佐竹攻め③
天文二十四年(1555年)9月。
パパパパーン・・・・・パパパパーン・・・・・パパパパーン
佐竹義昭は茂木城下の平野部に着陣してすぐに城の包囲を解こうと強行突破を図ったが、立て続けに響く千葉軍の鉄砲の音に怪訝な表情を浮かべる。
「いったいどうなっているのだ?種子島というものは一度放つと弾込めに時間がかかる筈ではないか?なぜあのように連続して放てるのだ?」
「ただいま調べさせております故、今少しお待ちくだされ」
傍らに控えている家臣の岡本禅哲が申し訳なさそうに答える。
一回の斉射で数百の兵が倒れる。
これ以上の突撃はいたずらに兵を損じると思った義昭は負ける気はさらさらなかったが、一旦兵を退き、再編成を命じた。
そして兵を退きこそはしたものの、再度の攻勢を伺うため、陣立てを整えるべく前線へ送り出した重臣・小野崎昭通からの報告に、次第に顔色を変えさせることになる。
小野崎率いる手練れの物見が千葉軍の陣地に近づこうとしたものの、隙のない警戒網に阻まれ、ことごとく追い払われた。
「御館様……申し訳ございませぬ! 敵の警戒は鉄壁。それどころか、奴らが麓に築いた陣地……あれは尋常ではございませぬ!」
「何だと……?」
義昭自ら馬を出し、遠目から千葉軍の陣地を検分した。
そこに見えるのは、単なる急ごしらえの逆茂木や柵だけではなかった。
地形の起伏を緻密に計算したのか、どこから突撃しても必ず二方向以上から十字砲火を浴びるように設計されたと思われる、恐るべき「殺人地帯」のようなものが構築されていた。
土塁は高く削られ、馬の足を止める掘割りがあちこちに張り巡らされている。
「……あのガキ、ただの戦上手ではないな。わずか数日でこれほどの陣を築くとは……」
義昭の背筋に、冷たい汗が流れた。しかし、ここで退けば「佐竹は千葉の子供に怯えた」と関東中に嘲笑される。もはや引くことは許されなかった。
「全軍突撃ぃっ! 千葉の似非陣地など、我が佐竹の鉄騎にて踏み潰せっ!!」
六日目の早朝、薄霧が立ち込める平原に、佐竹義昭の怒号が響き渡った。
佐竹軍が誇る精鋭・騎馬隊四千を先頭に、二万五千の全軍が地鳴りを立てて千葉軍の野戦陣地へと襲いかかった。猛烈な騎馬の突進力は、並の軍勢なら陣形ごと吹き飛ばされる迫力であった。
だが、陣地で待ち構える千葉軍の兵士たちに動揺はなかった。
最前線の土塁の影で、黒色火薬の匂いと緊張感が充満する。
「慌てるな……引きつけろ。馬の顔の皺が見えるまで引きつけるのだ」
鉄砲大将・鏑木胤永が鋭い目つきで前線を見つめ、軍師・白井浄三が静かに采配を掲げた。
百歩——五十歩——三十歩!
「打てぇぇぇーーっ!!」
ドババババババババッ!!!
平原の静寂を切り裂き、五千挺の鉄砲が一斉に火を吐いた。
白井浄三の指揮のもと、完全にローテーション化された三段・四段の途切れない弾幕が形成される。一列目が撃ち終わると同時に二列目が前に出、三列目が装填を行う。途切れることのない鉛の雨。
「グワァァァッ!?」
「馬が! 馬がやられたッ!」
先頭を走っていた佐竹の騎馬隊は、見えない鉄の壁に激突したかのように、次々と血飛沫を上げて倒れ伏した。人馬の悲鳴と肉が砕ける凄惨な音が響き渡る。
「ひ、怯むな! 押せ! 柵に取り付けッ!」
凄まじい損害を出しながらも、後続の佐竹兵が死体を踏み越えて柵へと取りすがろうとする。しかし、そこに立ち塞がったのは、高城胤吉と円城寺虎常の部隊であった。
「ここから先は一歩も通さん! 突っ込んできた敵を槍で突き落とせ!」
高城の叱咤のもと、冷徹に陣地を死守する千葉の兵たち。近代火器の絶え間ない弾幕と、計算し尽くされた土塁・掘割りに阻まれ、佐竹軍の突撃の勢いは完全に挫かれた。
「馬鹿な……我が誇る騎馬隊が、手も足も出ずに討ち取られていくだと……!?」
本陣でそれを見ていた佐竹義昭は、驚愕の表情を浮かべる。
正面突破が不可能と悟った義昭は、凄惨な昼の戦いが終わったその夜、決死の逆転を賭けて「夜襲」を試みた。
