神童?! 民部丸
亀更新と明記しながら連夜の更新、申し訳ありません。
天文十一年(1543年)二歳
やっとこの時代に慣れて来た。
このところ思う事だが、生まれたばかりでまともに話すことも出来ない乳幼児では、この時代の事、風習などを聞いて周囲の状況を確認するくらいしか出来ないんだ。
最初は乳母のおまつや乳母夫の新右衛門から言葉を覚えるふりをしたり、話をねだるふりをして家中のことや今の周辺の情勢を探り、まずは1年以上かけて周辺の情報収集を行った。
この二人、俺がにこにこしながらたどたどしい言葉で話しかけると本当によく可愛がってくれるんだ。頻繁に話しかけてくれるし、俺にはまだ理解出来ないだろうと思って二人で話している世情の事なんかは聞き耳を立てて聴いている。
それらの情報は俺の歴史知識と照らし合わせると、少しズレはあるものの、おおよそは正史と変わらない動きのようだった。
少しのズレは、後世では記録に従って推測するしかない為、記録が曖昧だった場合や適当だった場合のズレではないかとも思われる。
何せ正確なカレンダーなど存在しない時代の出来事だから、後に思い出しながら書き記すのであれば、少しの記憶違いくらいは生ずるだろうと思われるほど、正確な日時というものはあまり意識されてもいない時代なのかも知れない。
そういえば通史では民部丸の母親、つまり利胤の妻が誰であるか記録がなく不明だったが、それが何故かわかった。
正妻は家宰の原胤清の娘だったが、子を成す事無く早世してしまったらしい。
その後に利胤が城の奥女中にお手付きをして生まれたのが俺、民部丸だった。
城主の側近として働く上級身分の女性は領内の有力国人の娘なども多く「側女」などと呼ばれ、民部丸の母親もそうした女性の一人であった。
母親の実家は東葛地方を支配下に置く高城氏の娘であったが、民部丸を産むと同時に亡くなってしまったので民部丸には実母がおらず、そのためか正史では利胤の息子か弟か不明という見解もあった。
この俺、民部丸には高城氏の血が入っている。
正妻ではなく側室から生まれたので、原氏からはあまり良い感情を持たれていなかったうえに、親胤が自我に目覚めてさしたる策も無く、彼らの傀儡から外れようとしたから躊躇なく暗殺されたのではないかと思う。
不明とされていた歴史の謎が次々と明らかになる喜びを感じたが、自らの命がかかっている為に心から楽しむことができないのがちょっと悔しいな。
時間がない俺にとってはあまり悠長にはしておられず、三歳になってからは新右衛門を通じて父の許可を得て屋敷にある書物庫に出入りできるようになった。
そこでいろいろな巻物や書物を読み漁るようになっていた。
なぜ俺が書物を納めてある部屋に入りたがるかは皆、とくに気にしてないだろうし、子供が単に屋内探索したいだけだろうとしか思っていないと思う。無邪気な子ども万歳だ。
傍からは字も読めない幼児が何もわからずにただ書物を眺めて喜んでいるだけに見えていただろうな。
それにしても屋敷の書物庫には結構な数の書物が収蔵されていた。
その中には孫子や六韜三略などの武経七書も全部そろっていて、前世では出世のために学んだランチェスター理論やクラウゼビッツ戦争論との比較や類似点の確認などをしていると、とても面白くて時間を忘れて読み耽っていた。
いつの間にか寝てしまい、新右衛門に抱えられて寝床へ運ばれることもしばしば。
前世では中々持てなかった時間で、とても幸せな気分であった。
・・・・だがこの時の俺は知らなかった。俺が文字を理解して書物を読んでいるのを、おまつや新右衛門がわかっており、それを他の同僚たちに伝えて今や民部丸は神童と呼ばれていることを・・・・。
天文十三年(1545年)三月(三歳)
ある日父・利胤に呼び出された。
「民部丸。そなた近頃、新右衛門らに不思議なことを申しておるようだな。米の選別に塩水を使うなど、誰に教わった?」
