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南常陸の戦い 前編

天文二十二年(1553年)、九月(十一歳)。


 本佐倉城の中庭に面した居間にて胤貞、胤清親子と浄三の四人で利根川と江戸川をつなぐ運河の計画を話し合っていると、廊下に控えている小姓から声を掛けられた。

「殿、湯浅殿から使いの者が参っております」

何か動きがあったかな?「すぐ中庭に通せ」


 数分して葉隠衆の者が庭先に現れる。

「もそっと近こう寄れ。そこからでは声が聞きづらいではないか」

俺がそういうと胤清が諫めて来る。

「殿、めったな者を近づけるのは」

「胤清、大事ない、良いと言うておる。遠慮するな、近う寄れ!」

使いの者が頭を下げながら脇差を右わきに置き、襲う意思の無いことを示して近寄って来たので、頭を上げるように言った。


 ん?似ている?「その方、作左衛門の縁者かな?」

「はっ!初めて御意を得まする。某は湯浅作左衛門が長子、次郎兵衛と申しまする」

「やはりな。動作もそうだが雰囲気が作左衛門によう似ておる。それで、使いだったな」

「はっ!古河公方様より北常陸の佐竹領方面へ書状を携えた使者が向かったと古河に潜ませた我ら配下の者から報せがあり申した」

「ほう、包囲網でも画策するつもりかな・・・相分かった!次郎兵衛、よく知らせてくれた。褒美を取らすゆえ、まずは報せて来た者に何か旨いものでも振舞ってやってくれ」

「はは!有難き幸せ」

「うむ、これからも頼むぞ!」

「では、これにて」

次郎兵衛は音をさえずに去っていった・・・さすが忍びらしいな。


「胤貞、胤清、浄三。北から冷たい風が吹き始めたな。……どうやら、ただの強風だけでは済まぬようだ」

本佐倉城の天守から、俺は北の空――佐竹の領国を見据えた。

坂東を揺るがす大戦、「常陸動乱」の幕が、今静かに上がろうとしていた。


 秋の風が筑波山を吹き抜ける頃、常陸の静寂は突如として破られた。


 古河公方・足利義氏の放った御内書を大義名分とし、「常陸の雄」佐竹義昭がついに動いたのである。佐竹軍の狙いは、千葉家と急速に誼を通じ始めた小田領の切り崩し、そして「新参者」千葉親胤への武威の誇示であった。


 佐竹軍の先鋒を務めるのは、結城家が千葉に降った際、いち早く佐竹へと鞍替えした剛将・真壁久幹(まかべ ひさもと)。その武勇から「鬼真壁」と恐れられる彼は、三千の精鋭を引き連れ、小田領の北の守り・海老ヶ島城へと殺到した。


「千葉の小童に絆された小田など、常陸の名門にあらず! 蹴散らしてくれるわ!」

鬼真壁の怒号とともに、海老ヶ島の平原に土煙が舞い上がった。


 同時期、和田昭為率いる佐竹軍別動隊六千が石岡方面から南下進攻して来た。

これを迎え撃つ形で藤沢城より菅谷勝貞・正貞親子が四千の兵を率いて出陣し、恋瀬川を挟んで対峙する。


 その頃、小田城内は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

「佐竹が!動いたというのか! しかも海老ケ島の先鋒は鬼真壁か!」


 当主・小田氏治は、畳の上を右往左往しながら叫んでいた。そのあまりの慌てぶりに、脇で寝ていた愛猫・千代丸が不機嫌そうに薄目を開け、ふぁぁと大きなあくびをして再び丸くなった。

「殿、落ち着きなされませ! すでに千葉軍の援軍は海老ケ島方面へ向かっているという報告を受けておりまする!」 宿老の手塚石見守が、氏治の袖を掴んで制する。

「これが落ち着いていられるか!その千葉軍は進軍が遅れていると聞くではないか! このままでは海老ヶ島が、いや、この小田城までが……!」


その傍らで、軍師の天羽源鉄と、小田家の重臣である赤松凝淵斉が地図を囲んでいた。

「……天羽殿。千葉の救援を待つだけでは足りませぬ。府中方面は菅谷殿が守っているので、持ち堪えましょうが、海老ヶ島へは早急に増援を送らねば、城が持ちませぬぞ」 赤松の言葉に、天羽が深く頷く。

