が冷めやらぬうちに動き出した。
「ときに、民部丸どの」
評定の席において、不穏な空気を纏った叔父・胤富が口を開いた。
その背後には、俺の祖母にあたる金田殿が、まるで操り人形を操る糸のように視線を送っている。
「幼き者が当主を継ぐこと、古今例がないわけではない。されど今は乱世。里見が南から狙い、北条が隙を窺うこの状況で、五歳の童に家臣団をまとめ上げ、領民を守り抜くことなど、到底不可能。兄上も、病に侵され、また急なことゆえに判断を誤られたのであろう」
胤富の言葉は冷ややかだった。彼は利胤の弟であり、次期当主の座を狙う野心を隠そうともしない。
「そうじゃ。民部丸どの……其方はまだ余りにも幼すぎる」
父、利胤と叔父、胤富の生母である金田殿が畳みかける。彼女の言葉は、まるで毒を含んだ棘のようだ。
金田殿は上総国武田氏の家臣であった金田左衛門大夫正信の娘。
金田左衛門大夫正信は里見氏との戦いで亡くなった。
他の一族も三河へ移ってしまっており、後ろ盾が無い自分の居場所を確保するために出張って来たのだろう。
「千葉家の誇り高き歴史を、側女の腹から生まれた子に預けるわけには参りませぬ。千葉本家の血が濃く流れる胤富こそが、武勇も徳も備わった正当なる後継者。今日より当主の座は胤富が引き継ぐ。それこそが、千葉家の存続のため」
彼らに付き従う原若狭守胤家(胤清の同族庶流)、息子の胤幹(正史の親幹:この世界では親胤から親の一字を拝領していない)も大きく相槌を打ちながら俺を睨みつけている。
広間にどよめきが走った。
原胤清、胤貞父子は憤怒の表情で拳を握りしめていたが、家中の重臣の中には、金田殿の権威に押され、困惑のあまり沈黙を貫く者も少なくない。
内乱の火種発生だな。
正史において、親胤が傀儡として暗殺された背景には、こうした親族の権力争いも絡んでいたのかもしれない。しかし、今の俺には胤清・胤貞という強力な味方がいる。
「……おじうえ。そしておばうえ」
俺はゆっくりと立ち上がった。五歳の体なので、威厳を出すには身振り手振りに神経を使う必要がある。
しかし、精神年齢が還暦過ぎた俺の心には、前世で培った豊富な経験と、今やこの下総を、千葉家を守るという揺るぎない覚悟がある!
「わたしのおさなさをきぐするおこころ、わからぬでもありません。されど、わがちち・としたねが、しにきわに、ちばけをたくしたのは、このわたしです。それはこのみんぶまるへのしんらいでございます。それをひていすることは、ちちのさいごのいしをどろでけがすにひとしいのではありませぬか?」
「わ、童が、さも大人のような言い草を!気色が悪い!」
「そうじゃ!戯言を! 亡き兄上の情に流された判断など、家を滅ぼす元よ!」
胤富とその側近が立ち上がり、腰の太刀に手をかけた。周囲の俺の側近たちが、即座に俺を庇うように壁を作る。
緊張が極限まで高まり、一触即発の事態となった。
だが、ここで動いたのは胤清だった。
「……胤富殿。その太刀を引かれよ」
重く、そして凍りつくような低い声だった。
原胤清は、千葉家筆頭家老としての威圧感を全開にし、胤富を射抜くような眼光で睨みつけた。
「殿の御遺命は絶対。我ら重臣全員、ならびにこの本佐倉の家臣団は、いかなる理由があろうとも、民部丸様以外を当主として認めることはございませぬ」
「なに……胤清?!貴様、家臣筋の分際で!」
「胤富様!お聞きください」
今度は胤貞が前に出た。彼は、俺が発案して実現した「富」の源泉、酒造りと農業改良、流通改革で得た莫大な経済力と、それによって潤った領民たちの支持がある事をとうとうと説明した。
「胤富様、大方様。貴方様方が『幼いから無理だ』と仰るこの民部丸様こそが、飢えから村々を救い、黄金の酒を生み出し、この千葉家に莫大な富をもたらしたのでございます。もし今、ここで民部丸様を廃するような事になれば、政も、軍備も、民の信頼も、すべてが千葉家から離れましょう。何が『家を滅ぼす』か、冷静にお考えください」
「ぐぬぬ・・・・」胤富は顔を青ざめさせ、金田殿は憎々しげに唇を噛んだ。
彼らは普段は出仕する事があまりないので、気づいていなかったのだ。
俺が、単なる「血筋」だけの存在ではなく、この領地の根本を支配する存在になっていたことに。
