小田との同盟
※2026/9/21 親胤の言葉遣いがこれまでと変わってしまっていた箇所があったので、一部修正しました。
お見苦しいところをお見せして申し訳ございませんでした。
天文二十一年(1552年)十月(11歳)。
結城家を傘下に収め、土地だけの石高は九十万石を超える領国を得た。
しばらくは内政に力を注いで経済力の更なる向上を目指したいところだが、今は周辺諸国が常にきな臭さを感じさせる修羅の時代、戦国時代なので牙を研いでおかなくてはならない。
常在戦場、戦国の世の倣いだ。
なんだか営業特化の企業の標語みたいだな。
次なる目標は、北関東、そしてすぐお隣の筑波山の麓に広がる南常陸の地をどうするか。
現在、南常陸を治めるのは広大な所領を持つ名門・小田家。
当主は、後に「戦国最弱」と揶揄されながらも、何度本拠の小田城を奪われても不屈の闘志で奪還し、「不死鳥」の異名をとることになる小田氏治である。
「胤清。小田氏治という男、領民や家臣には異常なほど慕われているという。力で潰すのは容易いが、それでは常陸の民の心は掴めぬだろうな。ならば同盟を結んでいずれは取り込んでいくという方針が良いと考えるが、どうだ?」
俺は本佐倉城の庭で、ポルトガル商人から取り寄せた硝子の器を眺めながら側に侍る胤清にそう尋ねた。
「仰せの通りかと存じまする。小田家は、かの鎌倉の右大将(源頼朝)の直臣、八田知家公を祖にする名門。力尽くで排除などすれば、まず間違いなく常陸の国人衆はもとより民百姓までの反発を招きましょう。しかしながら、小田家と敵対していた結城家を我らは従えました。それゆえ我らに対して隔意は持っていないと存じますが、まずは交易にて好を交わしており、小田の親族でもある牛久城主岡見頼房殿を取り込んではいかがかと」
「岡見頼房か。温厚な御仁で我らにも好意的だと聞いている」
「はい、南常陸の国人衆の中ではいち早く我らと交易を始めました。主である小田讃岐守殿の聴許(口頭での許可)は得ているとの事ですので、交易の礼をするという事で伝えれば、直接にお会いしたとしても、そこまで怪しまれる事はないでしょう」
胤清の提案を受け、俺は直ちに動くことにした。
「湯浅作左衛門をこれへ!」
天文二十一年(1552年)十一月、小田一門である岡見頼房は、個人的な興味もあり、もちろん氏治の許しは得ていて、非公式な使者としての訪問という事になり親胤の招きに応じて密かに本佐倉を訪れた。
千葉の圧倒的な兵站能力を聞き及んではいたが、そこで彼が見たのは、整然と区画された市場、関所のない街道、そして座を通さない「自由な取引」で潤う商人たちの活気であった。
本佐倉城に登城した頼房はすぐに謁見の間に通された。
先触れはしてあったものの、これほど優遇されるとは思わずとても驚いた。
「お初にお目にかかり光栄至極に存じまする。某は常陸の小田讃岐守が家臣、岡見頼房にございまする」頼房は畳に頭を擦り付けんばかりに平伏している。
「岡見殿、よう来てくれた。我が千葉介親胤である」
「はは!お招きにより参上仕りました。これなるはわが主、小田讃岐守より、千葉介様へのご進物にございまする」
頼房が後ろへ合図をすると、あらかじめ検品を終えた反物や陶器などの品々が近習によって次々と運ばれて来て所狭しと並んだ。
「おお、これは忝い。後ほど返礼の品を遣わすので、持ち帰ってくれ」
「はは、有難き幸せ」
「さて、岡見殿。此度其方を招いたのは下総の外において、我らとの交易をいの一番に始めてくれた礼と、もっと小田殿との友好を深めたいと思うての事だ」
という風に外交的な儀礼を済ませてからは、この下総と南常陸の違いなどを話し合った。
そして俺は頼房を取り込むために、恐らくは彼が興味を示しそうな話を振ってみた。
