03 メイ・ペリドッド 定期巡回②
「妖狐トノデートハ有意義ダッタヨウダナ、メイ」
「ええ、勿論よ。ガトーショコラも美味しかったし、サンストーンは可愛いし耳も尻尾もモフモフで、思わず抱き締めたくなる気持ちを抑える事が大変だったわ」
私の定期報告を聞きつつ、石畳の道をトテトテ歩く黒猫。満足そうに語る私へ一瞬視線を送る彼は……。
「ソウカ、ソレダケカ?」
とひと言。
「あ、あと、今度タピオカドリンクの試飲会へ参加する事になったわ、トルマリン」
そう付け加える私へ肩を竦める私の守護者。
「嗚呼、ソレハ結構ナコトダナ」
「そういうリアクションが返ってくると思っていたわ」
まぁ、トルマリンがどんな答えを求めているのかはすぐに分かった訳だけど、普通に答えるだけでは面白くないものね。興味を無くしたのか黒猫は地面を跳ね、私の肩に乗る。
「マァイイ。何カアッタラ我ガオ前ヲ守ル事ニハ変ワリナイ」
「この間みたいな不意打ちは二度と御免被るわよ、エロ猫?」
エルフの国、エレメンティーナで悪意の根源である蠍座の加護者、ルルーシュと対峙した際、追い込まれた私の潜在能力を引き出すという理由でこのエロ猫は、道化師姿で私の唇を奪ったのだ。
ファーストキスがどうなんて今更言うほど乙女ではないけれど、それでもあの不意打ちは……これ以上思い出すと顔が熱くなってしまうから、記憶から抹消してしまいましょう。
「何ナラ、今夜ニデモアノシーンヲ再現シテモイイノダゾ?」
「また吹き飛ばされたいの? このエロ猫」
いつものエロ猫との日常会話に付き合ってあげていると、通りの路地裏から小さな男の子が飛び出して来た。
「窃盗だ! 捕まえろ!」
奥から白いコックの格好をした男が追い掛けて来る。私の横を通過しようとした男の子の腕を捕まえると、彼は転びそうになり、腕に抱えていたパンが地面へと転がっていく。
「離せ! 離せよ!」
「ちょっと黙ってなさい」
必死に抵抗し、振り解こうとする男の子の腕を捕まえて離さない私。そこへ男が追いつき、笑顔で私へ話しかける。
「へっ、餓鬼の癖にパン盗みやがって。お嬢ちゃん、捕まえてくれてありがとな。警備隊へ突き出すからその子をこっちへ……え?」
「このパンは私が頼んだパンよ。今回はこれで勘弁してくれるかしら?」
ラピス銀貨を二枚渡す私。転がった六個のパンは恐らく一個銅貨ニ枚相当。目を丸くする男の子と店主。やがて、店主は私の気持ちを汲んだのか、溜息を漏らしつつ答えた。
「餓鬼、今回はこのお嬢ちゃんの善意に命拾いしたな。次はないから、もうつまらない窃盗なんて止めろよ? じゃあな」
「あら、銀貨は要らないの?」
銀貨を受け取らず立ち去ろうとする店主の背中へ声をかける私。
「嗚呼、その餓鬼にでも渡してやりな」
「じゃあ今度あなたのお店へ行く事にするわ」
「そうしてくれ、この通りを真っ直ぐ行って、三つ目の路地を右へ曲がって暫く行った先だ。その黒猫みたいな猫の看板が目印だから、すぐわかるぜ」
「わかったわ」
店主は背中を向けたまま左手をあげ、そのまま立ち去っていく。逃げる素振りを止めた男の子の手を放してあげると、男の子は視線を反らしつつ、小声で呟いた。
「か、感謝なんかしてないぞ……ど、どうして助けたんだよ……」
「べつに助けてなんかいないわよ? こんな事をしても、あなたはまた窃盗をするでしょう?」
私の解答へ再び男の子が目を丸くする。使い古したボロボロの服を見たなら分かる。この子はスラム街出身の子だ。この国の根本を変えなければ、この子はきっと繰り返す。
「なっ!? そんなこと言うなら、情けなんかかけるなよ!」
「盗んだパンの数からして、あなたは一人ではない。あなたが捕まったなら、妹や弟達が困る。でも盗みはよくないわね。ちゃんと稼いだお金でモノは買わないといけないわ」
一瞬ライトグリーンの双眸を光らせ、男の子の両肩へ手を置き、彼を見つめる私。解析して分かったが、予想通り、どうやら彼には五人の幼い妹や弟が居るらしい。私に見つめられた事が恥ずかしかったのか、頬を赤らめる男の子。
「ど、どうしてそんな事が分かるんだよ、姉ちゃん、魔術師か何かか?」
「まぁ、そんなところね、ねぇ、君。私とこの黒猫は、この後ラピス教会へ用事があるんだけど、一緒に来ない?」
私の誘いに大きく首を振る男の子。
「教会なんて行かない……あいつら俺たちスラムの住民を放置して、一般市民や貴族にしか優しくないから嫌いだ!」
「確かに今のラピス教会に、スラム街の人々全員を受け容れる力はないわね。ただし、救いを求める子供達には優しいところもあるわよ。騙されたと思ってついて来るといい」
そう言うと私は男の子の両脇を抱え、黒猫が乗っていた右肩へと乗せる。黒猫が慌てて私の肩から飛び降り、顔を真っ赤にしつつじたばたする男の子。
「降ろせ! 降ろせよ!」
「こうでもしないとあなたは教会へついて来ないでしょ?」
男の子を抱えたまま、ラピス教会セントレア支部へと向かう私。事実、私とトルマリンはラピス教会へ向かっていたため、ちょうどよかったとも言えるわね。
(コノ餓鬼、我ノ特等席ヲ……)
(何? 嫉妬してるの、黒猫さん?)
意思伝達で脳内へ響くトルマリンの声。意思伝達で訴えかけるほど、どうやら彼は私の右肩が気に入っているらしい。
(モウイイ……先ニ行ッテルゾ)
そう言うと拗ねた黒猫はひと足先にラピス教会へと向かって行った。
「で、君、名前は?」
「ジャンだよジャン……もう分かったから降ろしてくれよ。教会には行くから……」
抵抗する事を諦めたのか、頬を膨らませた状態で私へ自身の名を告げる男の子。
「私はメイよ。メイ・ペリドッド。此処で逃げたら大変な事になるわよ?」
「大変な事って……な、なんだよ……姉ちゃん怖ぇーな……魔女かよ」
魔女は正解ね。そう思いつつ私は男の子――ジャンをそっと降ろす。
仮にラピス教会がこの子を受け容れたとしても、スラムの現状が変わる訳ではない。むしろ、この残酷な世界で情けをかける事はかえって悲劇を生む事すらある。それは生前私が居た世界でも同じだった。そんな事は最初から分かっている事。
――それでも私は信念の下、行動するのみ。
それでいいんでしょう? トルマリン。




