佐竹攻め①
今回は間が空いてしまい申し訳ありません。
天文二十四年(1555年)秋。
常陸の雄・佐竹義昭との雌雄を決するべく、俺は自ら三万五千の大軍を率いて出陣の途についた。
陣容はこうだ。軍師には白井浄三。大将には高城胤吉、円城寺虎常、里見義舜(正史では里見義弘)。副将陣にも菅谷勝貞、水谷正村(下総結城家臣)、安蒜淨意といった、百戦錬磨の将たちを据えた。
全軍の要となる新式の鉄砲隊五千を率いるのは、鉄砲大将・鏑木胤永。
出陣の前日、本佐倉城の凛とした空気の中、尾崎殿(明)がしずしずと俺の傍らへ歩み寄ってきた。
豪奢な小袖の袖口から覗く手が、かすかに震えている。
「御屋形様……ご武運を、心よりお祈り申し上げます」
「ああ。明、留守を頼む」
俺がうなずくと、明は周りの目を憚るように声音を落とし、じっと俺の瞳を見つめ返した。
「……お願いにございます。形勢不利と、少しでもお感じになられましたら、意地を張らず、ただちに後詰の要請をお出しくださいませ。御屋形様にはご存じの事と思いますが、先だって義叔父(綱成)には私からすでに文をしたためてございます。父は、御屋形様の危急なるときはいつでも合力する心積りがあると仰せでして、上野近辺にいる北条の軍勢は、いつでも合力出来る手筈に……」
「……配慮、かたじけない。だが心配なさるな、この戦力だ。遅れをとることはない。それに那須、小山、益子は我が陣営に加わる事になっておる」
俺はそう答え、出陣の太鼓を鳴らさせた。
『もう、那須なんて野心高すぎて疑惑だらけじゃないの。日本史をちょっと勉強していたらすぐわかる事なのに。絶対に裏をかかれるに決まっているのだから、気を付けて欲しいわ・・・だって・・・
そのうち未来の事とか話をしたいのだから・・・死なないで欲しい・・・』
俺には明のまなざしが、単なる政略結婚の妻としての気遣いを超えた、どこか切羽詰まったような気迫が籠もっているように見えた。
『もしかして、俺は負けると思われているのかな?これは心外だな・・・そうか、現代人から見たら知らない歴史の中で綱渡りをしているように見えるのかも知れないな』
そう思ったが、俺も勝つために裏で様々な策を講じている。
そうそう負ける事は無いはずだと、軍を率いて北へと向かう。
============
親胤の出陣から半刻―――
「風間、いるのでしょう?出ていらっしゃい!」
天井に向かって明が声を掛けると。いつの間にか背後に人が現れる。
「風間出羽守小太郎、ここに」
あまり特徴の無い、記憶に残りにくい風貌の忍びが脇差を外して右手側後ろに下げてから、そう答え、明に向かって跪く。
「小太郎。あなたに頼みがあるの。聞いてくれるかしら?」
「はっ。姫様の仰せであれば何なりと」
「特に那須が怪しいのだけれど、周辺国の動きを探りながら、千葉軍に危機が迫った場合、すぐにわたしと孫九郎義叔父様に伝令をしてちょうだい」
「・・・ご当家には優秀な葉隠衆がおりますが、よろしいので?」
「彼らは御屋形様の配下であって、私の配下ではないのよ。それに、義叔父様との連絡ならあなたの方が適任だし、私も信頼がおけるもの」
「ご信任下さり、ありがとうございまする。我らの忠義はこれからも姫様に捧げまする」
「ありがとう。でもわたしはもう姫じゃないわ。既婚者よ」
「これは。失礼つかまつりました、御方様・・・ですが、我らにはいつまでも姫様なのでございますよ」
小太郎の表情は、はっきりと見てはとれないが、心なしか微笑んでいるように見えた。
「仕方ないわね・・・じゃ、頼んだわよ」
明からの命を受けた風魔の頭領、風間小太郎は明の前から下がるとすぐさま行方をくらます。
『これで、何か起きても何とかなりそうね。それにしてもわたしの勘が告げているのよ。那須はたぶん裏切るわ。風間から聞いた情報と御屋形様から聞いている情報を合わせてもどこか安心できない何かがありそうなのよね。何か忘れているピースがあるはずよ。でも手は打ったから、今は静かに様子を見るしかないわね』
===常陸中西部 真壁郡===
千葉本軍が本佐倉城を出立後、各地で合流を重ね、真壁領手前に着いたのは3日ほど経ってからであった。
真壁家は一昨年の合戦で勇猛をもって知られた当主・真壁久幹が討ち死にして以来、家中は混乱していた。
残されたのは、生母も既に亡くなっている、僅か五歳の嫡男・新太郎と、彼を支える家臣たちだけだ。
榎戸治部少輔をはじめとした中原遠江守、藤田因幡守、大関越前守などである。
真壁城の大広間では、榎戸に介添された新太郎が上座に座し、下座には中原、藤田、大関などが揃い、攻め寄せて来た千葉家への対応を詮議している最中であった。