「頼房殿、これからは『富をいかに生み出し国を富ませるか』の時代だ。」
「・・・恐れながら、それは商人のような考えの事でありましょうか?」
「そうだ。我ら国持ち大名や国人衆は皆、領地の政を行っている。だが、政を行うには税が必要である。その税を得るためには領内を富ませて税を納めやすくするのが経営という考え方だ。つまりそれが国を富ます・・・富国である」
頼房は驚愕した。噂には聞いていたが、齢十一歳の童が国政にしっかりとした自分の考え、見識を持っているという事に戦慄した。
噂には尾ひれがつくもので、親胤に関する噂も誇張されていて実際は重臣達が政を動かしていると思っていたのだ。
「そこでだ、南常陸とは隣に接しておる故、もっと交易を拡大し、そしてご当家とも同盟関係になれればお互いに発展するのではないかと思った次第」
「ど、同盟でございますか?」
「うむ。聞けば小田殿は民百姓にも慕われる御仁との事。そんな御仁とは争いたくはないというのが本音だ」
実は俺の狙いはもう一つあり、岡見との関係を少し深いものにしたかったという理由がそこにある。
後に名軍師として頭角を現す栗林義長が輩出する岡見配下の栗林家を、今のうちに「囲い込みたい」と思っていた。
確か俺(この世界の)と同年代のはずなので、もう少し後の事になるだろうが、今のうちに唾をつけておいた方が良いと思ったのだ。
しかし、この世界線が元居た世界と同じとは限らず、果たしてうまく行くかどうかはわからない。
「は!然らば我が主にその旨を伝えて参りましょう」
そうしたやり取りが行われ、その後岡見頼房が本佐倉城を後にし、筑波山の麓、小田城に登城。
親胤から伝えられた同盟の件を報告した。
小田城では、小田氏治が菅谷勝貞・政貞親子らを前に腕を組んで考え込んでいた。
その脇では氏治が可愛がっている、はちわれ猫の千代丸が我関せず伸びをしてから大きなあくびをして、その場にうずくまって寝てしまう。
「岡見には千葉の様子を探ってくるように命じたが、千葉との同盟だと??千葉は何を考えておるのか! うむむ・・・勝貞よ、儂は、小田家はどうすれば良いと思う?」
「殿、まずは落ち着きなされよ。何も千葉はいくさを仕掛けるとは言って来ておりませぬし、その兆候もございませぬ。」
「勝貞はそう申すが、千葉が油断を誘って攻めて来ぬ道理にはならぬだろう?」
「いいえ、先ほど千葉の使者を務めた岡見の家の者から(赤松)凝淵斉殿、飯塚刑部殿が千葉の同盟を求める意図や要望をつぶさに確認しておりましたが、我らとは争う意思なく小田との境を安全にする事で他への進出に力を入れたいようですな。そして要望とは交易を拡大するため一部の関所の免税もしくは千葉の御用商人の減税をと願い出るのみにて相違ございませぬ」
勝貞が安心させるように現状を説いたが、政貞がそれを覆す。
「氏治様、恐ろしいのは兵火ではございませぬ。あちらの領地から一方的に流れてくる『品物』にございます。良き品物を買い求める民が多くなり、領内の銭がどんどん失われてゆくのでございまするぞ」
「うむう・・・困った事じゃが、それを一体どうすれば良いと言うのじゃ?軽々に商いを行わぬように商人を締め付ければよいのか?」
「いえ、そうではございませぬ。そんな事をすれば小田領に商人が来なくなり、すたれ果ててしまいまする。商いには商いをもって対するのが良うございまする。」
「さりとて如何様にすれば良いというのじゃ。儂には商いの事はとんとわからぬ」
「されば、我らも千葉家のように特産の品、この地でなければ出来ないような品を作り、売ればよいのです」
「この地でなければ出来ないような品・・・か。何があったかのう」
「筑波の薬草や薪炭、蓮根、霞ケ浦の魚あたりですかな」
