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殿下の初恋


「エリザベート。エリザベート。エリザベート。

エリザベート。エリザベート」


寝る前に名前を呼ぶ練習。

心の中や誰もいないところでは、エリザベートの名前をスラスラ言えるし、つっかえることもない。

でもなぜだろう?人前でこの名をまともに呼べた試しがない。

いつもどこか間違える。

前日も母上に


「エリザベート様にお会いして、エアリスはどう思いまして?素直な感想を聞かせて……」


「エリデートは……ボクを……笑わなかった……話を……ボクの目を見て……真剣に聞いて……くれた……母上みたいに……」


ボクは母上以外でこの話し方をするボクを変な目で見ない者はいなかった。

父上は少し嫌な顔をする。ボクが嫌いな訳じゃなく、ちゃんと王太子らしくしてほしいと思っている


「エリザベート様は目付きが鋭くて素敵というお話ですが、エアリスから見てそれはどうでした?

怖くなかった?」

「怖くはない……少し目付きが……悪いとは思った……でも……瞳が澄んでとても綺麗だった……母上みたいに……」


「そうねぇ。わたくしもエリザベート様ほどではないにせよ、目付きが悪いと良く言われたものですわ。

これはテイラム家の女子の宿命みたいな物。何故か女の子だけこの目付きの悪さが受け継がれるみたいなのよ。

でもそれが王妃になると威厳が増すとか、相応しいとか、評価がコロっと変わるのよね!

誰も逆らわなくなるしね。

でも。エリザベート様の目付きは素晴らしいわ!わたくしもあんな目で臣下を睨んであげたい!」


母上は嬉しそうだ。

何でも数世代に一人はエリザベートのように凄く目付きが悪い者が生まれる。

そしてその者は王妃となり、国難を見事回避すると教えてくれた。

エリザベートの目付きの悪さは歴代最高峰だから、きっと王妃となり国難を排してこの国を導くに違いない。

だから、大切にしなさいと念をおされた。


そしてこうも教えてくれた。

このテイラム家の目付きの悪さに一度でも魅了されたら、もはや後戻りは出来ないと……。

どれ程怖く恐れていたとしても、クセになってその目がないと生きられなくなると……。

このわたしの目付きを父上は初め恐れていたが、今はぞっこんで睨んで欲しいとおねだりする有り様だと……。


なんだか聞きたくも無いことを聞いた気分だが、ボクはどうなのだろうか?

クセになっているだろうか?

でも今回はエリザベートの後ろにいて、ほとんど目を合わせていなかった。


あの時。


従者達の前で、明らかにエリザベートの気配が変化した時があった。

瞬間。恐るべき光景をみた。


従者達が突然に気を失ったり、蹲ったり、泣き出したり、それはそれは大変な事がおこった。

それから従者達は大人しくなり、エリザベートに従順になった。

一体何があったのか?

母上からも聞かれたが、ボクにはなにがなんだかわからなかった。


その日から従者の態度が激変した。

約一名何ら変わらぬ者がいたが、他の四名はボクの話を馬鹿にせず、笑わずちゃんと聞いてくれるようになった。


そして皆口々にいう


「エリザベート様が殿下の未來の奥方になられるなら安心でございます。

我ら一同殿下は勿論の事、エリザベート様にも誠心誠意お仕えいたす所存でございます」


何がどうなればこうも人が変わるのだろうか?

ボクを毎日馬鹿にしていた者が、一夜もたたずしてボクに忠誠を尽くすようになった。

子供のボクでも分かる。



エリザベートだ。

エリザベートが変えた。



魔法のように

一瞬で



ボクのこの日々の居たたまれない世界を……。

変えた!

ボクを馬鹿にして見下ろして話を聞いていた者が、今はつっかえつっかえの言葉にも笑わず、視線を合わせ真剣に頷きながら聞いてくれる。

ボクを本物の王太子のように扱ってくれる。

ボクが歩む先をまるで黄金が敷き詰めてあるかのように、厳かに歩く。


ボクは初めて王太子になった気分だ。



ボクの悪夢の始まりは二年前。

王太子の内定式のこと。


15歳になれば正式に叙任されるが、それまでは王太子未満である。


その七歳の式典の挨拶のため、ボクは必死に練習した。

何回も何回も練習した。

その甲斐あって、ボクは空で挨拶を言えるまでになった。そして完璧に覚えた。

覚えたはずだった……。


でも本番でつっかえた。


クスッ


どこかで笑い声がした。

それに釣られて


クスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクス


どよめきのように忍び笑いが会場を包んだ。


その日以来ボクは人前で上手く話せなくなった。


自信を無くした。


その頃ボクの従者になったエドモントはボクが言葉をつっかえるたびに言った


「そのような物言い。

王太子に相応しくありません」


ボクはその度に自分が小さくなっていくような気がした。

そしてエドモントのように、からだもぷくぷく膨れていった。



でもあの日。

初めてエリザベートに会ったあの日。



別れ際。


ボクの目を美しい瞳で見つめてこう言ってくれた


「殿下。上手(うま)上手(じょうず)に御言葉を話さなくても良いのですよ。少なくともわたくしは笑ったりは……面白いお話の時はもちろん笑うかもしれませんが、すくなくとも馬鹿に致しませんから、安心して思い切りつっかえてお話なされば良いのです。わたくしはどんな殿下の御言葉でも大切にお聞きします。

だから、焦らず楽しんで御言葉を紡いで下さいませ」


「でも、余は、人と上手く話したいのだ。

特にえ……え……エリベザートと……」


その時クスッとエリザベートは笑った


「おしいですわ!殿下!

もう少しでストライクです!

ボール一個分外れてます。

これはなかなか打ちづらいです!

ですが、とても素敵な惚れ惚れするような、わたくしへの『直球』でございます。

殿下の今の御言葉に、打者は空振り三振!

わたくしのミットにジャストミートしました!

この心へ、殿下のお気持ちがズドンとめり込みました!

とてもいい音がしましたよ」


そして晴れかに笑った。

少し怖かったけど、ボクも釣られて笑った。


エリザベートは何を言っているのか全然わからなかったけど、ボクも何だか晴れやかな気持ちになった。


そして先程のクスッは……


……ボクの人生で初めて嬉しいクスッだった。




あの日以来。




ボクはエリザベートのことを思うたびに、何だか顔が赤くなるようになった。



母上は嬉しそうに微笑んで、ボクの耳元で囁いた





「あら。まあ。初恋ですわね。エアリス」





ボクの顔はもっと赤くなった。









エリザベートの目付きの悪さが

くせになるといいですね。


恋かー。忘れたなー。遥か昔話さ。



☆☆☆



上手く話せなくていい。

思い切りつっかえてもいい。

これ吃りクセのある自分に言い聞かせていました。


同じ症状の方

皆さんに当てはまるわけでは無いですが楽になりますよ。

今は時々吃るくらいかなー。

つっかえても気にしなくなりました。




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