15-2 残念だけど、それは叶わないんだよ(後編)
「諦めない………諦めてたまるか! 私は必ず優芽と希美を………」
「『残念だけど、それは叶わないんだよ』」
「なに?」
「「「っ!」」」
突如として芥見の背後に黒いローブと白い仮面を付けた人物、燕転人が現れる。その姿には見覚えがあり、春、耀、幸夫の三人は一斉に迎撃の構えを取る。
(あいつは月島さんが凍らせた奴。なんで、どうやってここに………? 月島さんはやられたのか?)
恵介が足止めとして凍結させたことを春はハッキリと覚えている。氷から脱出したとして、恵介がそれを野放しにするはずがない。恵介はやられてしまったのか、どうやって芥見の背後に現れたのか。
そんないくつもの疑問が春の脳内を駆け巡る。それは春だけでなく、耀や幸夫も同様であった。しかし、目の前に現れた敵の増援としてその警戒を怠ることはなかった。
だからこそ、転人が芥見のことを背後からナイフで突き刺すなど全く予想していなかった。
「がはっ!?」
「なっ!?」
「芥見さん!?」
「っ!」
背中にナイフを突き立てられたことで芥見は苦痛そうに口から血を吐き出す。全く予想だにしていなかった事態に春と耀は困惑し、その場から動けずにいた。しかし、幸夫だけは困惑しながらも転人の周囲から鎖を放ち、その場から動けないように全身を拘束する。
その早業に転人は驚きの声を漏らす。
「『うおっ』」
「二人とも! 芥見を!」
「「は、はい!」」
幸夫の声で我に返る二人。芥見は限界だったところをナイフに刺されたことで床に倒れており、二人はそんな芥見の元へと駆け寄る。
「芥見さん! 大丈夫ですか!?」
「う、うぅ………!」
「春! 私が合図したらナイフを抜いて! 抜くと同時に回復魔法をかけて出血を抑える!」
「分かった!」
「『回復か。それは困るなぁ』」
転人が足元で治療を始めようとする二人を見下ろしながらそう呟く。その声には必死さがなく、どこか余裕を感じさせる。その違和感に幸夫はいち早く気が付くと転人を拘束する鎖を強く締め上げる。それと
同時に二人へ切迫した様子で声をかける。
「気を付けろ二人とも!」
幸夫がそう警告すると転人の姿が消える。締め上げていた存在が居なくなったことで鎖が宙を舞った次の瞬間、転人は倒れている芥見の傍にその姿を現す。そして、どこからか二本目のナイフを取り出すと、芥見の首元に目掛けてそのナイフを振り下ろす。
しかし、その行為を春は許さなかった。
「させるか!」
「『おっと!』」
姿を現した転人に目掛けて、春は立ち上がりながら闇を纏わせた右拳でアッパーを繰り出す。残念ながらそのアッパーは避けられてしまうが、芥見にナイフが振り下ろされるのを見事に阻止した。
「『へぇー、今のに反応できるのか。凄いな』」
「貴様、やはり空間系の魔法の使い手か」
「『さて、どうだろうな。にしても………』」
幸夫の言葉は適当にはぐらかす転人。その興味は春へと向いており、仮面で顔が見えないにも関わらず不気味な視線を春は感じ取っていた。そんな中、耀は春が敵の警戒にあたらないといけないことを察し、自分一人で芥見の背中に刺さったナイフを引き抜く。そして、光魔法による回復を始める。
その瞬間、転人の不気味な視線は耀にも向けられた。
「『なるほど、光魔法と闇魔法か。良い魔法を持っているな』」
「「「っ!」」」
どこかで聞いたことのあるその言い回しに三人は目を見開き、驚いたような様子を見せる。今すぐにでもその言い回しについて問いただしたかったが、今は他にやるべきことがある。奥にある膨大な魔力をため込んだ装置はまだ安定しているが、それはいつ崩れてもおかしくない。早急に目の前の障害を排除し、魔力を消失させなけれならない。
三人はどうやって転人を排除、無力化、もしくはスルーして装置を止めるか考える。そんな中、何とか意識を保っていた芥見が耀の回復魔法を受けながら転人へと話しかける。