伝令が慌ただしく入室して来た。
「申し上げます!千葉軍三万五千が竜ヶ井城の麓一帯に布陣しております!」
「あらかじめ城を捨てるよう言っておいたのが良かったかも知れぬ。籠城などしては200の兵が無駄死にになるからのう・・・方々、既に一刻の猶予も無し。千葉家に降るか、潔く一戦して華々しく散るか、決めようではありませぬか」
重臣を代表して榎戸が問いを発して一同を見回す。
新太郎は、声を発した榎戸と下座の一同を交互に眺めて、怖い雰囲気に泣きそうになるが、日頃乳母に言い聞かされているように、泣かずにぐっと我慢をしているようだ。
「我らはどうかき集めても三千に満たない。籠城したとて、大手門も外壁も、かの大筒で粉砕されて一気に落城の憂き目に遭いましょうな」
真壁一の武門を誇る中原が腕を組みながら意見する。
続いて藤田が発言する。
「されば、新太郎様をお護りして、お家を保つには降るほかありますまい」
これに大関が大きく頷き、榎戸も顎に手をやり、思案顔となる。
3拍ほど間をおいて、榎戸が意見をまとめ
「では、方々。決を採り申そう。籠城を推す者は?・・・では降伏を推す者は?・・・これで決しましたな」
多数決の結果、籠城0、降伏4、全員一致で降伏であった。
使者は真壁家にて外交を受け持つ藤田因幡守が向かう事になった。
============
竜ヶ井城は、既にもぬけの殻と化していた。
絶望的な兵数の差を見て城を捨て逃亡したようだ。
城を接収してから500ほどの兵を残して麓に布陣する。
1刻ほど休憩を取らせ、再度進軍を始め、真壁城を三万五千の軍勢で包囲しかかると、大手門が開かれ、使者が現れた。
藤田因幡守と名乗った男は、真壁家の外交官らしい。
降伏を申し出て来たので、受け入れる旨返事をしてやったら、とてもホッとした表情で何度も礼を言われた。
降伏の謁見は、竜ヶ井城の麓の陣内で行う事にした。
竜ヶ井城は小高い山の上にあり、いちいち上り下りが面倒だったからだ。
やがて、子ども用の直垂を着せられた童と重臣と思しき大人が4名、陣幕に入って来た。
簡易の敷物の上に、4名の大人は童を守るように挟んで正座をして横一列に皆両手を着く。
童は目の前に広がる鎧姿の強面の大人たちが居並ぶ威容に言葉を失い、泣き出しそうな顔で重臣の衣の裾を小さく掴んでいた。
「真壁家家臣、榎戸治部少輔にございまする……我らこれより千葉様へ降りまする。これまでの対立の責は我ら真壁家重臣一同が引き受けます故、どうか新太郎様はお助け頂けますように伏して願いまする」
重臣全員が地面に頭をこすりつける。
それを見た新太郎もわけがわからないまま、倣って小さな頭を地面に押し付けた。
「……よい。先代の久幹殿は我らの軍が既に討ち取っておる。真壁の家督はそのまま新太郎殿が継ぐことを許す。思うところもあろうが、千葉家に刃を向けぬ限り、真壁郡を安堵しよう」
「ははぁーっ! ありがたき幸せ!」
俺は童の首を刎ねるような野蛮な真似は、出来る限りするつもりはない。
・・・まだ俺は現代的な感覚を捨てきれずにいるらしいな。
だが、これまでとりわけ大きな失敗は無かったし、方針としては大きく間違ってはいないと思う。
中途半端に殺していては後に遺恨を残す結果となりやすいからな。
10年以上続くゲリラ戦に発展する可能性だってあるし、迂闊な事はしないほうが良い。
あとは・・・「それと、新太郎殿。」
新太郎は突然呼びかけられて、目を丸くしてきょとんとして俺を見た・・・かわいいな・・・。
「もう少し大きくなったら、俺の近習として取り立てる故、それまで壮健でいるように。元服の折には烏帽子親を務めても良いぞ」
「おお!それはまことに誉な事!ささ、新太郎様、元気よくお返事を差し上げて下され」
「・・・はい!!よろしくおねがいいたしまする!」
新太郎は少し戸惑った後、榎戸に促されて元気よく返事を返してくれた。
よし、未来の鬼真壁ゲットだ。
こうして大将格の人材をどんどん入れて行かないとな。
真壁の服属を即座に認めると、そのまま軍を北上させるべく下知をする。
この後は益子領を通り、芳賀郡を突っ切って、佐竹の本領・常陸太田へと一気に攻め込む手はずだ。
事前の綿密な調略により、那須、益子、小山といった下野の諸将は、すでに我が千葉家に降っているはずだ。
那須は怪しいが、我らが優勢なうちは下手な事はしないだろう。
このルートで佐竹を徹底的に叩く。
お読み下さり有難うございます。
稚拙な個所や至らぬ点が多々あるかと思います。
生暖かい目で見てくださると幸いでございます。




