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南蛮交易

天文十八年(1549年)九月(7歳)。


 下総国の最東端、利根川が太平洋へと注ぎ込む銚子の岬には、かつての寂れた漁村の面影は微塵もなかった。  

巨額の資金と数千の人足を投じて進めていた「銚子湊大拡張」が、ついに仮開港の日を迎えたのである。


 打ち寄せる荒波を鎮めるための巨大な石組みの防波堤、大型船が数艘同時に接岸できる深さを確保した岸壁。そして、整然と立ち並ぶ巨大な土蔵群。それは、中世日本の港湾の常識を遥かに超越した、後世の「貿易港」そのものの姿であった。


 俺は高台(後世の銚子岬と思われる)に立って、潮風に吹かれながらその光景を見下ろしていた。

 さきほど、この場所に灯台を作るように命じた。

(……ようやく、第一段階が完了した。小弓の戦いで里見を圧迫し、上総の物流を掌握した。だが、内国交易だけでは限界がある。真の『富国強兵』を実現するには貿易拡大と、先進国たる欧州の軍事技術への直接アクセスが不可欠だ)  

そしていずれ里見を降した後は江戸湾に面した行徳、船橋、馬加(幕張)湊も大きく再開発を行い、開港する。


 俺は、青い海の向こう側――マカオ、ゴア、そして遥かリスボンを想像してワクワクしていた。

前世ではマカオもリスボンも出張で訪れたことがある。

今世では自らが赴くことは叶わないだろうが、交易の幅が広がるのは達成感がある。


「殿、木内兵衛尉胤倫、ただいま堺より戻りました!」  背後から響いたのは、千葉家の「商務大臣」ともいうべき木内胤倫の声であった。

 彼には密命を与え、数ヶ月にわたり畿内の堺に滞在させていた。目的はただ一つ。西国や堺に留まっているポルトガル商人を、この未開の地と思われている関東の東端、銚子へと誘い出すことである。


「胤倫か。大儀であった。……して、彼らの反応は?」

「はっ。当初は『関東などという僻地に何の用がある』と鼻で笑われましたが、殿から預かった『干し椎茸』と『澄み酒』、そして何より我が千葉領で銅より灰吹き法で抽出した銀を見せましたところ、奴らの目の色が変わりました」 「欲に忠実な連中だ。それで?」 「堺の豪商たちとつながりのある葡萄牙(ポルトガル)商人、ろどーりげす(ロドリゲス)、なる南蛮人が当家の提示した『関税減免』と『荷揚げの優先権』に食いつきました。


 来年春には、彼のからっく船(キャラック)が、この銚子を目指して黒潮を北上して来る手はずです」

 16世紀、大航海時代の商人にとって、利潤こそが唯一の原動力である。

九州や堺での競合に疲れた商人たちにとって、手付かずの巨大市場である関東、しかも整備されたばかりの最新鋭の港は、この上ない魅力に映るはずだった。


 天文十九年(1550年)四月(8歳)。  

銚子の水平線に、それまで誰も見たことのない異様な影が現れた。  三本の帆柱に巨大な帆を張り、漆黒の船体に多数の大きな鉄筒を覗かせる巨大な木造船。ポルトガルのキャラック船である。  

湊を埋め尽くした領民たちが、驚愕と恐怖の混じった声を上げる中、その「黒船」は親胤が用意した最新の岸壁へと滑らかに接岸した。


 船から降り立ったのは、金糸の刺繍を施した服を纏った南蛮の商人たち、そしてその中に一人の男がいた。  

使い古された黒い修道服を纏い、穏やかだがすべてを見透かすような瞳を持つ僧侶、フランシスコ・ザビエルである。


 本佐倉城から銚子へ出張っていた俺は、湊に設けられた臨時の謁見所で彼らを出迎えた。  

ポルトガル商人のロドリゲスは、どう見ても子供にしか見えない当主の俺を見るなり驚きを露わにしたが、俺が通詞を介さず、前世の記憶を頼りに片言のポルトガル語とラテン語を交えて挨拶すると、さらに驚いた。