「一体………どういう、つもり………だ? つばく………ろ、転人ぉ………!」
「な!? 燕転人だと!?」
「こいつが………!」
「あの………!」
その名を知っている三人は驚愕し、その姿を脳裏に焼き付けようと転人の姿を凝視する。転人は恵介の時と同様に、正体がバレたというのに慌てることもなければ誤魔化すことすらしない。それどころか自身を凝視する三人と床に這いつくばる芥見の姿を面白がり、愉快そうに笑い声を漏らす。
「『ハハハハハ。どういうつもりかだって? どうもこうも、お前はもう用済みなんだよ芥見蓮』」
「用済み………だと?」
「『そうだ。増幅装置やエデンに関する実験のデータは十分に取れた。後はあの装置が“暴走”してここを消し飛ばす前におさらばするだけだ』」
「なんっ………! 暴、走………!?」
「『そうさ。暴走だ。このエデンの扉を開ける実験は失敗に終わる』」
「「「「っ!」」」」
淡々と実験が失敗に終わることを告げる転人。その事実に四人は息を呑んで驚愕し、芥見は怒りのままに必死に声を荒げる。
「どういう………こと、だ! 私の理論は………間違っていた、のか!?」
「『そうだなー。間違っているというより、色々と足りてないっていう表現の方が正確だな』」
「くっ………!」
「貴様は失敗すると分かっていながらこんな実験を行ったとでも言うのか!」
「『ああそうさ。ワンチャン上手く行かないかなって淡ぁーい期待と、無理だったら無理だったで色々と確認できるからいいやって感じだ』」
「っ………!」
あまりにも軽薄な態度で答える転人に幸夫は怒りを募らせる。それは春と耀も同様であり、二人も声を荒げて転人を叱責する。
「ふざけるなよ! これだけの魔力が暴走すればどれだけの被害が出ると思ってるんだ!」
「『さぁなー?』」
「増幅装置だけでも多くの人が傷ついた! お前の仲間だって………!」
「『興味ないんだよ』」
「「「っ!!!」」」
「『仲間だとか誰が死ぬだとか、どうでもいいんだよそんなこと。オレが楽しけりゃ何でもいい』」
どうでもいい。そう言い切る転人に春、耀、幸夫の怒りは頂点に達する。
喰魔とはまた違う邪悪。共存ができない生物としての邪悪さではなく、同じ人間が他者を軽んじ、その命と尊厳を踏み躙る自己中心的な邪悪。それに対し三人は言葉にしようの無い嫌悪感を胸に抱き、その捻じ曲がった生き方を否定するように転人を睨んだ。
「『おー怖い怖い。怖いから、さっさと逃げるかぁ』」
「なに………?」
「『言ったろ。装置が暴走する前におさらばするって。できれば芥見が死ぬまで見届けたかったんだけど、まあこんな状況じゃ仕方ないか』」
「そう簡単に逃すと思ってるのか!」
「『あれ? いいのか? オレなんかにかまけてて』」
転人はそう言うと右腕を横に真っ直ぐ伸ばし、人差し指でその先を指す。転人が指し示す先には膨大な魔力を持つ実験装置があり、その装置に異変が起こる。今まで安定していたはずの膨大な魔力が乱れ始め、球体だった魔力がその形を保てず、次々にその形を不規則に変化させていく。大気が震え、春達が初めて魔力を感知したときのような地震まで起こり始めてしまった。
「うお!?」
「これは………!」
「まずい! 魔力の暴走が始まった! 一刻も早く止めなれば!」
「『そういうことだ。光魔法と闇魔法の使い手が死ぬのは惜しいが、どうしようもないからな。せいぜい頑張れ。それじゃあな』」
「っ! 待て! お前にはまだ―――」
春は転人を捕えようと走り出し、右手を伸ばす。しかし指先が触れる前に転人は姿を消し、春の手は空を切る。
春は悔しそうに何もない右手を握り拳に変え、苛立ちのままに言葉を吐き捨てる。
「クソッ!!!」
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