「左様。だが幸い、海老ケ島には菅谷殿が配備された『種子島』がございます。自省殿ならばこれを活用して後詰が到着するまでは何とか持ち堪えるのではないでしょうか」

小田家の将たちは狼狽する氏治を余所に、後詰を組織し始めた。


 そのころ海老ヶ島城では。

小規模ながらも堀に守られたこの城の守将・平塚自省は、城壁の上で数珠を繰りながら、迫り来る真壁軍を静かに見下ろしていた。


「自省様! 逆茂木が除けられ外堀に敵が取りつき始めました!」 一兵卒が息を切らして駆け込んでくる。その顔には、名高い「鬼真壁」の武勇に対する隠しようのない恐怖が張り付いていた。


「……案ずるな。今少し耐えれば後詰が来る」 自省は淡々と答え、一喝した。

「敵は三千、こちらは五百。だが、我らには殿より預かった種子島がある。真壁の『古き戦』がどこまで通じるか、見てやろうではないか」


 城門の前では、真壁軍の兵士たちが気勢を上げていた。

「見ろ! あの程度の堀、一息で越えられるぞ!」

「小田の連中など、槍の穂先を見ただけで逃げ出すわ!」


 真壁久幹は、愛用の名刀「木賊(とくさ)」を抜き放ち、馬上で吠えた。

「平塚自省殿! 貴公ほどの男が、猫領主の走狗となって果てるは不憫なり! 今すぐ開城せよ、さすれば命だけは助けてやるぞ!」


 それに対し、城壁から自省が声を返す。 「左衛門督(真壁)殿、その言葉そっくりお返ししますぞ。古河の公方様、佐竹殿の時代は、もう、沈みゆく夕日に過ぎませぬ。我らに降るならば口添えいたしますぞ!」


「……減らず口を! 全軍、突撃ィ!」


 鬼真壁の合図とともに、三千の兵が城壁に殺到した。 だが、その瞬間。城壁の狭間(さま)から一斉に火を噴いたのは、千葉家から小田家に供与され、城に配備されていた火縄銃であった。

最近、千葉軍においては射程が伸び、雨天でも撃てる改良がなされた新型の火縄銃への更新が行われはじめて、千葉家においてやや旧式となった在庫の火縄銃を供与されたのだが、それでも当時の他国で使われている最新と言われる火縄銃と同じスペックである。

五十丁とは言え、所見の敵に対して度肝を抜くには十分であった。

――ドォォン! ドドォォン!


 轟音とともに、先頭を走っていた真壁の兵たちが、見えない衝撃に弾き飛ばされるように倒れ伏した。

「な、なんだ!? 矢ではないのか!? これは種子島か!?」 一兵卒が叫ぶ暇もなく、第二波の弾丸が鎧を食い破る。 これまで「矢を掻い潜って突撃する」のが定まった戦術であった戦国の武士・兵たちにとって、一度に多くの鉛の弾丸が飛来してくる火縄銃の斉射は、理解不能な恐怖であった。

それでも真壁軍は恐怖をねじ伏せ、数に任せて遮二無二吶喊を繰り返していた。


 そして攻防が数刻におよび、かなりの騎馬が脱落しているが、数の多い足軽が押し寄せ続けて、海老ヶ島城の門が突破されようとしたまさにその時であった・・・・南の地平線から、一糸乱れぬ隊列で進軍してくる漆黒の軍勢が現れた。


 千葉家重臣・円城寺虎常率いる、鉄砲隊三千を含む千葉軍一万である。

「……間に合ったか。公方の小賢しい妨害など、我が軍の前には無力よ!」

「よもや関所を破壊して進軍するとは・・・円城寺殿は中々に剛毅じゃのう」副官の安蒜淨意(あんびるじょうい)は、強行軍の為に無茶苦茶をやらかした虎常に感心してよいやら呆れるやら複雑な思いであった。


