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花が散った、その後に  作者: 魚の涙


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7 生きているから煩い

その花畑から、何が舞い上がりましたか?

 死体は死体のままでも十分商品となるのだが、商品となった死体が死体のまま使われる例は少ない。

 売られた死体は何某かの加工が施されて流通する訳だが、死体屋は基本的に死体の加工には手を出さない。

 だが、基本的な死体の加工方法は知っている。

 溢れる程の死体を手に入れた場合に、死体を無駄にしないためだ。


 死体から作られる基本的な製品は医療材だろう。

 輸血用の精製血となると作成も販売も面倒だが、絆創皮や肉軟膏は作成が容易でどこでも売れる。


 まあ、それもそれらの製品を買ってくれる人が居てこそだが。


「結構雑に加工出来る物なのね、死体って」


 生首王女がふよふよと宙を漂いながら、私の後ろから鍋の中を覗いていた。

 陶器製の大鍋は磨り潰された内蔵で満たされていた。

 これらはこの集落の住人の臓器では無く、二つ前に立ち寄った集落の住民の臓器を干した物を数工程の処理を経てから潰して得られた物である。


「専門的な用途になると色々と細かい製法があるんですけどね、大衆的な処理方法となると基本は干して潰してその後色々ですよ。まあ、ある程度地位のある人は使わないでしょうけど」


 粉にしたり、軟膏にしたり、薄くしたり、丸めたり。

 加熱したり、脱水したり、抽出したり、濃縮したり。


 獣の死体もあるので色々と作る事が出来るが、そこまでの手間は掛けられない。

 簡単に作れる物は一つ前の集落で金か物に変えたので、今作っているのは少しばかり手間と時間が掛かる物である。

 これは万能薬擬きと呼ばれる万能製品で、内蔵由来のあれやこれやが適度に幅広く含まれるとか何とか。

 高純度の抽出品に比べれば効能は遥かに劣るが、大体の症状に何と無く効果がある製品でもある。

 飲んで良し、塗って良し、貼って良し、嗅いで良し、と言う非常に便利な大衆薬だが、個人的に思い込みの効能も多いのではないかと思っている。

 その一方で多種多様な副作用が気紛れに現れるのは御愛嬌と言った所か。


「ああ、これが万能薬擬きなのね。内臓が原料だったのは初めて知ったけど」

「内蔵に限らず余った部位を適当に混ぜるんですよ。だから物によって成分はバラバラなんですけど、不思議な事に大体の症状に何かしらの効果が出るんですよね」


 今回は水に溶ける成分を液体の薬にしてそれ以外を丸薬にする。

 凝縮する方法も様々だが、私は面倒なので煮詰める。

 これをやると幾つもの成分が破壊されるらしいが、飲む奴にその違いが分かるとは思えないからだ。


「そこで燃やした骨は何の薬になるの?」

「あれは肥料とか何かの原料になります。素手で触ると危ないですよ」

「私、今手無いけど?」

「なら安心ですね」


 この集落には陶器を作る技能を持った人がいた様で、少し特殊な作りの竈があった。

 これで嵩張る骨を一気に減らす事が出来る。

 骨を長時間煮て作る製品もあるが、あれは面倒だからやりたくない。美容に効果があるとかで高価だけどね。


「獣の骨も一緒に燃やしていたみたいだけど?」

「燃やしてしまえば人も獣も同じらしいですよ?」

「獣の骨って種類によっては高値で取引があった気がするけど?」

「幅広く売れる品にしておきたいんですよ。今は仲買も買い手もごっそり散りましたからね」


 本当に、死体屋とは人に支えられて成り立つ職業だ。

 これを反省点として人が増えやすい世の中を作る様に何かするべきだろうか?