日頃、周囲の者に米の選別や正条植えの事を少しぼかしながら話しているのが伝わったみたいだ。
だが正直に本当の事を話そうものなら良くて狂人扱い、最悪は狐憑き扱いされて幽閉されるか殺される。実は今回の事は狙った事で、あらかじめ答えを考えていた。
「荘子」の中に「胡蝶の夢」という一節があって、夢と現実のあいまいな状態を指しているような話がある。
その話に合わせて夢の中でいろいろなことを仏様に教えてもらった事にすれば、この時代の人にも怪しまれずに納得されるのではないだろうか?と考えた。
「ちちうえ、それがしは、こちょうのゆめをみもうした。ゆめのなかで、てんよりみほとけさまのこえがもうしておりました。えんすいにたねもみをいれれば、きっとよきたねがえらべると」
利胤は目を細め、しばし黙考した後、ふっと笑った。
「胡蝶の夢、か。ふふふふ……妙なことを申すな。さればそなたはその夢の御仏様の言葉を信じておるのか?」
「はい、ちちうえ。みほとけさまは、かならずおこなえば、ほうさくまちがいなし、ともうされておりました」
「ふむ・・・・怪異な事ではあるが、まぁそなたの言葉じゃ、信じてみよう」
その言葉に、俺は少しほっとした。
なんか、すんなり認めてくれた? でも、これで一歩進むことができた。
「だが、急に領内すべてで行う訳にはいかぬ。家中への示しもある。そこでまずはこの本佐倉城のふもとの一帯を貸し与えるゆえ、そこで成果を出して見せよ」
「はい、ちちうえ」
「あと、領民とはいえ、まともにそなたの話を請け負う者はそうおらぬだろうから、そなたには守役をつける事にする。その者を通して進めてみよ」
「はい、ちちうえ」
利胤は腕組をして、俯き、しばし考えるそぶりを見せた後、おもむろに顔を上げて「誰かある。胤貞をこれへ!」
たねさだ?・・・・・あ!原胤貞か・・・・。
よりによって俺を暗殺する犯人の一人、原胤貞を守役につけられるとは、歴史の因果か、いたずらと思ってしまう。
だが、俺が生き残るためには乗り越えなくちゃならないハードルだな。むしろここで胤貞、そして原氏を何とかしてしまえばこの先の暗殺イベントがなくなる可能性がある。
ならば6歳までのあと3年が肝だから気を抜かずにいかないと・・・・。
あ、そうか。父の死を遅くすれば余裕が生まれるか?
よし、これは優先事項として考えておこう。
早めに衛生事情を向上させよう。
そんな事を考えているうちに、やがて外から張りのある野太い声が聞こえてきた。
「原胤貞、殿のお召しにより参上仕りました。」
「うむ、入るがよい」
胤貞は部屋に入り利胤に向かって頭を下げる。
頭を下げるときに、ちらっとこちらを見て少し嫌そうな顔をした気がした。
気のせいではないな。
「胤貞、これなるはわが嫡男民部丸である」
「は、お噂はかねがね・・・・」
「ほう、その方、民部丸の何を聞いたと申すか?」
「は、されば、齢三つの童が書庫に出入りをして読み書きも習わぬうちに日がな書物を眺めておると。神童とも呼ばれているようですが・・・」
「ふふ、そうか。実はな胤貞、聞いて驚くな。民部丸は胡蝶の夢を見、神仏に教えを受けており、米を豊作にする術を知っておる」
「まさか。耳学問にて諳んじているのでは?」
「例えそうであっても、この歳でその才覚、見事と申して良いとは思わぬか?」
「はぁ・・・・・・確かに仰せの通りにござりますな」
「うむ、されば改めて申すが、胤貞よ。民部丸の守役を頼む。また民部丸の言うことをよく聞き、事業を進めよ。これは我が命である」
「・・・・守役と仰せでしょうか?」
「うむ、そう申したが何か異存があるのか?」
「・・・いえ、けしてそのような」
胤貞の奴、俺の事がよっぽど嫌いに見えるけど、ここはやはり正史通りの展開なのか。
「・・・されば、某に務まるかはわかりませぬが、謹んでお引き受けいたしまする」
「うむ、頼むぞ」
ん?引き受けてくれるのか?よし、こき使ってやるから覚悟しろよ!
