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6 機能美の教団 ◆

その花畑は、目と鼻の先にありませんか?

 身体が十分に温まった事を確認して、ゆっくりと全ての瞼を開く。

 十四年振りこの身体で見た風景は酷くぼやけていたが、それも一瞬の事ですぐに視野は明瞭になる。


 基底体を稼働させるのは実に十四年振りだ。

 定期的な保全を行っていたが予想外の不具合が起きる可能性はある。


 二本の脚でゆっくりと立ち上がり、周囲の様子を見る。

 基底体を安置していた小屋は清潔に保たれていた。

 教団の連中は疎ましいが、仕事の質には非常に高い評価をせざるを得ない。


 ゆっくりと歩き回るが、大きな不具合は無さそうだ。

 三枚の翼も問題無く動くし、四腕の筋力も休止前に近い水準を保っている。

 我ながら良い身体を調整したものだ。

 眼球だけの生活と言う物も小ぢんまりとしていて悪くは無いのだが、やはり人並みの身体も悪く無い。


 だが、世の中悪く無い事だけで構成される事は無い。

 悪い事の象徴が、あの花畑だ。

 私の弟子達を悉く呑み込み、私自身十四年にも渡る長い休眠期間を必要とする程の干渉を仕掛けて来たあの花畑だ。


 記憶や認知への干渉は頭部を作り直せば片付く問題では無い。

 それらにも予備はあるが、全てを複製出来る訳では無いのだ。

 汚染された記憶と認知を洗浄しながら今の記憶と認知に再移植する作業は非常に多くの手間を必要とした。

 本来この手の奇術は私の専門では無い。

 古鞄の川流れとかが適任だが、あれに記憶と認知を任せるなんてとても許容出来る事では無い。


 支脚を展開し、床を踏み締める。

 うむ、やはり六つ脚の安定感は良い。

 必要性の低下した尾を体内へと引っ込めて、偽口を開いて音域の上限で吠える。


 小屋がびりびりと震えた。

 吠えたまま音域を下限まで下げてみるが、下がり切らない。

 若干低音域に不備がある様だが問題となる程では無いので現状のままとする。


 古屋の外へと出る。

 基底体が十四年振りに浴びる陽光は私の表皮を刺激した。

 追加器官群の調整は適当でも生存を脅かす事は無いので、これ以上細かな調整は省略して問題無い。

 認識を切り替え不随意機能に身体の管理を明け渡す。


 目の前には教団の連中が揃って平伏していた。

 正直あまり相手にしたくは無い連中なのだが、悪人では無いし花畑に対応するには必要な駒でもある。

 平伏する教団の連中は揃って普通の身体をしていた。


 人体改造主義と言う物は基本的に忌避される。

 人間は違うモノを排除する本能を有している。

 周囲と同じと言う曖昧な範疇に自身を填め込む事が出来なければ世の中に居場所は無い。


 そう言った者達は身を寄せ合い世の中から隔離されてひっそりと生活するより他無い。

 だからこそ、疎ましく思いながらも見捨てなかったのだが。


「花畑が拡大し始めた様です」

「知っている」


 前回は不用意に花畑を直視して甚大な被害を被ったが、その特性さえ分かれば監視する程度はどうにでもなる。

 口を配置して、その声が聞こえなくなればそこは花畑となったと見做せば良い。

 そして今森林内に配置した口から発せられる声が、三割程聞こえない。


「森林が全体的に侵食されているが、特に聖国に向けて伸びている様だな。後、南の王国に溢れた」


 教団の連中内で動揺が伝播する。

 まあそうなるわな。王国が役目を果たしてないとなるとな。


「落ち着きな。昨今の南北王国を見ていれば順当な事態だろう。むしろハコビ様の復活が間にあった事を僥倖だと考えるべきだ」


 まとめ役の老婆が連中の動揺を鎮めた。

 この世の滅びを目前にして相変わらず肝の据わった女だ。


「南の王国から人も情報も出て来ない事を合わせて考えれば、かの地の花畑は自己収容されている状態だろう。今はまだね」

「封国辺りの工作員が仕事をしたのだろうね。王国の連中にそんな仕事が出来るとは思えない」


 老婆の言葉に私が補足を加えると、連中はかなり落ち着きを取り戻した。

 外包系の奇術師に対する妙な敵対意識を許容出来るのならば、教団の連中は相当に優秀な部類だ。

 私の様な接界系の奇術師には無条件に従順だしな。


「悠長に構えていられる状況では無いが、それ程焦る状況では無い」


 緩衝区が少々キナ臭いが、逆に東方はその手のキナ臭さが漂っていない。

 その代り花畑が広がっているがな。

 あの花畑は外包系の奇術師ですら扱い切れる存在では無い。