「……おじうえ。かないのあらそいは、ちちがもっともきらうものです。このみんぶまるはうちわでちをながすつもりはありません。されど、ちばけのかじとりをさまたげるものがいるならば、それそうおうのたいしょをさせていただきまする」
「なにを生意気な!」
「ふん、童が何を!」
「・・・たねきよ、たねさだ。このものたちを、すみやかにおくへ……とうぶんのあいだ、やしきからでることゆるさぬ。あたまをひやされよ。これはちばけとうしゅとしてのめいじゃ」
「ははっ!」
「な、何を?!・・・」
「無礼者!妾に触れるでない!」
胤清と胤貞が動き、配下が胤富と金田殿の身柄を確保する。
彼らは抵抗を試みたが、もはや自らの側近をはじめ家中の誰も、彼らに加勢しようとする者はいなかった。反抗の芽は、始まる前に摘み取られた。
俺は静寂が戻った広間で、改めて重臣たちを見渡した。
「みなのもの。きょうのことは、とうけのだんけつをよりつよくするためであったとこころえよ。われはまだおさない。しかし、ちちうえがわれにちばけをたくしたわけは、このしもうさを、ゆたかでつよく、いかなるてきもおかすことのできない『おうごんのちば』にするためだ。みな、われとともにたたかってくれるか!」
「おおおおおっ!」
広間を揺るがすような雄叫びが上がった。
俺は、心の中で深く息を吐いた。
(よし……まずは一つ、大きなハードルを越えた)
だが、これは始まりに過ぎない。
今後、里見の影、北条の影響、そして国内の不穏な因子。それらを一つずつ処理していかねばならない。
立ち上がって、窓の外を見つめた。
春の兆しが見える下総の空は、どこまでも澄み渡っていた。
さあ、ここからが本当の『戦』だ
俺は、近代兵器の導入、常備軍創設の検討、そして後北条との関係と里見との争いへと、思考を加速させる。
前世での商社での経験、そしてこの戦国という時代。その二つを融合させて、わが千葉家を天下に揺るがぬ勢力とする。
天下統一・・・決して凡人たる俺が成し得る大業ではない。
綱渡りだが、やりようはあると思う。
例えば三国志のように三国鼎立がかなうなら、ある程度の期間、俺が存命の間は良いかも知れないが・・・。
織田(西国・九州・四国・濃尾)VS上杉(北陸・信越)VS千葉(関東・東海北部・東北)・・・。
いや、これだと上杉あたりがすぐに織田に落とされてこちらに火が付くな・・・。
ならば誰かを立ててその後押しをする存在になるか?
だがこの乱世、信頼できる人間などいるのだろうか?
俺が想像する限り、ほとんどの大名や武将は、俺が後押しをしての天下統一が成ったその時は真っ先に俺を排除しようとするだろう。
ならば、途中までは同盟関係を維持して二分するところまで行って、その後は雌雄を決し勝利するか、はたまた、こちらが飲み込まれるか・・・。
その相手勢力が誰になるかだが、やはり織田信長か、豊臣秀吉か・・・徳川家康はこちらが東海を抑えれば目は無くなるかな?
まずは、織田信長か豊臣秀吉に西国をある程度統一させて、こちらは北陸・東国を統べるという構図かな。
国境は尾張三河の境から北は越前加賀の境あたりが良いか。
それにしてもこちらは甲斐の虎と越後の龍まで相手どらなければならない。
ハンデが欲しいところだが、向こうは毛利や本願寺が厄介だからな・・・。
今の所は絵に描いた餅。
一応一通りを念頭に置きながら、この辺りの基本構想に向かって行動しよう。
そして、俺はわずか六歳の当主。それは、最大の弱点と見えると同時に、相手を油断させる最大の武器かも知れないので、うまく使っていこう。
そしてその夜、俺は自室で前世の記憶を頼りに起こした周辺地図を広げ、目前に迫る次の手を練っていた。
次は、安房の里見氏への対応だ。彼らに対して経済的・軍事的な罠を仕掛ける。
この時代で出来る事は、思いつく限りすべて実行する。
俺は、自分の小さな拳を見つめる。
この手で歴史の奔流をねじ伏せ、誰も見たことのない未来を切り拓く。
父の遺言を果たすために。そして、この戦乱の世に転生した自分が最後まで笑って生き残るために。
お読み下さり有難うございます。
初投稿の素人ですので、稚拙な個所や至らぬ点が多々あるかと思います。
生暖かい目で見てくださると幸いでございます。




