15-1 残念だけど、それは叶わないんだよ(前編)
「『スパイラルフレイム』」
「ちっ!」
転人が生み出した炎魔法と風魔法による螺旋状の炎が一直線に恵介へと迫る。鬱陶しそうに舌打ちをした恵介は分厚い氷壁を作り出すことでそれを遮る。Bランクの喰魔二体を凍結させる力を持つ恵介の氷が、炎で溶かされ風で削られていく。合わさった二つの魔法が互いの力を底上げし、その効果を十二分に発揮していた。
やがて螺旋の炎が氷壁を貫く。しかしその先に恵介の姿は無く、いつの間にか転人の右側面に立っていた。
「氷の風刃」
右手を転人に向かって翳す恵介。その手からは冷風が放たれ、その冷風はやがて無数の氷の斬撃を生み出した。
風に乗って進んでいく氷の斬撃。しかしその斬撃は転人へと当たる直前、まるで瞬間移動をしたかのように急激にその位置を変え、転人に当たることなく過ぎていく。かと思えば転人を通り過ぎた瞬間に元の軌道に戻り、何事も無かったかのようにその先にある壁を切り付けて終わる。
その異様な光景に対して恵介は動じることはなく、目の前で起こった事態を解析する。
「今のは………空間系の魔法か」
「『正解。よくできました』」
「っ………!」
ボイスチェンジャー越しでも分かる程の軽快な口調で恵介の考察を肯定する転人。まるで幼子を褒めるようなその態度に恵介は苛立ちを覚え、目を細める。そして、その苛立ちをぶつけるように言葉を吐く。
「もう一度聞くぞ! 桃山飛鳥について知っていることを吐け!」
「『さて? 桃山飛鳥ねぇー………、知らないなぁ』」
「こいつ………!」
転人は両手の人差し指をこめかみに当てると小首を傾げ、大げさに体を横に傾ける。
その態度に恵介はさらに怒りを覚え、額に血管が浮き上がるのではないかと思えるほどに顔の凄味が増していく。しかし、それは転人を余計に楽しませる玩具にしかならない。
「『ハハハハハハッ』」
甲高い笑い声。真っ白な仮面の下は満面の笑みで埋め尽くされていることだろう。それを思い描く恵介は悔しそうに愚痴を吐き捨てた。
「クソッ………!」
※
「がはっ………! うぅ、おのれぇ………!」
「やめてください芥見さん!」
「無理に立ち上がろうとしないで!」
苦しそうに息を吐きながらも必死に両腕に力を込め、立ち上がろうとする芥見。障壁を破った後、芥見に当たる瞬間に威力を落としたとはいえ、それでも二人の魔法をもろに受けたことに変わりはない。肉体的には一般人の芥見が受け止めきれるダメージではないことを春と耀は分かっていた。
しかし、二人がやめるように言ったところで芥見がやめるわけがなかった。
「まだ、まだだ………!」
芥見は激痛が走る体に鞭を打ち、必死に立ち上がろうとする。それでもまだ力は足りず、体が持ち上がることはない。足りない力をなんとか絞り出そうと力を込めると、芥見の脳内にこれまで思い出が過る。
『お父さーん』
『ん? どうした優芽』
『じゃーん!』
『おー! 算数九十点か! 凄いじゃないか!』
『へへーん! でしょ!』
『これは何かご褒美をあげないとな』
『ほんとう!?』
『駄目よあなた。そんなに甘やかしちゃ』
『ええー!』
『いいじゃないか。たまには』
『もーう、仕方ないわね』
『やったー!』
確かな幸福と満ち足りた愛しい日々。それはもう七年前のこと。しかし、芥見にはつい先日のことのように思い出すことができる。
「ふっ………ぐぅ!」
足裏を床に着け、踏ん張るように力を込める。
『遺体………なんの冗談です?』
『そんな………そんなわけないっ! 何かの間違いだ!』
『きっと別人だ! 二人のわけがない!』
『優芽と希美はまだ生きてる! もっとよく探してくれ!』
『あんたら魔法防衛隊だろ! 異界のことを誰よりも知ってるはずだろ!! 早く二人を助け出してくれっ!!!』
『お願いだ………頼むよ………』
行方不明になった二人が遺体となって帰ってきた。なんの前触れもなく、唐突に当たり前だった日常は崩れ去った。
あの日の絶望を忘れたことはない。
「ああっ………!」
膝を伸ばし、腕の勢いも利用して震えながら立ち上がる。
『優芽………! 希美………!』
『認めない。絶対に認めないぞ………!』
『何か………何か』
『エデン………そうだ! エデンなら!!』
『くそっ! どうすればエデンを………!』
『っ! なんだお前たちは………』
『フロンティア………! あの………!!』
『………いいだろう。悪魔だろうが、犯罪組織だろうが構わない。二人にもう一度会えるのなら、なんだって………!』
二人を失った不条理に対する怒りを忘れない。憎悪を忘れられない。
悪魔の手が差し伸べられた時、決意した。自身の何を差し出したとしても、必ず二人を生き返らせてみせると。
「うおおおおおあああああ!」
「芥見さん………」
「………………」
今にも倒れそうになる体を必死に保ち続ける。声を張り上げ、無理矢理に気力を持たせる。その痛々しい姿に春と耀はかける言葉を失い、悲しそうな目を向ける。
しかし、そんな二人の姿は芥見には見えていない。視界に映っても、見ようとしない。芥見が見ているのは、見ていたいのは娘と妻の二人だけだった。
「諦めない………諦めてたまるか! 私は必ず優芽と希美を………」
「『残念だけど、それは叶わないんだよ』」
「なに―――がはっ!?」
ボイスチェンジャーによって変えられたノイズ交じりの声で背後から囁かれる。その声に芥見が後ろへと振り返ろうとしたその時、背中から胸にかけての激しい痛みに襲われる。口からは血を吐き出し、息苦しさに襲われるも芥見はなんとか背後に目を向ける。
そこには真っ白な面で顔を隠す憎たらしい存在、燕転人が立っていた。
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