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花が散った、その後に  作者: 魚の涙


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5 夢に見る死体

その花畑を、夢で見ませんでしたか?

「当初は緩衝区を予定していたのだけれども、あっちの方は無理ね」


 聖国の安宿で、王女の首は浮遊しながらそう言った。

 夕刻門が閉まる直前に入国した私はこの宿を取り食事を終え、その間情報収集をしていた王女からその結果を聞かされている。


 生きた花と言う危険物を持って、どう穏便に入国したものかと考えていたが、王女は闇夜に紛れて外壁の上を浮遊する事で難無く密入国を果たした。

 さらりと密入国した王女の生首だが、本当はそう簡単な話では無い。

 夜行性かつ飛行する獣は少なくないので、いくら人不足だからと言えども聖国の外壁を簡単に越えられる筈は無いのだ。

 恐らく浮遊する以外のネタを持っているか、浮遊するネタに何らかの応用性があるのか、いずれにせよこの奇術師王女は曲者だ。


「近い内に戦争が起きるわね。割と本格的な」

「それはまあ、長引かないと良いですね」


 長引くと戦場の死体が使い物にならない程腐ってしまう。

 かと言って交戦中の戦場に死体を回収しに行くのはあまり得意では無い。

 死体屋の中にはどさくさに紛れて死体を水増しする者もいるらしいが、私は割と真っ当な死体屋なのだ。


「それは無理ね。どうやら聖国の上層部が暗殺されたみたいなのよ。それも割と上位の役職、下手したら教皇を含む複数名」

「私が封国で仕事をしている間にそんな事が……しくじったなぁ」


 教皇の死体……どこの死体屋が手に入れたのだろうか?

 そしてその情報が帝国に漏れたのか。

 そんな高そうな情報を帝国に売ったのはどこの死体屋だろうか?

 ……しくじったなぁ。


「そうなると、緩衝区に住む人達は逃げ出し始めているでしょうね」


 帝国と聖国が互いに領土を主張する地域は緩衝区と呼ばれている。

 両国の軍が散発的に小競り合いを発生させる危険な地域だが、その結果獣が少ないと言う点では安全でもある。

 それ故に緩衝区に住み付く者達は少なくないが、獣よりも人間の方がよっぽど恐ろしい物だ。

 どちらかの国に付いたり中立の様な立ち位置に収まったり間諜の様な働きをしたりしているが、時折小競り合いに巻き込まれて集落ごと焼き払われたりしているし、規模が小さすぎると奇術師や死体屋に狩られる。


