15-5 頑張って、くれ………!!!(後編)
地面へと降り、横にさせた芥見に回復魔法をかける耀。場所が喰魔が住む異界のため、春は周囲を警戒する。本当は今すぐにでも魔力を耀へ渡したいのにできないもどかしさに、言いようのない焦燥感を感じていた。
「耀、どう?」
「駄目! 今の私の魔力じゃ体に回る毒に回復が追い付かない! このままじゃ………!」
「っ! クソッ………!」
回復魔法をかけ続けているが、芥見の容態は一向に良くなる気配がない。死に向かう芥見の姿に二人が心を痛める中、異界へと脱出した魔法防衛隊員たちが地面へと降り始める。その中には愛笑や十六夜や篝など、見知った人物の姿もあった。
「春! 耀!」
「良かった!」
「無事みたいだな」
「姉ちゃん! 篝! 十六夜! 無事だったんだな!」
三人は春と耀の元へと駆け寄り、大きなケガが無いことに安堵する。春も三人が無事だったことに安堵するが、すぐに険しい表情に戻ると急いで三人へと詰め寄る。
「三人とも周囲の警戒頼めるか!?」
「あ? それは別に構わないが………」
「頼む!」
「あっ! おい!」
それだけ頼むと春は急いで耀の元へと駆け寄り、その両肩に手を置く。その姿に何かあると察した三人は周囲を警戒しつつ、二人に近寄る。
耀の両肩に置いた春の手に淡い魔力の光が灯るとそれが耀の体の中に消えていく。それが魔力の受け渡しだと三人は察する。そして、耀が回復魔法をかけている人物に見覚えのある三人は眉をひそめた。
「その倒れてる奴はもしかして………」
「………。芥見さんだ」
「芥見って………!」
「今回の主犯格じゃないっ!」
「篝、声が大きい」
三人とも驚いたように目を見開き、篝は大声を出してしまう。しかし、喰魔が集まる危険性があるために愛笑に注意され、篝は反射的に両手で口を押える。そして、その大声は喰魔ではなく魔法防衛隊員の注目を集め、隊員たちが春達の元へ集まるきっかけとなった。
「どうした?」
「喜多、何があった?」
「東雲さん。恵介さん」
隊員たちが集まる中、東雲と恵介もその場に姿を見せる。そして、回復魔法をかける耀とその相手に目を向け、目を見開いた。
「そいつは芥見蓮か………!?」
「喜多」
「すみません。私も詳しくは………」
「黒鬼、白銀。何があったか言えるか?」
愛笑が知らないと分かると、確実に何かは知っているだろう二人に声をかける。集まった隊員たちも同様のことを知りたく、二人の返答を待つ。そして、口を開いたのは魔力を渡し終え、耀の肩から手を離した春だった。
「………目的だった魔力を消滅させた後、燕転人を名乗る仮面の男が現れました」
『―――っ!』
「「っ!」」
「「なっ………!?」」
「え………」
燕転人の名を聞き、全体に動揺が走る。恵介と東雲は思うところがあるのか気まずそうに顔を顰めさせる。十六夜と愛笑は大きく目を見開いて今日一番の驚きを見せる。そして、篝だけは茫然とした様子で立ち尽くしていた。
「………………」
瞳孔が大きく開いた空虚な目で顔を俯かせる春を見つめる篝。やがてその目には強い怒りの色に染まり、春へと詰め寄ろうとする。しかし、その動きに気付いた十六夜が篝の腕を掴んで止める。篝は非難の目を十六夜に向けるが、普段の十六夜からは想像がつかない憂いを帯びた静かな目に落ち着きを取り戻していた。
そんな二人の僅かなやり取りを何人かが目撃する。それは春、愛笑、恵介も含まれており、三人は悔しそうに握り拳を作った。
「………すまない。俺がしっかりと奴を捕らえられていれば………!」
「いや、ヤツは空間系の魔法を使えました。別の場所に瞬間移動できる相手を捕らえるのは難しかったと思います」
