黄金の酒と森の宝石、そして反対勢力
天文十三年(1546年)九月(4歳)
俺が進める事業は昨年に続き成果を上げ、この秋の集落の収穫も目に見えて増えていた。
この年は気候が良かったせいもあってか2~3割増しの成果だ。
集落の皆も大喜び、総出でお祭り騒ぎであった。
そして口々に俺を褒め称えてくれた。こういうのは素直にうれしいね。
その光景を見て胤貞は驚愕すると共に民部丸へ畏怖を感じるようになった。
『齢三つの童が、と思うていたがこれほどの成果を上げられるとは・・・これは本当に神童かも知れぬな。』
胤貞は、ハッとしたような表情を浮かべたと思ったら急に俺の前に膝をつき、深々と頭を下げた。
「民部丸様・・・・これほどの成果をもたらすとは、あなた様はまこと神童にございます。これまで疑っておりましたこと心よりお詫び申し上げまする。そして某、これよりも身命を賭して民部丸様をお支えいたしたく思いまする。お許しを頂けましょうや?」
俺はちょっと驚いたが、胤貞の真摯な表情を見るとこれは本気でそう思っているのは分かった。
よし、これは好機到来!
「うむ、たねさだ……そなたのちゅうぎ、しかとうけとった。これからも、ともにたみをいつくしみ、くにをとませ、つよくしていこうぞ」
「ははっ!」
こうして、正史では俺(民部丸)を傀儡にしようとしていた原家の息子・胤貞は、俺の忠臣となった。
これで暗殺の確率は下がったかな。
この時代を生き抜くには、俺ひとりではどうにもならないのだから信頼できる者を見極め、育てることが肝要。
国の安定と、何よりも俺自身の安寧のためにも・・・。
そんな折、千葉家の寄り親的存在であった北条家が今川家による河東地方への進攻を受け、同時に今川義元と通じていた関東管領・山内上杉憲政と扇谷上杉朝定が関東の連合軍を組織して河越城を囲んだ。いわゆる第二次河東一乱と河越城の戦いが同時におこった。
千葉家は後北条方だったので、周囲が敵だらけになり身動きが取れない状況に陥る。
そんな中、里見が不穏な動きをしているという情報が入り、上総との国境に近い生実城を伺う動きをしており、利胤自らが三千を率いて後詰として向かう事になった。
「ちちうえ、ごぶうんをおいのりもうしあげまする」
「うむ、行って参る。民部丸よ、留守を頼むぞ」
そうして利胤は生実城へ向かった。
その後しばらくして、河東では北条方の吉原城の落城、長久保城の籠城戦など北条軍の苦戦が伝わり、残っている家中の者は利胤の身を案じた。
だが、俺は父上が無事に帰城する事を知っている。
正史では父、千葉利胤が亡くなるのは天文十六年(1547年)のはずだ。
ならばいまはまだ大丈夫なはず。
何より、石鹸の普及で以前より衛生に気を付けていたので、感染症の恐れは格段に減っているはずだから、もう少し長生きする線もあるはず。
ただ、俺のしでかしている諸々を考えると、どんなバタフライエフェクトが発動するかわからないので、油断は禁物だが・・・。
しばらくして、この年十一月、武田の仲裁もあり、今川とは講和が結ばれることとなった。
それに合わせて里見も軍を引くのではないかという意見が家老たちの間で囁かれた。
しかし依然として両上杉と古河公方の連合軍およそ8万が河越城を包囲しており、里見も軍を引かず、今しばらくけん制の為、待機する事になったのだった。
やがて史実通りに氏康は古河公方晴氏に対し、計略を仕掛けたが、最初はうまくいかず、いったんは府中まで兵を引いた。
なお、千葉軍が警戒の為、下総北部と常陸国境の関宿近くに二千五百の兵を展開している為、その辺りを領している古河公方配下の家宰、簗田高助などは早く自領の安全確保のために帰城したいようで落ち着きのない様子だったらしい。