 進軍が阻まれたのは、途中の関所が閉門していてなんびとたりとも通さない勢いだったせいであった。

それは氏治を騙った偽書により、いくつかの関所を持っている国人に命じて、通過禁止を命じたからである。

国人としては、状況が一刻を争う事態なのはわかっていたが、小田氏治からの命に逆らう訳にはいかず、門を閉じていたのであった。


「鉄砲隊、前へ! 三段構えにて、真壁軍の横腹を撃ち抜け!」

千葉軍の動きは、真壁の反応よりも早かった。 通常の軍勢なら、陣形を整えるのにいくらかの時間がかかる。だが、千葉軍はあらかじめ陣形が決められているため、歩きながら陣形を整え、そのまま射撃体勢に入ったのである。

18世紀以降のヨーロッパ諸国軍の戦列歩兵の動きだ。

「放てっ!」


 千挺の鉄砲が、一度に火を噴いた。 平原を包む白煙の中、真壁軍の三千は、まるで鎌で刈られる稲穂のように崩れ落ちていった。

「怯むな! 槍を合わせよ! 敵は所詮、下総の田舎侍よ!」 真壁久幹は、必死に軍を立て直そうと最前線へ馬を走らせた。その姿は、まさしく鬼神の如き威圧感を放っていた。

だが、千葉軍の「狙撃兵」たちは、その華美な兜を見逃さなかった。

「あの大将首を狙え。……今だ!」


――パパパァーーーン!


 一筋の乾いた音が響く。 真壁久幹の額を、鉛の弾丸が正確に貫いた。 「……馬鹿な。武士の・・・誉は……いずこに……」 鬼真壁と呼ばれた名将は、それ以上叫ぶことすら叶わず、泥土の中に崩れ落ちた。


 大将を失った真壁軍は、瞬く間に瓦解した。生き残った約半数の兵たちは、蜘蛛の子を散らすように北へと逃げ延びていった。


 半刻後、海老ヶ島を死守した平塚自省のもとへ円城寺虎常が歩み寄った。

「平塚殿、見事な籠城であった」

「……円城寺殿、援軍感謝いたす。この種子島の音を聞くたび、本当に時代が変わったのだと実感しますな」


 邂逅したのも束の間、二人の顔に安堵の色はなかった。

北からは、敗走する真壁軍千五百を吸収した佐竹義昭自らが率いる一万九千五百の本隊が南下してきていたからだ。


 両軍はしばし桜川を挟んで睨みあった。

佐竹方の将、安藤飛騨守が数度渡河攻撃を試みたが、鉄砲の一斉射でとん挫。

その後は小競り合いに終始していた。

ほどなく夜を迎えたが、両軍特に夜襲を行う事無く、お互いの出方を待つ形となった。


 ・・・だが、ここへきて形勢がかなり変わってくる。

翌早朝、本佐倉からさらなる援軍が到着した。

これを率いたのは、千葉家の軍師・白井浄三。

「殿の命により、兵一万を率いて参上いたしました。これで両軍はほぼ同数ですかな」

「だが、敵の戦意は未だ旺盛。これを砕くのはちと骨が折れますな」

円城寺虎常は慎重な意見を述べた。


「虎常殿。敵が動かねば動きたくなるように、油断を誘うのが良いかも知れませぬ。勝敗は兵法の常。油断したものが負けるのです」

「その通りだ。ではそのように動きますかな」


桜川を挟んで西に二万の千葉軍と、東に一万九千五百の佐竹軍が対峙している。



 俺は、本佐倉城の天守で北の空を見つめていた。

「申し上げます!小田氏治様、本軍を率いて間もなく海老ケ島方面の我が軍と合流します」

戦況は葉隠衆が逐一知らせてくれるのだが、どうも小田の動きが油断しているように思えてならない。

「……浄三ならば遅れをとる事はないだろうが、佐竹義昭という男は、義元や氏康とはまた違う。油断は禁物だと念を押しておけば良かったかな。いや、それこそ釈迦に説法だな」


そして常陸を舞台にした「両雄の激突」は、いま、最終局面へと突き進もうとしていた。


お読み下さり有難うございます。

初投稿の素人ですので、稚拙な個所や至らぬ点が多々あるかと思います。

生暖かい目で見てくださると幸いでございます。

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