「Seja muito bem-vindo!padre.(神父、遠路はるばるようこそ!ポルトガル語)」「Quid tibi videtur de adventu in Iaponiam?(日ノ本は如何かな?ラテン語)」


「コレハ驚キマシタ!! 日出ズル国ノ東ノ果テニ、コレホド聡明ナ、プリンスガオラレルトハ。デウスノオ導キカ」 ザビエルが静かに十字を切った。

(ちょっとやり過ぎたかな?だが、お前たちの言葉を理解しているぞ、と見せた方が下手な事はして来ないだろうから、これは必要な事だ。前世での知識万歳だな)


「パードレ・ザビエル殿、ロドリゲス殿。挨拶はこれくらいにしよう。我の希望を率直にそなたらに伝えよう……我が領地では特産品として酒、乾燥シイタケ、絹織物、塩などがある。それらを交易品として提供したいのだが、そなたたちからは種子島、そして『艦砲』を売ってもらいたい」親胤は単刀直入に切り出したがその目的はただの交易だけではなく、最終的には強力な「武器」の購入であった。


 ロドリゲスは商売人の顔になり、首を横に振った。 「プリンス。Espingarda(エスピンガルダ=初期の火縄銃)ナラ望ミノママニ売リマショウ。シカシ、カルバリン砲ト、カノン砲ハ別デース。コレハ我ラニトッテモ敵ト戦ウタメノ強力ナ武器デス、トテモ高価。日ノ本ノ大名ニ売ッタコトナイ」


この頃、鉄砲(エスピンガルダ=種子島)は少しづつ広まっていたが、城壁や艦船を一撃で粉砕するような大口径の大筒は、高価な事やポルトガル側も自分たちに向けられる事を危惧してか積極的に売る事はしていなかったので、日本人にはあまり知られておらず、前例がなかった。


 商談は難航した。ロドリゲスは銀や金塊を積まれても、首を縦に振らない・・・・その時、それまで沈黙を守っていたザビエルが口を開いた。

「チカタネサマ。我ラガ求メテイルノハ黄金ヤ銀ダケデハナイノデス。コノ地ニ、デウスノ愛ヲ広メルタメノ『鍵』ヲ求メテイルノデス」

 やっと本音が出たか。  ザビエルは、領内での自由な布教許可を求めていた。当時の宣教師と接触した大名たちの多くは、布教を許可する代わりに南蛮貿易の利益を得るという「バーター取引」を行っていたが、それは往々にして既存の仏教勢力との血生臭い衝突を招いていた。


(……宗教。近代国家を築く上で、最も扱いにくい劇薬だ。だが、これをコントロール下に置かなければ、大砲は手に入らない)  俺は傍らに控える軍師・白井浄三と、商務の木内胤倫に視線を送り、自らの決断を告げた。

「パードレ・ザビエル殿。布教は許可しよう。ただし、我が領内においては三つの『掟』を守ってもらう」


 指を三本立てる。

「第一。伴天連は一切のまつりごと(政治)に関与してはならない。行政や軍事に口を出すことは、我らへの背信と見なす」 「第二。無理矢理な改宗を禁ずる。信じるも信じぬも、個人の自由である。一人の民にさえ、強制的に十字架を握らせることは許さない」 「第三。既存の宗教、寺社勢力と無闇に対立せず、融和を心がけること。仏教や神道を邪教と呼んで破壊するような真似をすれば、即座に追放する」