 無法地帯に近い様で曖昧な秩序に満ちていて意外と仕事しやすい地域だったのだが……本格的に戦争となると流石に立ち入る気はしない。

 それは王女も同じ様で、肩を竦める様に上下に揺れて溜息を吐いた。


「巡視隊程度ならなんとかなるけど、流石に有事の規模になると厳しいのよね」


 へぇ、なんとかなるんだ。


「だから、ちょっと遠いけど聖国の東側に行くわよ」

「東と言うと、自治領連の方ですか?」

「どちらかと言うと自称王国寄りね」


 この場合自称王国とは南の王国の事だ。

 南北の王国はどちらも自分が正統王国だと主張していて、相手の事は自称王国と呼んで軽蔑している。

 流石にそれだと分かり難いので公式の場では北の王国と南の王国に呼び分けているが、日常会話はこんな感じである。

 なので王国人相手の会話は面倒臭い。

 その人がどちらの王国人なのかを上手く聞き出さないと面倒な事になる。

 聞き出した所でこの有様だが。


「確かに今は――自称王国は音信不通ですしね。近くで何かしても大丈夫でしょうね」

「あの辺りに点在する集落は基本的に聖国の庇護下でしょう? だから帝国相手に神経尖らせている間はやりたい放題よ」


 聖国軍の哨戒が手薄になっていると言う事で自治領連が出張って来る可能性はあるが、あそこは図体がでかい上に頭が多いから動きが鈍い。

 あったとしても近隣の領主が単独で侵攻して来る程度だろう。

 仮に二つ三つの領主が連携していたとしても南の王国寄りの辺境なら精々数千人規模。

 王女の戦力は不透明だが、私個人でも逃げるか誤魔化すだけならやれなくはないだろう。


 ただ一つ、問題があるとしたら。


「でも、遠いのが難点ですかね?」


 聖国は広い。

 聖国内はそれなりに道が整備されているが、それでも反対側に向かうのであれば三日はかかる。

 それでも国の外を進む事に比べれば半分以下の時間だが。


「馬車を使えば半分以下で済むわ。馬も馬車も潰す勢いで使えば一日あれば足りるわね」

「私馬車を繰る技術なんて持っていませんよ?」

「馬の頭を弄れば事足りるから平気よ。丈夫な身体も欲しかったし丁度いいわ」


 私は哀れな御者が無事天国に召される様に心の中で祈った。


「なるべく綺麗に使って下さいね? 死体は貴重ですから」

「……今更だけど、貴方も大概ね?」

「いやぁそれ程でも……」

「褒めてないわよ?」


 死体屋は褒められた仕事では無い訳で、それこそ今更である。


「となると、明日は早起きして馬車と御者を探す訳ですか?」

「それはもう準備してあるわ。夜の内に草原の方へ動かしておくから、貴方は早起きして自分の足でそこまで歩くのよ」

「仕事の速い事で」


 この生首、眠る必要が無いのかも知れないな。


「むしろ、懸念すべきは自称王国の動向よね」


 南の王国は元から排他的な国だ。

 因みに、地理的な経緯から見れば正統王国は南側だ。

 但し、血筋と言う点では北側が正統な王国だが。

 個人的には血筋に執着するのが北側で、土地に執着するのが南側と考えている。


 だから南側の王国は森林に領土を侵食されながらも王都の位置を東寄りのまま動かさないし、北の王国は大国との物理的な距離を縮める為に王都を西の端に起こしている。

 北の王国は森林の浸食が激しい東側を放棄し続けていて、領土を西に広げる過程で帝国と聖国の両国と難しい外交を続けざるを得ない状況に陥った。

 打開策としてヒナガタを取り込もうとした様だが、結果的に取り込まれていたのは北の王国の方だった訳だ。

 一方で南の王国は王都を維持するために森林伐採を続け、得た木材を自治領連に売る事で経済的な自立性は高いが、農業と林業に人的資源を割かざるを得ずその結果軍事的には弱体化しつつある。

 それでも森林に呑まれるのは時間の問題だろう。


 南北王国のどちらが正しい政策なのかと言うとそれは難しい話だが、一つ言える事は南北の王国が領土を構える土地は国を維持するのに適さないと言う事だ。

 森林は近代的な国家を維持するには苛烈過ぎる存在なのだ。


「動向も何も、完全に国境が封鎖されている様ですからね。何か情報は集まりましたか?」

「残念ながら何も無いわね。戦争の噂が強すぎる事も原因でしょうけれど、この情報の無さから人も物も行き来が途絶えたままであると予想されるわね。ついでにその両方が影響して木材が不足している様ね」


 そう言えば、封国の復興が遅れているのも資材不足からだと聞いた。

 封国は伝統的に木造建築が盛んだから、花が散った時の混乱で焼失した建造物も多い。


 そうなると、帝国も木材の入手に苦慮しているだろうな。

 いや、北の王国が増産している可能性もあるか。

 王族を失ったとは言え貴族はそれなりに残っているだろうし、残った貴族は生き残りに必死だろう。

 ヒナガタと手を組んでいた分聖国との関係改善は難しいだろうし、実利を取る帝国にすり寄っていたとしてもおかしくない。

 問題は物理的な距離だが……そうなると時間がどこに味方をするのかが勝敗を分けそうだ。

 封国や自治領連も各々の思惑で動きだすだろうし、大きな戦乱の予感がする。


「死体屋にとっては特需になるかも知れませんね」


 人が死ぬ。

 とても沢山の人が死ぬ。

 稼ぎ時の予感に私は年甲斐も無くわくわくしてしまった。


「全く、これだから死体屋は……」


 王女が半眼で頭を振る様に揺れた。

 正直奇術師から人格を批判されたくはないが、世間から見たらどっちもどっちだと言う事は理解しているので口には出さない。

 私は比較的良識のある死体屋なのだ。


 王女は私から反論も肯定も無い事に溜息を吐きながら軽く降下し、待ち合わせの場所と時間を一方的に告げて聖国の夜空へと消えて行った。


 ここは聖国である。

 ただ浮いているだけでは獣と間違われて打ち落とされるだろうが、その辺りの心配はあの王女には不要だろう。


 私はやたら沈むベッドに身体を投げ出して、枕元のランプの灯を消した。

 暗闇の中で心地良い外からの風が興奮して火照った私の身体を冷やしてくれる。


 その夜私は死体が溢れる夢を見た。

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