6 転生先は貴族の三男だそうです
僕がロ文字の勉強のために使っている本は、前世でも見たことのないようなとても大きい本だ。
タイトルは、
「魔物大全集 〜王国暦380年版〜」(出版 エリアス王家)
である。ツッコミどころ満載である。
……絵本の次の教材が何で図鑑なんだよ。
クヌギに聞いてみたところ、どうやらこの世界、紙の流通はあるものの印刷技術が発展していないようだ。
現に文字の練習の為の紙とペンは用意されてるのに、家にある紙媒体は、僕が読破した絵本とこの図鑑、ハ文字(ロ文字より覚えるのが難しいらしい)を含む魔法書と父さんの仕事書類だけらしい。
…確かにこの図鑑も今までの絵本も版で押された文字って感じじゃないな。え、てことはこれ全部手書きなの? この量で?
「そうですねえ。この仕事のせいで王城の優秀な文官と絵描きが潰れてしまう、というのは割と有名なお話ですよ」
マジか……この世界にもブラックな職場ってあるんだな。
少しブルーな心持ちで、1ページいっぱいに描かれた魔物の絵を見る。
……魔物って何だよ。新しいファンタジー要素来ちゃったよ。
またまたクヌギに聞いてみたところ、この世界では、生物を四つの枠組みで分類しているらしい。
植物、動物、魔物、そして人間だ。
植物は、自主的な生命活動を行わないもの。
そして自主的な生命活動を行うものの内、知性を持ち言葉を話すものを人間、体内に魔石を持ち一般に気性が荒く攻撃的なものを魔物、それ以外を動物とするそうだ。
魔物は動物に比べて繁殖能力が高い他、特定の場所「ダンジョン」で無制限に湧き出て来るらしく、また魔石は魔法の触媒として使われるため、この魔物狩りは一つの産業として成立しているとのことだ。その従事人数は農業人口に匹敵する程だという。
人は彼らを「冒険者」と呼ぶ。
「冒険者は冒険者ギルドに所属していて、自分のランクを上げるために魔物を狩るって感じですね。一番上の金ランクはギルドのトップであるギルドマスターにのみ与えられるんですが、これを持つ人は子爵位相当の名誉貴族位を持っている、と見なされるんです。建前としては緊急時に冒険者をまとめ上げて一つの軍として編成するため、という事らしいです」
「待って待って。分かんない単語がまた出てきた。ししゃくいそうとうって何?」
「ええっと、まずこの国の偉い人達の事を貴族と言って、それ以外の人達の事を平民と言うんです。平民の上に貴族がいる、という感じなんですが分かりますか?」
ふむふむ、おそらく身分制度の話か。貴族に平民ね、分かる分かる。
「この貴族の中でも上と下の関係が…そうランクです。貴族にもランクが五つありまして、子爵は下から二番目のランクなんです。相当というのは、同じくらいという意味です」
ふむふむ、五つの貴族位か。あれだ、公侯伯子男ってやつだな。日本史でハム侯伯子男って覚えたやつね、分かる分かる。
「旦那様の二つ下のランクってことですね」
ふむふむ、父さんは侯爵って事ね、分かる分か……えっ?
「父さんって貴族なの? しかも上から二番目に偉いの?」
「ええ、そうですよ。旦那様はここシルフォード領を治める侯爵様です。この家みたいに使用人を雇えるのは王家と貴族、あとは裕福な商人くらいなんですよ」
なんと、僕の転生先が貴族である事が判明した。
父さん、昼間も出かけずに部屋にこもっていたけど、なるほど、貴族は仕事場が自宅なのか。良かった、ニートじゃなかったか。
シルフォード侯爵家は、ここエリアス王国が成立した王国暦元年から王家に仕え続ける四侯爵家の内の一つだそうだ。
父さん、クシル・フォン・シルフォードはその第52代目の当主で、18歳の時に若くして亡き先代の後を継ぎ、貴族の癖に妻を同じ歳の母さん一人しか持たない事で有名なんだとか。
……18って転生前の僕と二つしか違わないじゃん。しかもさらっと言われたけど一夫多妻制なのか、この国は。
父さんの名前に含まれる「フォン」は貴族家の当主である事を示していて、母さんはセリーナ・シルフォードというらしい。
「じゃあ、僕の名前はラン・シルフォードなんだね」
「いえ、その、ラン様は少々事情がありまして。奥様の元々の姓からラン・アザレアとなっております」
「……なんで?」
「ええっと、そのですね……」
と、クヌギが非常に言いづらそうに説明してくれたところ、無用な家督争いを起こさない為だそうだ。
すでにシルフォード家ではコルン・シルフォード(僕の上の兄)を嫡子、つまり次期当主とする事を決定している。
また万が一の事態(コルン兄さんの突然死など)に備えてミリド(下の兄)にも第二候補としてシルフォード姓を与えている。
クルミ姉さんも嫁入りの際に後ろ盾がいるだろう、とのことでシルフォードを名乗ってはいるものの、結婚後は相手方の姓に合わせる。
そして僕はアザレアを名乗る事でシルフォード家の跡目争いから完全に切り離す、ということのようだ。
「奥様のご実家のアザレア子爵家は、奥様の弟様がご当主をやっているのですが、独身主義……えっと、ずっと結婚しない事です、を掲げてまして。もう一人いる弟様はいわゆるダメ人間との評価でして、今の代で取り潰し……貴族家じゃなくなる事です、の予定だったんですが、そこにラン様が生まれたので……」
「一応跡継ぎ候補にあがったと……なるほどねー」
そして、子爵家の当主に相応しいようにしっかり英才教育はしようと決めていたにも関わらず、僕がとんでもない才能を秘めている事が判明し、少し軌道修正が入ったのが現状って事か。
「学園の官僚科で優秀な成績を収めた人は、王家に雇われて国政に携わるそうですよ。ですのでお勉強、頑張りましょうね」
そう言われてロ文字の勉強を始めた僕だけど、心が浮き足立ってなかなか集中出来なかった。
貴族の家に生まれたのに、家の名前を名乗れないのって割とマイナスなイメージがあるけど、どうやら僕の場合は少し違うようだ。
つまり僕は……期待されてるんだ。
この子は子爵家の当主に収まる子じゃない、もっと上を目指せると。
あの時母さんは実家の未来よりも僕の将来を優先してくれたんだ。父さんもそれに頷いてくれた。
……やってやろうじゃないか。
せっかく異世界転生したんだ。16年のアドバンテージだってある。応えてやるよ、その期待。
首席入学だろうが何だろうがやってやる!