「だが………! いや、すまない」
「………。そして、転人は現れると芥見さんに毒を塗ったナイフを刺して消えました」
「毒って………!」
「傷は治せました! でも、全身に回った毒を消す魔力が無いんですっ!」
耀が叫ぶように事情を話す。必死に回復魔法をかけ続けているが、両手から放たれる光は徐々に弱くなっていく。それだけでもう限界が近いことを皆、察した。
耀は俯いていた顔を勢いよく上げる。両目に涙を溜め、泣くのを我慢していることが分かる。そんな彼女が必死に声を張り上げ、周りに問いかけた。
「誰か! ほかに回復魔法を使える人はいませんかっ!? 毒を消すことのできる魔法師は!!?」
芥見の呼吸はどんどん浅くなっており、苦しそうな表情をしているにも関わらず静かなことから限界が近いことは明らかだった。もはや現世へ戻り、治療できる場所へ運ぶ時間も治療できる者を呼ぶ時間も無い。
そのあまりにも悲痛な耀の叫びを危ないからと咎めるものは居なかった。そして、その必死な眼差しに答えを持っていない者たちは次々と目を伏せていく。一部は回復魔法が使える者や、使える者と同じ班だった者に目を向けるが結局は同じであった。
「すまない。俺ももう魔力が………」
「僕達の班にも毒を消せる奴はいたが、敵の最後の自爆に巻き込まれて意識がない。例え意識が戻っても、とても魔法を使える状態じゃ………」
「そんな………!」
「っ………!」
もう打つ手がない。それが分かると耀と春は絶望に打ちひしがれる。しかし、諦めることはできないと耀は消えそうになる回復魔法を必死に維持する。春も再び耀の肩へと手を置き、もう尽きたはずの魔力を渡そうとしていた。
「っ!」
「ああああああああっ!」
芥見を救おうと二人の少年少女が奮闘し、限界を超えようとする。しかし、非情な現実は二人に奇跡を与えはしない。芥見の死は確実に近づいていた。
そんな中、ゆっくりと芥見の瞼が開き、意識を取り戻した。
「もう………いい」
「芥見さん!」
「もう………いいんだ」
芥見は穏やかに諦めの言葉を囁く。しかし、二人はそれでも手を止めない。
「諦めないで! まだ………!」
「………いいんだ。あんな………奴らと、手を、組んだ………時から。覚悟………して、いた」
「芥見さん………」
必死に口を動かし、二人へと話しかける芥見。その姿に春は死ぬ直前だった両親の姿を重ねてしまう。死へと向かいながらもそれに抗い、自分に大切な言葉を残した両親の姿を。
「私、は………」
「大丈夫です! 必ず助けます! だから………!」
芥見の言葉を遮り、耀は励ましの言葉をかけ続ける。そんな耀の背を春は優しく叩く。
それが自身を止めようとするものだと感じた耀は睨みつけようと振り返る。しかし、春の辛そうな表情にその勢いを失った。
「芥見さんの………、最後の言葉だ。ちゃんと聞こう」
「っ………!」
最後の、という言葉に耀は息を呑む。そして、ゆっくりと芥見と目を合わせる。今にも眠ってしまいそうな芥見の目が、必死に自分達へと向いている。何かを伝えようと必死に抗っている。その姿に耀は一粒の涙を流すと耐えるように口を閉ざし、聞く姿勢を整える。それでも弱々しい光を放つ回復魔法の手は止めない。否、止めたくなかった。
そんな耀の姿に芥見は優しく微笑むと、再び必死に己が口と喉を動かした。
「私は………優芽と、希美を………失ってから、生きる希望………力を失くした。心に、大きな穴が、開いた。その穴を………埋めようと、私は………二人を生き返え、らせることに………憑りつかれ、た。そうすることで、しか………私は、私を………保てなかった。間違いだと、分かっていた。こんなこと、二人が………悲しむだけだ、と。………でも、それでも………! 止まれなかった………!」