 以前古鞄の川流れはあれが虚無を模した奇術の成れの果てだと言っていた。

 虚無、つまりは何も無いと言う事象。


 理論上虚無に触れたモノは例外無く根幹を溶かされる。

 溶かされた根幹は無に帰すのだから質が悪い。

 虚無に対処する方法は根幹を溶かされない様にする他無い。


 とは言え、花畑は虚無を模した奇術の成れの果てだ。

 花畑と言う事象は残存するし、根幹以外のモノから溶かして行けば致命的な状態になるまではそれなりの猶予がある。

 外包系の奇術師なら花畑の中に踏み込んでも数日は耐えられるだろう。


 古鞄の川流れが花畑に侵入した事は確認している。

 その前に侵入した若い奇術師はどうにもならないだろうが、古鞄の川流れであれば生還するだろう。

 問題は、古鞄の川流れが花畑に侵入した意図が分からない事だが。


 何にせよ、私に出来る事は木を植える事だけだ。


「木は増やしてあるか?」

「若木で三千、根付いた物から含めれば一万程、継げそうな枝は五千程」

「植えられる物は全て南の王国側に植えよ。北側と聖国の東はまだ森林が分厚いので現地で増やす」


 こうなると緩衝区がキナ臭い事はありがたくもある。

 国土を侵される聖国は反発するだろうからな、知らぬ内に事を済ませたい。


「各々動きやすい身体になれ」


 私の一言に連中が沸き立ち、我先にと人の皮を破り捨てる。

 その姿は様々だ。

 腕を増やす者、足を増やす者、内蔵を増やす者。

 指を減らす者、骨を減らす者、皮膚を減らす者。

 大きくなる者、小さくなる者、捻じれて歪む者。


 世間一般では異形と呼ばれる者達。

 連中は自身の事を人体改造主義者と呼んでいる。

 連中の中に奇術師はいない。皆私の奇術を進んでその身に受けた者達だ。


 自分の身体を自由に整形したいと願う物は多い。

 男は年を経ると頭髪を増やしたがるし、女は若い内から顔を小さくして目を大きくしたがる。

 生まれ持った容姿に本当に満足している者はとても少ないのだ。


 まあ、私が提唱する機能美的肉体に賛同する者は少ないのだがね。


「言っておくが、逃げるのも手段だぞ? あの花畑は危険だ。直視するだけで汚染されると思え。花畑を見たなら自害するかその中に飛び込め。封じ込めに参加する以上、お前達が奇術師では無い以上、それが呑めない者は逃げよ。誰もその逃亡を責めはしない」


 かつて、弟子達はその選択肢すら与えられぬまま死んでいった。

 当然連中には選ぶ権利がある……が、今更か。


「その様な考えを持つ者はここにはいません」

「この肉体を、機能的な美しい肉体を使うのにこれ以上の場所はありますまい」

「今日の為に感覚器を減らした者も増やした者もいますが、誰も死を恐れてはいません」

「この肉体で死ねるのなら本望ですわ」


 連中が口々に――中には口の無い者も多数いるが――そう叫ぶ。

 身体改造主義者は総じて忌避される。

 それ故に世を恨む者も少なくは無いが、こうして世に居場所を求める前向きな連中が教団だ。


 曰く、改造された人体の有用性を世に認識させるのだとか。

 ……人間が自分と異なる特徴を持つ者を排斥する本能を有する事は口が裂けても言えない。

 まあ、私の口は後頭部まで裂けているのでこれ以上裂ける事は物理的に不可能なのだが。


「再度言っておくが、私の肉体をもってしても花畑の前には無力に等しい。あの花畑に対処出来るのは同じ植物、それも花を養分にして通常の何倍もの速度で成長する様に造られた木だけだ。その肉体自体は無力だと知れ」


 私の忠告に、連中が頭を垂れる。

 本当に理解しているのかは知らないが、私だけでは身体が足りないのが現状だ。

 大半が目と鼻と口だけとは言え、流石に十万となると維持するだけでも結構な労力だ。

 花畑に呑まれて二万程消えたが、基底体と同等の身体を三つ四つ増やすのが限界だろう。


 そうこうしている間にも十三が花畑に呑まれた様だ。

 全く忌々しい花畑だ。


「全く、逃げる先があるなら逃げ出したいものだな」


 尻尾を伸ばし、三翼を回転させて宙に浮く。

 連中も各々の移動手段で花畑に対抗する行動を開始した。

 このまま私も王国付近に向かうべきだろうが、その前に一つ確認しに行かなければならない事がある。


 ここから聖国の方角に幾ばくか離れた先で、人を狩っているあの首は何者だろうか?




挿絵(By みてみん)

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