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花が散った、その後に  作者: 魚の涙


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8 薬効

その花畑からは、何が作られますか?

 花と共に行動していた女は見た所、人間である様だ。

 この女も殺してしまうのが手っ取り早く安全な選択肢なのだろう。


 それでも一応話くらいは聞いてやろうと、女に視線の半分を向ける。

 若い女だ。体格はそれなりにしっかりしている。

 鍛えている感じでは無い。必要に応じて筋肉が付いた、そんな感じの身体だ。

 骨格はしっかりしている様に見受けられる。

 肌の状態はそこそこ。但し不健康な感じはしない。

 乾燥している赤い短髪は砂埃に塗れていて、その質感は日頃あまり手入れされていない事を伺わせる。


 視線は鋭いが、敵意は感じられない。

 私にそれ程興味が無い様にも見受けられる。

 私の様な人体改造主義者に対して、忌避が混ざらない視線を向ける者は珍しい。

 その様な視線を向けて来るのは封国の議会構成員くらいだが、この女はその手の人種には見えない。

 まあ、職業と言う点であれば一目で分かる。


「死体屋か」

「見て分かると思いますが、一応公認死体屋ですよ?」


 妙に自然体の女だ。

 普通目の前で暴力が振るわれれば怯えるまでしなくとも警戒はしてもいい筈だ。

 視線の一つを女が放棄した木槌に向ける。

 細工の細かい木槌。あれは間違い無く封国製の木槌だ。

 表面に非常に細かい文字がびっしりと刻まれていて、あれを提示するだけで帝国にも聖国にも簡易審査のみで入国する事が可能な代物だ。

 木材もただの木では無い。高温高圧高湿の特殊炉で圧縮された重剛材木は金属並みの硬度を誇る。

 あれを持つ事が出来ると言う事は、この死体屋は常識をそれなりに理解していると言う事だろう。


「公認の死体屋が花を連れて集落を襲撃とな?」

「まあ、色々と成り行きでしてね」


 若干の殺気を込めた私の質問に女は顔色一つ変えずにそう答えて見せた。

 鈍いのか肝が据わっているのかは分からないが、死体屋らしいと言えば死体屋らしい言動ではある。


「まあ、態々人を襲ったりはしませんよ。生きている人は皆製品であり顧客でもありますからね」


 そう言って女は肩を竦めて薄く笑った。

 随分と印象の悪い笑い方だが、これは愛想笑いの積りなのだろう。

 爽やかに笑う死体屋がいたらそれはそれで不気味だ。


「一応カミノクラ=アズキと名乗っていましたよ? その花」


 今は液状ですけどねと、女は肩を竦めて見せた。

 ひょう、と風が吹く。

 立ち込めていた粉の一部が風に吹かれて流されて行く。


「本物か?」

「さあ?」


 カミノクラ=アズキと言えば奇術師の間では有名な王女だ。

 奇術師王女、或いは三流以下の模倣。

 金と権力を駆使して数々の奇術師と面会し、その奇術を模倣する王女。

 それは風色の逃げ森に似た切り口だが、やっている事は雲泥の差がある。


「一つ聞いてもいいですか?」

「なんだ?」


 女はどこまでも自然体で私にそんな断りを入れて来た。

 一応先を促すと、女はなんともずれた事を聞いて来た。


「人の目を見て話すってのは常識らしいんですけど、貴方の目ってどれを見るのが正解?」


 取り敢えず今そんな事を聞くのは常識外れだと教えてやるべきか。

 或いはこれは私の隙を伺うための探りを入れているのか。

 私の目には死角を隠すための偽物が混ざっていると考えているのかも知れない。

 いずれにしても殺すと言う選択肢が無難なのかも知れないな。

 今は無駄な時間を割いている余裕が無い。


「好きな目を見れば良い。全て見えている」


 私がそう答えると、女は支脚に設置された目を見詰めて来た。

 何故その目を選択したのだろうか?

 支脚に注意を向けている間に尾で首を刎ねるか?


