14-9 芥見が知り得ない理(後編)
「助かりました!」
「礼はいい! 次が来るぞ!」
幸夫の忠告通り、工具や廃材やケーブルは依然として春に向かっている。付け加えて、芥見も狙いを春へと定めている。この状況に春はなんとも言えない息苦しさを覚えながらも、向かってくる攻撃の波を避けるために動き出す。
そんな中、隙を見計らった耀は強引に攻撃の嵐を抜け、再び光を纏うことで高速で芥見へと接近する。幸夫もまた耀の動きに合わせて数本の鎖を放ち、それらは一直線に芥見へと向かう。しかし、鎖たちは当たる直前に鋭角にその動きを変え、芥見を様々な方向と角度で包囲する。
右側面を光を纏った耀の剣が、それ以外を幸夫の鎖たちが芥見を襲う。しかし、再び見えない魔力の壁が全てを阻んだ。
「くっ!」
(多方向からの攻撃でも駄目か!)
一方向からではなく、多方向からの同時攻撃。しかし、壁を突破することはおろか、強度が下がる気配すら見られなかった。
芥見はもう慣れたのか、はたまた壁の強度に絶対的な自信を覚えたのか攻撃に驚いた様子は無い。冷静に近づいてきた耀へとその両手を向ける。耀はその両手に備え付けられた射出口が光り輝くのを視認すると、狙いを定まらせないように左右へと大きく動きながら後退した。
その直後、今度は春が攻撃の嵐を抜け出して芥見へ迫ろうとする。しかし芥見はそれを視認した途端、耀へと放つはずだった両手の魔力弾を春に向かって放つ。しかし、素人が咄嗟に放った魔力弾は狙いがしっかりと定まっておらず、春がわずかに体を捻るだけで終わる。
だがその直後、再び天井から姿を現した魔力銃たちが狙いを春へと定め、次々に魔力弾を射出する。
「っ!」
機械による狙撃とその数に春は接近をやむなく中断し、魔力弾の回避と迎撃に集中する。その最中で耀と幸夫を襲っていたはずの工具たちが全て春へと押し寄せる。背後から迫るのは元々春を襲っていた工具たちであり、挟み撃ちされる構図になっていた。
「ヤバい………!」
その工具たちの陰で全身が覆われてしまうほどの物量に春は危機感を覚える。工具たちが遮蔽物となったことで狙撃は止んだが、生き埋めにされるであろう金属の波への対処法など春は持ち合わせていない。
(押し潰される………!)
春がそう覚悟した途端、春の足元から鎖が伸びる。その鎖は春の右足に巻き付くとそのまま上へ体ごと持ち上げていった。
「うおおおおおお! あああああああっ!!!」
片足をつかまれた宙ぶらりんの状態で上へ上へと瞬く間に持ち上げられていく春。やがては工具たちの波よりも高く上がり、そのまま放り投げられてしまう。その直後、春を挟み込んでいた二つの金属の波は衝突し、大きく不快な音を響き渡らせていた。
鎖に放り投げられた春は空中で体を起こし、見事に着地を成功させる。そして、大きな音を立てながら床に広がっていく工具たちを視界に入れる。
「あ、危なかった………」
幸夫の鎖が体を持ち上げ、波の外へと逃がしてくれなければ今頃あれらの下敷きになっていただろう。死にはしなかっただろうが、作戦に支障をきたす大ダメージは免れない。それらの事実に春は思わず安堵の息を吐く。
しかし、そんな安堵も束の間であり、床に崩れた工具たちは再び宙へと舞い上がっていく。そして、それらの狙いが依然として自分であることに気付く。
「まあ、例え今ので壊れたとしても浮かしてぶつけるには問題ないよな。そりゃ………」
工具はともかく、金属廃材は元々がゴミである。壊れるなんて概念は無く、工具が壊れてもゴミになるだけで意味はない。その事実と厄介さに春は思わず愚痴を零してしまう。
一方、耀と幸夫は工具などの攻撃が止んだため、芥見に攻撃を仕掛け続けていた。しかし、見えない魔力の壁を突破できずにいた。芥見は攻撃を仕掛け続ける二人を警戒しつつも、意識の大部分を春へと割く。
(防衛隊の狙いはほぼ間違いなく闇魔法による装置の魔力の消失。下手に装置を破壊したり停止させるより安全かつ確実だ。となれば、装置への影響を恐れて大規模な攻撃は無いと思っていいだろう。やはり、警戒すべきはあの闇魔法)