「闇に乗じて千葉の側面に回り込み、本陣を撹乱するのだ!」
しかし、千葉軍に「夜間の油断」は存在しなかった。
徹底された見張り網と篝火、さらには定期的な巡回により、暗闇に乗じて近づいた佐竹の夜襲隊はあっけなく発見された。
「敵襲! 敵襲ーっ!」
カンカンカンと高らかに鳴り響く警鐘。即座に体制を整えた千葉軍の鉄砲隊が闇夜に向かって一斉射撃を浴びせる。
さらにそこへ、側面で待機していた水谷正村と里見義舜の部隊が、闇の中から佐竹の夜襲隊の側角と背後へ襲いかかった。
「お返しじゃ! 佐竹の兵ども、生きて帰れると思うなよ!」
水谷正村の鬼神のごとき長槍が闇を切り裂き、夜襲隊は返り討ちに遭って潰走。
逆に佐竹本陣の側面と背後が脅かされる事態となり、義昭は全軍後退の合図を出さざるを得なかった。
……その頃、茂木城の城内。
籠城する茂木治種と二千足らずに目減りした守備兵たちは、城壁にしがみつき、麓で繰り広げられる地獄絵図をただ震えながら見つめていた。
「おい……見ろよ。救援に来てくれた佐竹様の騎馬隊が、あっという間に消えちまったぞ……」
「夜襲も失敗したみたいだ……佐竹様の本陣が引いていく……」
暗闇の中に響き渡る凄まじい銃声と、味方の絶叫。そして、朝日が昇るにつれて明らかになったのは、麓を真っ黒に埋め尽くす千葉軍のびくともしない陣形と、延々と連なる佐竹兵の屍の山であった。
「だめだ……勝ち目なんてねえ……」
「佐竹様はおれたちを見捨てて逃げる気だ……!」
圧倒的な絶望感が茂木城内を包み込んでいく。
頼みの綱であった佐竹の救援軍二万五千は、千葉親胤の前に完全に足止めされ、潰乱寸前の状態に追い込まれていたのだった。
「全軍、陣を整えよ! 佐竹本陣を粉砕する!」
俺が采配を振るおうとした、まさにその時——。
「報告ッ!!」
物見の兵が、全身に血を浴びて飛び込んできた。馬から転がり落ちるようにして叫ぶ。
「我が軍の背後、北方より軍勢おおよそ二万六千!の軍勢が現れてまいりました!」
北方というと、那須領か。
「那須が裏切ったか?」
軍師の白井浄三が顔色を変えた。
「バカな! 那須はすでに我が方へ付くと約していたはず……!」
「誓紙など破るためにあるものよ!」
大将の高城胤吉が苦々しく吐き捨て、刀を抜いた。
「旗印は・・・丸に三つ引両、蘆名家とおもわれまする!それと、左三つ巴、こちらは白河結城家と思われまする」
ん?ここでなぜ蘆名と白河結城が出て来る・・・?
さては那須が突破されたか、寝返ったか・・・。
「御屋形様! 前方は佐竹二万二千! 後方は敵連合軍二万六千! 完全に包囲されております!」
「……うむ」
正面に佐竹二万二千、背後に二万六千。合わせて四万八千の敵・・・。
こちらはこれまでの死傷者を引いて三万三千・・・。
悲鳴のような怒号と、鉄砲の破裂音、金属がぶつかり合う音が戦場を支配した。
「交互射撃を維持せよ! 敵を近寄らせるな!」
鉄砲大将の鏑木胤永が声を枯らして5千の鉄砲隊を指揮するが、敵の騎馬が散りながら攻め寄せてくるので、効果的な殲滅を行えない状況だった。
副将の水谷正村や安蒜淨意の陣も敵の猛攻に晒され、中々退こうにも退けない。
里見義舜が血煙を上げながら奮戦するも、我が軍の兵は押され、三万三千の兵力は、さらに半刻足らずの戦いで三万二千まで討ち減らされている。
(クソッ……! 油断した!那須は裏切る可能性があるが、我らが優勢のうちは裏切らないと思っていたのに)
自らの甘さと過信に、口の中が血の味がするほど唇を噛みしめた。
弾薬は底をつきかけ、兵たちの顔には絶望の色が滲む。
もはやこれまでか。俺は残存部隊を集め、本陣を中心に円陣を組ませた。
「全軍……これより敵の薄い一点を突いて決死の突破を図る! 無駄死には許さん!死中に生ありと心得よ!」
「うおぉぉーーーー!!」全軍が呼応する。
俺はここで死を覚悟し、抜刀した。
お読み下さり有難うございます。
稚拙な個所や至らぬ点が多々あるかと思います。
生暖かい目で見てくださると幸いでございます。