「一応言っておきますけど、そこの竈の中身は目に入ると危険ですから気を付けて下さいね」


 そう言って、木槌が穴を開けた竈を指差した。

 中は見えないが、恐らく何かを焼いていたのだろう。高温の匂いがその竈から漂って来る。


「中身は何だ?」

「焼いた骨ですよ」

「成程、肥料か」


 熱骨粉は一般的な肥料の原料だ。森林の苗を育てる時にも使用する。

 あの花畑への対抗策の関係で、やたら植物に詳しくなってしまった。

 人体改造主義者としてそれはどうなのかとも思うが。


「買います?」

「全て買おう」


 今更肥料を用意しても無駄かもしれないが、無いよりはマシだろう。


「いやあ、最初に見た時は何かと思いましたけど、貴方良い御客様だったんですねえ」


 女は木槌を拾い上げて、竈の入口を割り広げながらそんな事を言った。

 私はまだその処遇をどうするか決めていないのに、楽天的な女だ。

 そんな事を考えながら適当に相槌を打つと、女は意味有り気な視線を私に向けて来た。

 その先はやはり支脚の目だ。


「良い御客様ならまあ、先に言っておきますかね? それ、私のせいじゃないですからね?」


 女の言葉が何を意味するかが分からず、足元を見る。

 どろどろに溶けた花が陽光を反射して妙に眩しい。


 眩しい?


「私はそれ、穀物の粉だと思ってたんですよ。だから重たい袋を態々そこに集めておいた」


 女が言っているのは花との戦闘中に巻き込んだ袋の事だろうか?

 その女の姿が後光を背負っている。

 いや違う、全ての目が調光機能に異常をきたしている。

 離れた上空からここを監視している目は正常だ。

 と言う事はこの身体の不具合か? 確かに発声機能に若干の不備が見受けられたが。


 そんな事を考えていると、上空からの視界で基底体が倒れた。

 恐らく視界の同調に若干の、しかし明確な時間差が生じている。

 何故なら基底体は一秒前に倒れているからだ。


「多分この集落、何か違法な薬物売って生計立ててたんですよ。どこもかしこも困窮している昨今にしては比較的余裕がありましたから」


 女の声が煩い。違う、基底体の耳が過敏になっている。

 心拍数が異常だ。調整を掛けてみるが、正常な領域まで下がり切らない。

 薬物? 確かにこの手の興奮剤は種類が多く至る所で密造される。

 少量であれば良い効果を生む場合もある。


 理解した。

 確かにこれは私のせいだ。

 女が何か企んでいたとしても、これは私の失策だ。


 自分の不注意で死ぬ事を、他人の責任にする事は出来ない。

 しかし今は不味い。

 基底体が破壊されてしまったら、この大陸は花に塗れる。


 基底体を強引に動かす。

 全ての不随意機能を終了させ、他の身体に割いていた意識を最低限まで下げる。

 そうすれば物理的に破壊されない限り基底体を動かす事は可能だ。

 但し、その運動能力は大きく低下するし、追加した器官はほぼ動かない。


 そうしてゆっくりと立ち上がる。

 女はそんな私を見ても顔色一つ変えはしなかった。


「黒目の大きさが死体並みなので結構致命傷っぽいですけど、流石は人間離れした身体してるだけは有りますね」


 当たり前だ。この身体の設計にどれだけの資材と労力を費やしたと思っている。

 確かに人体である以上薬物と毒物には弱いが、その耐久度は普通の人間とは一線を画す。

 万全な状態であれば女一人殺す事は造作無い。


 しかし、その力関係は今逆転しつつある。

 槌は厄介な武器だ。刃物と違い強化した肌でもその威力を完全に止められない。

 関節か頭部に打撃を受ければ、今の状態では更なる機能の低下は避けられない。


「貴方は御客様なので、骨粉の他に薬と恩を売り付けておきましょうか」


 女は私の後ろを指差した。

 そこには蓋のされた鍋が置いてある。


「万能薬擬きって、要は凝縮された人体だと思うんですよね。足りない物は取り込んで、過剰な物は排泄されて、上手く排泄されなくて溜まっちゃうと副作用」


 万能薬擬き。

 非常に原始的で不確定で、しかしある種理に適ったあの薬か。

 実際の効能は崩れた身体の均衡を取り戻す事。副作用は身体の均衡が崩れる事。


「まあ、あれです。万能約擬きと骨の粉の代金は私の命と、余った分は貸し一つって事で」


 女は最後の最後まで自然体のままで、私の前から逃げ出した。

 留めてある馬車へと、何の気負いも無く歩いて行く。


 逃がす訳にはいかない。

 あの女は花畑に汚染されている可能性がある。

 今の世の中で、花と行動を共にする等狂人の思考だ。


 まあ、あれが狂人である可能性は十分に高いのだが。


 しかし今は先に成す事がある。

 私は基底体を強引に動かして、蓋のされた鍋へと近寄った。


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