さすがは元魔法の研究者。使い手が極端に少なく、その知名度も低い闇魔法について知っている。それゆえに幸夫の狙いも即座に看破し、狙いを春へと集中させていた。
(しかし、下手に戦闘不能にして自棄になった二人に装置を破壊されても困る。難しいがあの子にはある程度のダメージや疲労を与え、行動を制限するのが一番か。三人とも倒せるのであればそれに越したことはないが)
自分にとって都合のいい状況を維持する。春達を倒すことは二の次に考える芥見。そのまま防御は見えない魔力の壁に任せ、逃げる春へと攻撃を仕掛け続けることに集中する。そんな芥見の姿を幸夫は注視していた。
(やはり春君をかなり警戒しているな。なら、それを利用するまで)
明らかに春を警戒している芥見に勝機を見出すと幸夫は逃げ惑う春に大声で指示を飛ばす。
「春君! 真っ直ぐに装置を狙え! そこまでの援護は我々が行う!」
「分かりました!」
質問をすることなく、迷いのない返事とともに春は装置へと向かう。しかし、依然として工具や廃材やケーブルは春を襲おうと高波を作りだしており、位置的に真っ直ぐ装置へ向かおうとすれば自らそこへ突っ込むことになってしまう。
それでも春は迷うことなく、装置に向かって突き進んだ。
(一体どうするつもりだ?)
一見自殺行為にしか見えないが、この三人がそんな馬鹿と思っていない芥見はその真意を探ろうとする。そんな中、工具たちの波へ突き進む春を幸夫から伸びた鎖たちが覆い隠す。その光景に芥見は静かに目を細める。
(なるほど、自身の鎖であの子を覆い隠して装置まで護送するつもりだな。だが甘い! 私の魔法は金属操作、任意の金属を操れる! マーキング等は必要なく、認識できれば問題ない! それは他者が魔法で作り出した金属も同様! 増幅装置により強化された私の魔法ならば、例えAランクの魔法師が相手でも十分に張り合えるはず!)
幸夫の作戦に気付くもそれを甘いと一蹴する芥見は進み続ける鎖に向かって両手を翳す。そして、己が魔法で春を覆い隠している鎖に魔法を行使する。
(鎖を剥がし、攻撃を当てる!)
幸夫の鎖を操作し、覆い隠されている春の姿を露わにしようとする。しかしガチガチに隙間なく固められた鎖はスムーズには動かず、確かな抵抗を見せる。それでも、少しずつこじ開けられていくように鎖に隙間が生まれ始め、中の人影が見え始める。
「―――!」
見えた人影に芥見は薄っすらと笑みを浮かべ、より力を強めていく。やがて鎖が完全に解かれ、その中身が露わになる。それと同時に操る工具たちをぶつけようとしたその時、芥見は目を見開いて驚愕した。
「なに!? 居ないだと!?」
解けた鎖の中に春の姿はない。そこにあったのは、人の形を作って動いている鎖だけであった。
(一体どこへ………!?)
周囲を見渡そうと顔を動かす。真っ先に見たのは鎖を伸ばしていた幸夫の方であり、その行動は正しかった。幸夫へと向けた視界には右拳に闇を纏わせ、こちらへと駆けてくる春の姿を捉えた。
(何故!? 一体どうやって移動した!?)
突如として起こった不測の事態。芥見は反射的にその原因を探ろうとしてしまう。それにより、僅かに動きが硬直する。
実のところ春が移動した仕組みは至極単純であり、春の姿を隠した瞬間に幸夫が鎖で自身のところへ引っ張っただけである。
春を隠していた鎖は幸夫のところから伸びていたため、その構造はトンネルのようになっていた。あとはそのトンネルの中にいる春へ鎖を伸ばし、素早く引き寄せる。鎖のトンネルのおかげでそれらは芥見から見えておらず、気付かれることが無かっただけのことである。
しかし焦りにより鈍った思考、少ない判断材料、極限の状況下での違和感に気付けない戦闘経験の浅さと視野の狭さ。様々な要因が重なり、芥見が僅かな時間でこの答えに辿り着くことはなかった。
(―――いいや、今はそんなことはどうでもいい! この状況をどうにかしなければ!)