 ザビエルは驚愕した。  

たった十歳の少年が布教の裏にある目的を看破したかのような条件を出してきたのである。

キリスト教の浸透を媒介にした現地勢力の支配を目論んでいた教会にとって、出鼻をくじかれるような条件である。

元より支配には時間がかかる事を覚悟していたザビエルらイエズス会ではあったが、これはちょっと予想外であった。


だが、相手はまだ幼い君主であることを考えると、この先いくらでも懐柔出来るようにも思えて来たので、この一時だけは従うふりをしておくのが得策と判断したのであった。

「……マツリゴトニ関与セズ、融和ヲ説ク。ソレハ、我ラニトッテ厳シイ試練トナルデショウ。シカシ、プリンス。貴方ガ布教ノ許可ヲ下サルナラ我ラハ喜ンデ従イマショウ」

 ザビエルは深く頭を下げた。


 商人のロドリゲスも、ザビエルの言葉を受けて観念したように肩をすくめた。 「……パードレ…ワカリマシタ。ソレナラワレラモ商売、取引成立ヲサセテイタダキマショウ。カルバリン砲十門、カノン砲四門ヲ、オ売リシマショウ。ヒノモト中デ貴方ガハジメテ、千葉介サマ」


 天文十九年(1550年)十月(9歳)。  


銚子の湊に、巨大な木製クレーンが設置された。  

ポルトガル船から、重厚な青銅製の巨砲が次々と吊り上げられていく。


カルバリン砲――長大な砲身を持ち、圧倒的な射程と貫通力を誇る長距離砲。

カノン砲――巨大な鉄球を放ち、石造りの城壁をも塵にする破壊の槌。


 これらは後に、千葉軍の「戦略兵器」として関東の戦場を支配することになるだろう。

「浄三、これだ。これからの戦は、城に籠る敵を槍で突くのではない。一里(約4km)先から、その城そのものを消滅させる時代になる」  

俺の言葉に、浄三は震える手で砲身に触れた。

「殿……これはもはや、日ノ本の戦を変えてしまいますな・・・」


 さらに、俺の「買い物」はこれだけでは終わらない。  

俺はロドリゲスに対し、ある特殊な品を要求していた。 「……最高級の、曇りのない『水晶』や『硝子(ガラス)』を、持ってきて欲しい」

 この時代、硝子は日本国内での製造は出来ず、極めて貴重な宝物であったが、ある目的のためにどうしても手に入れたかった。  


 十二月。運び込まれた水晶や硝子の中から、俺は特に質の良い厚みのある破片を選び出し、領内の細工師に命じて慎重に磨かせた。

 凹レンズと凸レンズ。  前世の知識を総動員し、真鍮の筒にそれを組み合わせると目的のものは完成するのだが、この時代の技術では中々に難航する。


「……見えたぞ」  本佐倉城の天守閣。  

自作の「望遠鏡」を覗き込んだ俺は、思わず感動した。  

肉眼では霞んで見える数里先の村の様子、道を行く旅人の背中、そして海を行く船の旗印までが、すぐ目の前にあるかのように鮮明に映し出されていた。

「殿、それは……?」  胤貞が不思議そうに尋ねる。

「胤貞、覗いてみろ。これは『遠くのものを近くに見る筒』だ」  

「・・・・いかなるものでございましょうか??んむむむ!!!!」


 胤貞が筒を覗き込み、腰を抜かさんばかりに驚いたのを見て、俺は満足した。

(レーダーも衛星もないこの時代において、視覚情報の優位性は決定的だ。敵がこちらを視認する遥か前から、我々は敵の布陣を知り、対策を立てて先回りをし、また砲の照準を合わせることもできる)


 銚子湊の開放。南蛮交易の開始。そして、巨砲と望遠鏡の獲得。  天文二十年の春、千葉家は単なる「日ノ本の地方国人領主」から、世界水準の「近代的軍事国家」へと、その皮を脱ぎ捨てようとしている。

 しかし、その急激な進化は、周辺諸国の警戒を限界まで高めることになる。


 このところの千葉家の伸長に危機感を募らせる動きを見せている、南常陸の諸大名、古河公方、北関東の雄たち。

 俺は望遠鏡で見える訳でもないが、筑波の裾野に広がる常総平野、そしてその西の広大な北関東平野の方角を見ていた。

お読み下さり有難うございます。

初投稿の素人ですので、稚拙な個所や至らぬ点が多々あるかと思います。

生暖かい目で見てくださると幸いでございます。


次の更新まで間を空けると言いながら、今回もこれまで通りの更新をしてしまいました。

次こそは少しだけ間を取りたいと思います。

なにとぞお許しください。

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