「たねさだ、よろしくたのむ」
『ふん、三歳の童が言うことを真に受けるのも笑止な話じゃが、原家嫡男の俺に高城氏に連なる者の世話をせよとは業腹よな。しかし本家の殿の命であるし表向きには従順に、だが適当にお勤めを果たすしかないのう。そのうち何か非をみつけて辞退を申し出よう』
どうやら胤貞は不満に思いつつも今のところは黙って従う事にしたようだ。
胤貞・・・・お前の気持ち、思いきり顔に出ているけどな。
そうして早速翌日に胤貞を伴い(俺が連れられているみたいにしか見えないが)千葉本家直轄地の集落に向かい、そこを耕作している小作人の長である名主に、これから進めていきたい方策を伝えに来たのだ。
領主の命令ではあるが最初は聞いたこともない塩水選や正条植えなど怪しすぎてやりたくなさそうだったが、今年の年貢を免除するのと、万が一不作であったなら千葉家より所定量の米が支給されることを伝えたらやる気が生まれたようで、快く引き受けてくれる事になった。
何より皆、生活がかかっているので、当然のことだ。
そして胤貞は疑っていた。「ところで民部丸様。野良仕事も知らぬはずのあなた様が、かようなやり方で収穫が増やす事が出来るなどと、まことにお考えなので?誰か大人に教えられた術を行うように言われたのでは?」
こいつ、疑っているな。まぁ普通ならそう思うのは無理もないか。三歳の子どもが思いつくような事じゃないからな。
「たねさだが、そうもうすのもむりからぬことじゃ。だがいまはちちうえのおことばにしたがってはたらくものと、こころえてもらえまいか?」
「・・・まぁ、殿がそう仰せであれば是非もありませぬ・・・・」
どうやら胤貞は利胤が思いついたことを民部丸にやらせているのではないかと推察しているようだったが、俺にとっては胤貞が俺の言うことに従って動いてくれればどうでもよかったのでそのままにした。
まず、俺が手を付けたのは塩水選による種もみの選別からだ。
これは塩水に種もみを浮かせて沈んだ種もみは中身がつまっていてよく実をつける種ということだ。
最初は真水でもっとも軽いものを除けてから行うのだ。
塩は戦略物資として貴重な物資の一つではあったが千葉領内には海岸があり自給可能なため比較的安価に入手できるのもよかった。
並行して農具の開発も行い、最初に備中鍬を作った。
これにより今までよりも格段に楽に田を耕すことができるようになったと皆喜んでいる。
そして唐箕や千歯こきも開発。
唐箕は最初うまくいかず、改良に改良を重ねてやっとうまくできた。
ただ、これらは小作農にとって高価であり、村で金を集めてもなかなか手が出ないところが多かったので、父と相談し最初は千葉家が村に貸与することで普及を図ることにする。
民部丸がそれらの案を次々に出しては胤貞に指示を与え、胤貞が名主や小作人に伝えて実行に移すというルーチンが出来た。
そして塩水選に続き、正条植え、農具の改良など、未来の知識を少しずつ形にしていった。
胤貞は最初こそ疑い、面倒そうな態度をあまり隠さず、村と城を行き来していたが、どうやら俺自身が発案したとしか思えない様々な新型農具の開発指示、問題点があればその場に応じて改善策を指示し、どんどん上がる作業効率に驚き、指導する様子などそれらの成果を認めて、自然と俺の言う事に反論せず素直に従うようになっていた。
お読み下さり有難うございます。
初投稿の素人ですので、稚拙な個所や至らぬ点が多々あるかと思います。
生暖かい目で見てくださると幸いでございます。




