04 メイ・ペリドッド 定期巡回③
「あら~ん♡可愛い男の子じゃな~い。ナナコよぉ~~よろしくねぇ~~」
「俺……今度からこの教会へ通います!」
お尻をクネクネさせつつ男の子の頬をスリスリする女性はこの教会の修道女に見えない兎耳族のナナコ。ちょっと男の子には刺激が強かったらしく、一瞬で籠絡される男の子――ジャン。
やっぱり男って生き物は大人も子供も単純ね。スリはしても、せめて純粋な子供であって欲しかったわね。まぁ、そんな事を求めても何も始まらないのだけれど。
「ナナコ、無事に回復したようでよかったわ」
「あら~ん♡メイ様ぁ~心配してくれたのね、ありがとう」
どうやら迷宮での戦闘で傷を負ったナナコも一命を取り留め、無事に回復したらしい。
胸元を強調した修道服に短めのスカート。網タイツを履いた褐色肌の兎耳族は、全く修道女には見えない訳だが、彼女はこの教会でも有能な回復士らしく、この教会へ訪れる水瓶座の加護――クレイ・アクエリアスのパーティとしてアルシューンの迷宮探索へ同行したメンバーの一人でもあるのだ。
「な、なんだよ、この痴女バニーと知り合いかよメイ」
「あら、呼び捨てにしていいとはひと言も言ってないわよ、メイ姉さんと呼びなさい」
頬をスリスリされた状態で私の名前を呼び捨てにするジャンへ笑いかける私。彼のゴクリと唾を飲む音が確かに聞こえた。
「駄目よ♡メイ様は最強なんだから。メイ様と呼ばないと」
「わ、分かりましたメイ様」
「ちょっとナナコ、子供に余計な事を吹き込まないで貰えるかしら?」
ラピス教会の庭にて、私がそんなやり取りをしていると、昼のお祈りを終えたシスターセピアと、シスタージスが教会の扉を開け、こちらへやって来る。ひと足早く向かっていた私の黒猫も一緒だ。
「メイさん、いらっしゃいませ。あら、その子は?」
「この子はジャンよ。どうやらスラムの子らしいの。この教会で受け容れて貰えないかと思って連れて来たの」
私の発言に、顔を見合わせるセピアとジス。セピアの表情が一瞬曇ったような気がした。
「分かりました。中へお入り下さい。さぁ、ジャン君。こっちへいらっしゃい。教会のお友達を紹介するわ」
セピアが笑顔でジャンを促し、ナナコへ連れられ教会の中へと入っていく。私が後へ続こうとすると、シスタージスこと、水瓶座の加護――アメジストが私の横へやって来て、耳元で囁いた。
「あら、メイちゃんは私に用事があるんでしょう? そこの黒猫から聞いたわよ? 宿泊棟奥の談話室をひとつ用意してあるわ。そこでお話しましょう」
アメジスト色の双眸を細め、口元を緩める彼女。どうやら敵意はないらしい。彼女に促されるまま、私とトルマリンは礼拝堂と別棟にある宿泊棟へと向かう。天井の高い、簡素な木造の建物。正面階段の踊り場に飾られたステンドグラスは、神聖な雰囲気を醸し出している。一階奥の談話室へ入ると、女性のようなサラサラした蒼い髪を靡かせた青年が、私達を出迎える。
「やぁメイちゃん。待ってたよ。迷宮攻略に、エルフの国での悪意撃破。大活躍だったね!」
「勝手にちゃん付けしないでくれるかしら、クレイ?」
水瓶座の加護――クレイ・アクエリアス。自由奔放に生きているかのように見える彼も、どうやら守護者アメジストと共にラピス教会と密接に絡んでおり、教会からの裏方仕事を熟す役目を果たしているらしい。
「で、メイ。今日は何の用事かな? デートの誘いならいつでもオーケーだよ」
「貴方に用があって来た訳ではないわ。用事があるのはそこの守護者ね」