すでに河越城を包囲して何か月も経っており、だんだんと将兵の士気も下がっており隙だらけだった。
そんな折、連合軍は籠城している北条綱成が討って出てくる様子も全く無いため、ある日に酒盛りを始めた。
氏康が風魔に命じて近隣の村から陣中見舞いと称して酒を大量に納めるように仕向けたのがうまくはまったようだ。
敵陣を風魔忍びに探らせていた氏康は、これ好機とばかりに八千の兵を率いて夜襲を決行するのだった。
城からは北条綱成が呼応して三千の兵と共に「勝ったー!」と叫びながら敵陣を縦横無尽に斬りまくって大金星を挙げる。
翌朝、連合軍は瓦解して散り散りになり、稀にみる大敗北を喫した。
両上杉、古河公方軍の損害は最大で一万三千ほどと見積もられた。
この報が里見方と利胤のもとに早馬で伝えられると両軍は陣を撤収し帰還の途につく。
天文十四年(1546年)、九月(4歳)。 塩水選と農具の改良、そして正条植えの導入から二年半。千葉家本拠地である佐倉周辺の村々では、見事に米の増産が成功していた。 黄金色に輝く稲穂は、領民たちに安堵の笑顔をもたらした。だが、五歳になった民部丸の内心は、その風景を見ても満たされてはいなかった。
米が増えたのはいい。だが、これだけではまだまだ足りない。
屋敷の縁側で、俺は小さな腕を組み、考える。
米は経済の基本だが、嵩張る上に腐る。輸送コストも馬鹿にならない。
敵性周辺国と渡り合うための軍資金、すなわち「銭」を稼ぐには、米をそのまま売るだけでは効率が悪すぎるのだ。素材をそのまま売るより、加工して高付加価値商品にする。そしてそれをブランド化して利益率を跳ね上げるのだ。
このところ父上は俺の施策が富をもたらし始めているのを理解したのか、大体の事は任せてくれる。
今回も思いついた策を相談したが、気前よく許可をくれた。
「たねさだ。すこし、はなしがある」
すっかり俺の忠実な家臣兼千葉家新規事業の進行役として定着した胤貞は、慣れた様子で膝をついた。
「はっ。今度はどのようなお知恵でございましょうか」 「うむ、こめがあまった。これを『ぜに』にかえる。それも、ばくだいな『ぜに』にだ。そしてほかにも、とくさんひんをつくってうる」
俺が提示したのはこの時代には最適と思われる定番と言える三つの新事業だった。
一つは、余剰米を使った高級酒「澄み酒」の醸造。
この時代、酒といえば白く濁った「どぶろく」が主流であり、透明な清酒は僧坊酒など一部で作られる極めて高価で希少なものだったはずだ。しかも腐敗しやすく、遠方への輸送は困難を極めただろう。
そこで俺は前世の知識を総動員し、二つの技術を杜氏に伝えた。
一つは、木灰を使って酒を分離させる清澄化。
そしてもう一つは――「火入れ」である。
六〇度程度の湯で酒を温め、殺菌することで保存期間を飛躍的に伸ばす技術だ。
パスツールが発見する数百年も前のこの技術こそが、下総の酒を「輸出産品」へと変える鍵だった。
「さけはみずよりおもいが、そのかちはこめのじゅうばい、にじゅうばいにもなる。そしてほししいたけはかるく、ほぞんがきき、なによりうまい。これを『しもうさとくさんひん』としてうりだす」
「し、下総特産品……でございますか」 胤貞は、俺の目を見て納得したようだった。
領内の蔵元、商家に声をかけて場を整えていく。そして試行錯誤ののちに成果が形となって来る。
もう一つは、やはり余剰米を値段が高い時期に販売し、安い時期には買い増すこと。