 気が付いたら小規模な集落がぽこぽこ増えている、そんな世の中が理想だ。

 死体の供給源と買い手は別で管理出来れば尚良いだろう。


 ああ、安定的に混沌とした世が訪れたらいいのに。


 私は溜息を呑み込んで大鍋を加熱していた炭を散らした。

 冷めたら完成だ。

 透明な上澄みは上級品で濁った澱は低級品として売れるが、成分的には差がない気がする。

 焼いた骨はまだ熱いから塞いだ窯の口を開くのは明日の朝だし、鍋に蓋をすればこの場で今行うべき処理はほぼ終了だ。


「今日はここで野営かしら?」

「そうですね」


 野営と言うが、一応ここは集落だ。人は私しかいないけれども。

 気が付けば辺りは薄暗い。

 ふと遠くを見れば日が地平線の向こうに沈みつつある。

 橙色の空が青味を帯びつつあり、それは私が作業に没頭していた時間の長さを示していた。

 ああ、今日も良く仕事をした。

 比較的良識のある死体屋としては王女の虐殺を許容すべきでは無いのかも知れないが、それはそれこれはこれである。

 自分を後に回してまで他人の事を慮る理由は無いのだから。


 明日は丸薬の万能薬擬きを作ってから出立だろうか。塩を混ぜれば量が増える上に日持ちする。

 骨を燃やした粉はその辺から拝借して来た革製の水袋に入れればいいだろう。


 ……ん? 何だあれは。

 夕日の中に形容し難い形状の何かがある。

 翼は無く、縦に長い。

 しかもちょっとずつ大きくなってくる。

 ちょっとずつ大きくなっている様に見えるが、実際は結構な速度で飛んでいる気がする。


「王女様、見た事無い獣が飛んで来るみたいですよ」

「ん?」


 駆除係に報告すると、轟音と共に何かが飛んで行った。

 何が飛んで行ったのかは分からないが、その軌跡に煙の様な靄が尾を引いていた。

 何を飛ばしたのかを知りたいが、耳が聞こえない今何を聞いても意味が無い。


 そして害獣らしき何かは王女の撃ち出した何かを迎撃した様だ。

 白い軌跡が明後日の方向に弾かれている。

 あれは害獣じゃない。


 王女の顔色を窺うと、険しい顔で飛来する何かを睨み付けていた。

 何かを呟いた様だが何も聞き取れない。

 何と無くだが分が悪そうだ。私はそう判断するのと同時に物陰に駆け込んで身を低く屈めて耳に指を入れた。


 轟音が三度連続して響いて、少しずつ戻り掛けていた私の聴覚は再び失われた。

 しかし今度は王女が何をしたのかが見えた。

 地面から拳よりも大きな石が浮き上がり、消えた。

 恐らくあの石を飛来する影に向けて撃ち込んだのだろう。

 それで何故あの様な轟音がするのかは分からない。

 死体はあれだけ静かだと言うのに、これだから生きている人間は……。


 私は奇術に詳しくないが、察するにこれは首を浮かしている奇術の応用なのだろう。

 首が浮くのだ。石くらい簡単に飛ぶだろう。


 さて投石の結果はと夕日の方角を見ると、先程の何かは予想より遥かに近くまで来ていた。

 撃ち落とせていないのは王女の表情から分かっていたが、ここまで接近されていたのは予想外だった。

 そんな事を考えている間に何かは王女の斜め上方にやって来てぴたりと静止した。


 何と言うか、何かは近寄って尚何かだった。

 腕が四本足は六本、長い尻尾が一本と目玉沢山。

 直立した様な姿勢で静止する何かの背中には腕の様な何かが付いていて、その先で何かが高速で回転している様だ。

 あれで宙に浮いているみたいだけど、仕組みは全く分からない。

 回転によって生み出さ続ける音と風が私を襲う。


 何かは大きく裂けた口を開いた。

 開いた口は普通の口に見えたし、声は取り敢えず普通の声に聞こえた。

 声が聞こえた事で私の耳が機能を取り戻した事が分かった。


「お前は花畑に由来する存在か?」


 何かは私の理解する言葉を扱う様だが、その口から発せられた言葉の意味は不明だ。


「答える義理は無いわね」


 そして王女はこの強そうな何かに何故強気で上から物を言えるのだろうか?

 王女だからか。

 取り敢えず私に今出来る事は手袋をして木槌を持ち息を潜める事だけだろう。


「少なくとも、花ではあるな」


 何かは王女の事を良く観察出来ていた様で、王女の正体は早々に見破られていた。

 何と無く、両者の間で何かしらの攻防が行われている事は分かる。

 王女の表情が焦りを含んだ歪みを見せ、何も無い空間から何かが軋む音が聞こえた。

 同時に両者の姿が掻き消え、王女のそれよりも随分と控え目な轟音と震動が白煙と共に発生した。

 馬車に積もうと避けて置いた小麦の袋が巻き込まれた様だ。


 もうもうと広がる白煙の中に何かの姿がある。

 片膝を着いた状態で一本の腕を地面に下ろしていて、その手と地面の間には王女らしき首があった。

 先程の控え目な轟音は何かの腕に捕まれた王女が地面に叩き付けられる音だった様だ。


 ……あの王女、私を残して逃げようとしたのではあるまいな?

 まあ、そんな事は今更どうでもいい事だろうけれども。

 今言える事は貴重な生きている花が散ったと言う事だ。


 そしてもう一つ重要なのは私がこの何かから逃げられるかどうかと言う事だが。


「さて、そこに居るお前は花畑に由来する存在か?」

「取り敢えず散ってないので花じゃないと思いますけどね?」


 回転していた何かが徐々にその回転数を下げて行き、徐々に騒音が収まって行く。

 背中に生えた腕の先に板状の何かが三枚付いていて、それが回転していた様だ。


 じゅうと肉が焼ける様な音がした。

 音の先に視線を向けると、王女の首が黄緑色になってどろどろと溶けていた。

 何かは手から胃液の様な液体を分泌出来る様だ。

 胃袋を捌いた時のあの独特な匂いに近いが、その数倍強烈な匂いが周囲に漂った。


 これ、木槌でどうにかなる相手じゃないよね。

 私は役に立たなそうな木槌を投げ捨てて全身で無抵抗感を示してみた。


 木槌が窯の口を塞いだ泥と粘土板を砕いて、予定よりも一晩早く窯が開いた。


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