部屋の扉を閉めたアメジストが肩を竦める。シスターのヴェールを取り、束ねていた紫髪を振り解く彼女。妖しく煌めく長い髪が彼女の腰へとかかる。
「心配なら解析しても構わないけど、此処に監視の目はないわ。安心して話してちょうだい」
「そう、なら、単刀直入に聞くわ。アメジスト、貴女、何者?」
「ふふっ、メイちゃん。私とオパールは無関係よ? 今は何の繋がりも持っていないわ」
まるで、吸い込まれてしまうかのように透き通った紫色の瞳の奥、私はライトグリーンの双眸で彼女の真意を探る。どうやら嘘はついていないらしいけれど……。
「今は?」
彼女の言葉が引っ掛かり、私が聞き返す。
「その質問には我が答えよう」
それまで静観していた黒猫が私の横で道化師姿となり、帽子の鍔へ片手を添える。アメジストが一瞬、口元を緩め、ふっと嘆息を漏らした。
「あら、トルマリンちゃん。まだ彼女に私の正体、話してなかったの?」
「戦いに余計な情報は、返って疑念を生むからな。お前の正体を明かしていたなら、そこに居るクレイ・アクエリアスと、迷宮での共闘はなかった筈だろう?」
全てを見透かすかのように淡々と語るトルマリンに、クレイが口笛を吹いて舌を巻く。
「へぇー、やっぱり天秤座の守護者さんは優秀だね! アメジストも彼を見習いなよ」
「それは御免だわ。聡明に見えてあれはただのエロ猫よ」
アメジストにもエロ猫呼ばわりされるトルマリン。彼のエロ猫事情は守護者界の常識という訳ね。
「トリマリン、迷宮攻略も終わった事だし、クレイと共闘する事もないでしょうから、教えて頂戴」
「その言い草酷いなぁーメイ!」
口を尖らせ反論するクレイを尻目に私はトルマリンへ身体を向ける。
「天秤座の守護者である我が死神で、蠍座の守護者――オパールが邪神である事は伝えたな」
「ええ」
「オパールが住む魔族の国、ルーインフォールトにはな、かつて五魔星と呼ばれる最強と謳われた五名の上級悪魔が居たのだよ」
「それって……」
『もう昔の事よ……』とアメジストが呟いている。トルマリンは続ける。
「強欲の悪魔――グリード、悪意の神官――クロシュ、かつて魔との戦いで消滅した地獄の使者ヴォーグ、蠍座の加護である獄氷の蒼蠍――ルルーシュ。そして……」
道化師の視線を受け、彼女はシスター姿より、本来の上級悪魔姿へと変貌する。紫髪から蠢く白銀蛇。爬虫類の巨大な尾で直立する彼女は、黒い布で果実のみを覆った褐色肌の艶めかしい姿で一礼する。
「ルーインフォールト国、元五魔星――水瓶座の守護者アメジスト。かつての通り名は蠱惑の妖魔よ。よろしくね、メイちゃん」
この時私は既に、自然と漆黒の鎌を顕現させていた。
「あら~、どうする気? 此処であなたと私が本気で戦ったなら、ラピス教会が一つ吹き飛んじゃうわよ?」
「教会ひとつでこの国が救われるのなら、安いものよ」
愉悦を含んだ表情のアメジスト。双眸を細め、私は審判を下す鎌の刃先を彼女へと向ける。そんな私の様子を気に留める事なく彼女は私に微笑んだ。
「ふふふ、メイちゃんらしいわね」
「勝手に私をちゃん付けしないでくれる?」
交錯する視線。一触即発の状況下に於いて、背後から私へ向けられた指先があった。
「メイ、アメジストはかつて五魔星であったとしても、今オパールやルルーシュとは無関係だ。その鎌を下ろしてくれ」
水瓶座の加護――クレイ・アクエリアスが、銃を構えるかのように水による弾丸を放つべく、私へ指先を向けていた。