「そうか、それらが売れれば我らが一方的に損をする事はないのじゃな?」
「多少の差異はあるやも知れませぬが、これまでのように銭ばかりが出ていくような事にはなりませぬな」
「ではそのように取り計らうのじゃ」
「はっ!仰せのままに」
「それでは千葉との同盟は結んでも損はないのだな?」
氏治はまだ困惑を払拭しきれていなかったが、勝貞にそう尋ねた。
「は!当家には損はなく、南側の安全が確保される事と相成ります故、心配ご無用かと」
そうして年が明け天文二十二年(1553年)一月、千葉家と小田家は同盟を結んだ。
同盟後、様々な規制が撤廃もしくは減じられた為、取引の為の商人の往来なども以前より倍増し、小田領内でも活発な交易による税収が上がってくるようになった。
本佐倉城 親胤
家臣たちが報告する通り、千葉領から入ってくる安価で質の良い鉄製品、酒、そして何より「銭」による確実な決済が、小田領の経済を根底から揺さぶっていたようだ。 俺は武力による城攻めではなく、小田領を経済的に懐柔し、「千葉との同盟の先、傘下になったほうが豊かになれる」と自発的に思うような状況を作り出すように動けと命じた。
小田家は菅谷親子をはじめとする優秀な家臣が多数おり、的確な献策が行われているようで、内政においてはある程度うまく機能していた為、つけ入る隙が狭いので、うまく交易を通じて懐柔して最初は同盟国として扱う方針を取ったのだ。
そして、千葉家との交流を経て千葉家からは交易などの協力のため、千葉家において内政を専門に行う家臣を招聘し小田領の強靭化を推し進め、対立する常陸北部の佐竹への備えを整えるのだった。
古河御所 足利義氏
だが、この事態を苦々しく見つめている者がいた。 古河公方・足利義氏である。
父・晴氏の代から千葉家や北条家には煮え湯を飲まされ続け、頼みの綱であった家宰の梁田家(関宿)は追いやられ、そして有力な支持者であった結城家も、今や千葉親胤の軍門に降った。
数年前に北条・今川の争いの際に突出した千葉家を妨害しようと和睦を画策し成功はしたが、まだまだ足りない。
「……千葉介め、小童が。許しがたい。梁田や結城を攻めるなど名門足利の権威を何と心得るか」
「全く持って傲岸不遜の極みにございますな。我が領地関宿を奪ったばかりか結城殿まで降すとは・・・公方様、ここは各地の大名に命じて千葉家を包囲、攻め滅ぼすように動かしては如何でしょうか」かつての関宿城主、梁田晴助が憎々しげな表情を浮かべて義氏に訴え出た。
「まったくもって、其の方の申す通りじゃ。よし、こうしてくれるわ」
古河公方・義氏は、秘密裏に一通の書状をしたためた。
「このところ千葉は驕り高ぶり、関東公方を蔑ろにし候。関東公方の名において命ず。千葉家と親交のある小田を討ち、千葉家包囲網を敷く由申し付け候」
送り先は、常陸北部に強大な勢力を持ち、小田とにらみ合いを続けており千葉の台頭を最も警戒している「北常陸の雄」――佐竹。
常陸南西を領し鹿島など南方三十三館に影響力のある大掾。
栃木南部を領している那須、小山、益子などの国人衆。
闇夜に紛れ、公方の使者が北へ東へと走る。
その中でも最も領地が広く野心も高い佐竹義昭は、届いた書状を読み、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「面白い。公方様の後押しがあるならば勝ち目もあろう。ここはひとつ勝負といくかのう。誰かある!急ぎ真壁と大掾へ書状を届けよ」
密かに暗雲の兆しが訪れる
お読み下さり有難うございます。
初投稿の素人ですので、稚拙な個所や至らぬ点が多々あるかと思います。
生暖かい目で見てくださると幸いでございます。