また、米が余っているこの時期に他国の安い米をも買い漁り、余剰米をどんどん清酒製造に回す。
また、この時期、信濃では村上家と武田家の戦が激化していたので、千葉家配下の米本城主(現代の八千代市米本)、村上民部大輔国綱に同族である信濃村上氏と渡りをつけてもらい、こちらの仕入れ値よりも高く、かつ現地の商人から仕入れる値段よりは若干低く米を売って儲けを出していた。
国綱は同族に対し良い顔をする事が出来たと喜んでおり、何かあれば必ず俺の手助けをすると約束をしてくれた。
また味方が増えて良かった。そんなこんなで蔵には銭がたんまりと蓄えられてきた。
そして最後は雑木林の木々を使った「椎茸」の量産である。
元いた時代の佐倉ではシイタケ栽培はさかんに行われていたから、気候的にも場所的にも絶対にいけるはずと見込んだ。
菌床栽培と原木栽培の両方を試すべきかな。
菌床栽培はやや風味や味が落ちると言われていたから、原木の方が良いかもしれないが、短いサイクルで収穫できるはずだから、原木とは等級を分けて値段をつけるか。よし、それでいこう。
だが、このうごきを快く思わない者たちがいた。
家中を支える古参の重臣たち、その筆頭こそが、胤貞の父であり、千葉家筆頭家老・原胤清であった。
実はこの下総の原氏と甲斐の原美濃守虎胤(鬼美濃)は元々親族関係にあった為、俺が信濃村上氏に兵糧を融通したのも気に入らなかったのかも知れない。
「胤貞は何をしておるのだ! 嫡男ともあろう者が、五歳の幼児の遊びに付き合い、泥まみれになり、今度は酒造りだと?」 自身の屋敷で、胤清は苦り切った顔で吐き捨てた。
前出の理由もあったが、彼にとって、武門の家柄である原家の人間が、商人のような真似事に奔走するのも我慢ならなかったのだ。
胤清は怒りに任せて本佐倉城へ赴き、利胤との面会を求めた。
ほどなくして本殿へ通された胤清は挨拶もそこそこに利胤に訴え出るのだった。
「殿、民部丸様はいささか……奔放に過ぎまする。胤貞も胤貞よ。たぶらかされおって」
上座に座る当主・千葉利胤は、痩せた頬を少し緩め、静かに答えた。
「胤清よ。そう目くじらを立てるな。民部丸のやることで、民は潤っておる」 「しかし! 武の本分を忘れられては困ります。他国に見下されますぞ」 利胤は口元を布で覆い、小さく咳き込んだ。
自身の体調が日に日に悪化していることを、彼は悟っていた。労咳(結核)の影が忍び寄っていたのだ。
『私が死ねば、幼い民部丸が立つことになる。その時、原一族が敵に回れば・・・千葉家は終わる』
利胤は鋭い眼光を胤清に向けた。
「ならば、次の評定で民部丸に申し開きをさせよう。そこで胤清、そなた自身が見極めよ。我が子がただの童か、それとも……跡を継ぐにふさわしい者か」
「・・・・殿がそこまで仰せなら、そうさせて頂きましょう。だがもし、童の遊びの如くであれば即刻に胤貞のお役目を解いて頂き、民部丸様にもお控えを頂けるようお願いいたしまする」
そして数日後冬の評定。 広間には重苦しい空気が漂っていた。原胤清をはじめとする重臣たちが、上座にちょこんと座る俺を品定めするように見つめている。 俺は胤貞に目配せをした。 そして運ばれてきたのは、盆に乗せられた酒器と、炙った椎茸の皿だ。 「これは……?」 怪訝な顔をする胤清。
「たねきよ、まずはのんでみてほしい。これが、われらがちばのあたらしい『かねづる』じゃ」
胤清は不承不承、盃を手に取る。
「金蔓とはいかに。はて、これは水のようですが、某に水盃を賜るなどお戯れが過ぎましょうぞ?」
「・・・・たねきよ、それはさけじゃ。」
「んむ?」胤清がそっと盃の液体を嗅ぐと確かに酒の匂いだった。