ぽろぽろと、芥見は両目から涙を流す。彼がしたことは決して許される事ではない。その願いのために多くの人が傷つき、下手をすれば取返しがつかない大惨事を引き起こしていた。懺悔を聞く隊員たちの一部は自分勝手だと怒りを覚える。だが、それでも理解していないわけではない。残酷な現実で、不条理に大切な人を失う悲しみを。憎しみを。
喰魔によって家族を奪われなければ。穏やかに日々を過ごし、愛する家族と平和な日々を送っていたはず。彼も優しく、良い父のままだったはずなのだ。それが一体なぜ、こんなことになってしまったのかと、やるせない怒りと悔しさを皆が覚える。そして、悲しみと憐みの目を芥見に注ぐ。
そんな中、芥見は春と目線を合わせた。
「君の………言う通り、だった。私は、ずっと………誰かに、止めてほしかった、んだ」
「っ!」
その目は、アジトで会った時の憎しみに染まった目ではなかった。墓地で笑い、頑張れと言ってくれた時のような優しさに満ちた目であった。
「ありがとう。私を、止めてくれて。君達のおかげで、私は………罪を、重ねずに、済んだ。救われたんだ………」
「芥見さん………!」
「でも、私達は………!」
芥見の言葉に春と耀は歯を食いしばり、悔し涙を流す。確かに止めることはできた。だが、救えたとは到底言えない。今にも芥見は死にそうになっており、それをどうすることもできずにいる。それの一体何が救えたと言えるのだろうかと。
そんな心情を察したのか、芥見は優しく微笑んだ。
「救って、くれたんだよ。私の、“心”を………」
「「っ!」」
「でも、君達は、優しいから………納得、できないだろう。だから、もう一度。約束………してくれ。っ―――!」
そう言うと芥見は苦しそうな声を上げる。残る力を振り絞り、ゆっくりと右腕を上げて手を伸ばす。二人は浮き上がった芥見の右手をしっかりと掴み、包み込む。冷たいその手に熱を伝える。
その熱を、繋がりを感じた芥見は言葉を紡ぐ。
「強くなって、たくさんの人たちを、守ると………!」
「「っ………!!!」」
その約束は、春が墓地で悲しみに暮れていた芥見に誓ったもの。その約束を芥見は覚えてくれていた。
胸から込み上げてくる熱い想いに、芥見の優しさに二人は涙を流す。そして、その想いを、あの日の決意と誓いをもう一度ここに誓う。
「はい………! 約束します………!!!」
「俺達は絶対強くなります! 今よりももっと! もっともっともっと! もっと!! 強くなります!!! そして、たくさんの人たちを―――」
「「守って見せます!!!!!」」
大粒の涙を流し、声を張り上げて約束する。そして、その想いを伝えるために力強く芥見の手を握る。
もう芥見に二人の声は聞こえていない。涙を流し、声を張り上げた二人の姿は見えていない。それでも握られた手の力強さと、その手の温もりから答えを得る。そして、芥見も二人の想いに答えるために最後の力を振り絞る。
「頑張って、くれ………!!!」
あの日のように、快活な笑顔で二人に精一杯の応援を送る。最後の最後に、優しさを思い出させてくれた心優しき二人の少年少女へ、最大限の感謝を込めて。
「っ! 芥見さん!」
「芥見さん………!」
握っていた手から、完全に力が無くなったのを二人は感じ取る。同時に、芥見から大事な何かが消え去ったことに気が付く。そして、耐えきれなくなった二人は大粒の涙を流し、嗚咽を漏らしながら悲しみを吐き出すように泣き叫ぶ。
芥見蓮、己が心を救ってくれた二人に看取られながら笑顔で、愛する家族の元へと旅立った。
『春くん、耀さん。本当にありがとう』