僅かな硬直の果てに、芥見はこの自問自答が意味を成さないことに気付く。時間にして二秒に満たないものの、すでに距離を詰めていた春が芥見との距離を更に縮めるには十分すぎる時間であり、芥見がその思考を振り切るころには春は右拳を構えて飛び掛かる寸前の状態であった。
(駄目だ! 回避は不可能! 金属操作や部屋の仕掛けも間に合わない!)
迫る春に対し有効な手立てが一向に思いつかず、焦りを募らせていく。しかし、選択肢の無さは同時に迷いをも無くす。
(このまま障壁で受け止めるしかない………! 大丈夫だ………。いかに闇魔法と言えど所詮はDかCランク程度。Aランク魔法師の魔法を受け止められる障壁を易々と破れるわけがない!)
受け止めるしかない。そう分かった芥見は開き直ったように逃げ腰をやめ、どっしりと腰を落とす。
(障壁に手間取っている間に潰す!)
両手を春に向けて構え、その射出口に魔力を集める。工具たちも引き寄せ、部屋に仕掛けられた銃も照準を春へと合わせる。
(準備は整った! 来いっ!!!)
己が持つ攻撃手段の全てを春へと向け、迎え撃つ覚悟を見せる芥見。そんな明らかなカウンター狙いの芥見を見ても春は引かない。むしろ、その姿勢に好機を見出していた。
(逃げる素振りは無し。カウンター狙いってことはもう仕掛けも無いはず。決めるならここだ!)
右拳を引き、力を溜める。魔力も今まで以上に込めることで闇の質を向上させる。そして、強く前へと踏み込むと同時にそれらを開放する。
「黒の魔弾ッ!!!」
解き放たれた漆黒の闇と剛拳が芥見を襲う。しかし、見えない魔力の壁がそれらを阻む。
「うおおおおおおおおおっ!!!」
咆哮と共に春は拳を押し込む。それによりピシッと障壁に亀裂が走るが、それでも芥見は焦るどころか歓喜の笑みを浮かべる。
(狙い通り! そう簡単には破れまい!)
亀裂こそ入ったが、春の拳を押し留めることに成功している芥見の障壁。その間に両手の魔力のチャージ、工具たちの呼び戻し、天井に仕掛けられた魔力銃の射撃準備。それらの準備が全て整った。
(貰った………!)
この攻防での勝ちを確信した芥見。しかし、芥見は春に集中するあまり忘れていた。
白銀耀の存在を―――。
「閃光剣!!!」
「なっ………!?」
耀は春の隣へと回り込み、そのまま春が拳を押し込む箇所へ己が必殺技を叩き込む。光と闇が押し合いながらも、見えない壁にその力の本流を叩きつけていた。
芥見は突然の耀の参加に驚きの声を上げる。しかし、すぐに冷静さを取り戻す。
(確かに強力な魔法だが、これだけの闇魔法と一緒では大した威力にはならない………!)
闇魔法の特性を知っているがゆえに耀の攻撃の参加に意味はないと結論付け、そのままカウンターを狙う。しかし、これが芥見の大きな誤算であった。
これは現段階で魔法資料としては記録がされていない、闇魔法と光魔法の使い手の会合によって判明した芥見が知り得ない“理”――――――
光魔法は闇魔法の魔法や魔力の破壊、及び弱体化の影響を受けない。
「うおおおおおおおおおっ!!!」
「はあああああああああっ!!!」
「なんだとっ!!?」
力強い闇と光が、見えない魔力の壁を押し砕く。予想だにしていなかった事態に芥見は目を見開き、驚くことしかできない。無意識に一歩後ろへと下がるも意味はなく、攻撃態勢に入った状態から防御に移ることは芥見にはできなかった。
「ぐはっ!」
拳が腹を、剣が胸部を打つ。力強いその二撃に芥見は息を吐き、その力のままに吹き飛ばされる。固い金属製の床に体を打ち付け、ゴロゴロと転がる。やがては装置の手前でうつ伏せに倒れ、静止すると息苦しそうに咳と共に少量の血を吐く。
「かはっ。………………ば………か、な」
途切れ途切れに。動かない体を震わせながら、現実を拒絶するように芥見はそう呟いた。
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