そして驚いたことに、その酒は当時の主流であった泥のような白濁した濁り酒ではなく、朝陽を浴びた湧き水のように透き通り、淡い黄金色を帯びていた。
口に含む――雑味がない。
喉を滑り落ちるような切れ味と、その後に広がる芳醇な米の香り。
「……なんと」 思わず声が漏れた。今までの酒とは次元が違うと思ったのだ。
続けて、炙った椎茸を口にする。凝縮された森の旨味が口いっぱいに広がり、酒の味をさらに引き立てた。 俺はそこで立ち上がった。「うまいであろう? それはただのさけではない。きょうやさかいのしょうにんが、いくらだしてでもほしがるすみざけじゃ」
「そしてそのしいたけ。それはひそかにつちかっておったものじゃ」
「ま、まさか?!椎茸など培う事が出来るのか??」
「できる。みん(明)のくにでは、しいたけは、つちかっておるそうじゃ。のうしょにもそのようにしるされておった」
(嘘は言っていない。ただそんな農書の写本は高額だし、まだ日本には入って来ていないけど・・・)
そう言って俺は重臣たちを見渡す。 「よいか。たたかいはやりや、かたなだけでやるものではない。まずは、このすみざけとしいたけで、われらはとみをつくる。そのとみで、へいをやとい、たねがしまをかい、しろをつくる。そしてでんはたをきりひらく。それが、ふこくきょうへい。くにをとませ、つよいへいをととのえ、このらんせをいきぬく、われらちばのいくさじゃ!」
胤清は驚愕した。この幼さですでに領国の統治を理解し、最近やっと情報が入ってきたばかりの南蛮渡りの新兵器の事を口にし、軍備を整える術まで語ってみせたのだ。『目の前にいるのはただの幼児ではない・・・・・遥か先を見据える目を持つ稀有なる指導者の器かもしれぬ。賦役の教えを受け、元服して間もない者でもこのような考えを持つものなどほとんど皆無であろう。されば胤貞はこの聡明さをを認めて仕えておるのだ・・・・・』 しばし塾考してから胤清は盃を置き、あらためて俺に平伏した。 「……恐れ入りましてございます。この老骨の浅知恵、恥ずべき限り。この『黄金の酒』をはじめ、民部丸様のお知恵あらば、千葉家は富み、軍備整えばその武威は天下に響き渡りましょう」 その言葉を合図に、他の重臣たちも一斉に頭を下げた。
「改めまして我らの忠義を捧げまするゆえ、お仕えする事を願いたく。何卒」
反対勢力が、強力な支持基盤へと変わった瞬間だった。
よし、うまくいったな!
「あたまをあげよ。このようなせいかは、わたしひとりではなしえないことだ。これもすべてたねさだをはじめとするみなのごうりきあってのこと。みなのもの、これからはこのちばけをもりたてるためにちからをかしてほしいとおもうておる。このとおり、たのむ」
「ははー!元よりそのつもりでございまする!」
一同は再度、親胤に対し深々と頭を下げた。
これを見た利胤はホッと胸を撫でおろした。
『これで親胤、そして千葉家の行く末は明るくなった・・・・思い残すことは無い』
こうして量産された酒や椎茸は、登戸浦(現在の千葉市中央区登戸あたり)から船で西へ運ばれたり、利根川の水運を使って関宿、そしてその先の商人たちへも運ばれ、千葉家に莫大な富をもたらし始めた。
稼いだ銭は新たな開墾や作業場の建築、道路の拡張整備などに使われ、どんどん発展し産業基盤も整っていく。
全てが順調に進むかに思えた。
だが、運命は無情だった。
お読み下さり有難うございます。
初投稿の素人ですので、稚拙な個所や至らぬ点が多々あるかと思います。
生暖かい目で見てくださると幸いでございます。




