25 王都に僕が来た日
「これとこれが、証明書関係。僕達、シルフォード領から来たんだけど、フェザードラゴンが王都入りした事はちゃんと馬で知らせてあげてね」
「はい、確認しました。ようこそ、王都へ」
出発から数えてちょうど一週間の今日、退屈だった長旅がようやく終わりを迎えた。
いやー、父さんの課題通りに休みなく来たから、流石に体中が痛いね。でもまあ楽しかったし、こういう旅も悪くないかも。
僕達の馬車が王都入りした東門。以前来た時も商人や冒険者で賑わっていたが、今回は子供が多い。
僕と同じ新入生なのだろうが、ほぼ全員顔が青くなっている。サスペンションのついていない馬車は、やっぱり酔いやすいようだ。
とはいえ、他と比べて服装が整っている子供は別に平気そうだ。普段から馬車を使う商人や貴族の子供なんだろう。
その内の一人、小太り体型の金髪少年が、馬車を降りて背を伸ばしていた僕に話しかけてきた。
「おい貴様。貴様がキノノメ男爵家の嫡子とやらで合っているか?」
「へっ? いや、違いますけど」
無駄に偉そうな口調で話しかけてきたから、つい敬語で返してしまった。
「何? 貴族でもないのにメイドを連れまわしている……どこぞの商会の跡取りというところか」
違います。シルフォード侯爵家の三男です。
話しぶりからしてこいつは子爵以上の貴族なんだろうか。やっべ、公爵家の3人しか父さんに教わってないから、どこの家なのか全く分からないぞ。
しかしまあ、随分と偉そうに喋るやつだな。僕の周りにはあんまりいなかったからちょっと新鮮だ。
ベクトルは少し違うが、ウザい点ではあの間延び口調の山賊と同じくらいかもしれない。そうか、貴族ってこういうのもいるんだな。
「ちょうどいい。俺の世話役に空きができてしまってな。そこのメイドを買ってやろうじゃないか」
…………ふーん? 僕のクヌギに手を出そうとするとはいい度胸だな、このブタ野郎。
「いや〜、こういう発言をしちゃってる所がもう残念だよね。生まれが知れるっていうか……ブタ小屋で育ったのかな?」
「な……貴様! タール伯爵家の嫡男であるこの俺にそんな口をきいていいと思ってるのか! 不敬罪で殺してやってもいいんだぞ!!」
「いつの話をしてるんだよ。先王の時の法改正で、不敬罪の最高刑は死刑じゃなくなったの知らないの? そもそも僕は平民じゃないぞ」
「そんな訳あるか! 今年、東から来る貴族は俺とキノノメ男爵家だけだぞ! 貴族だというなら名を名乗ってみろ!!」
「ラン・アザレアだけど?」
何言ってんだこいつ。僕だって今年の新入生なんだが?
「……アザレアだと? アザレア子爵に跡継ぎはいないはず……そうか。貴様、あのニート野郎の息子か」
ニート? 父さんをニート呼ばわりとは……違うな。こいつ、何か勘違いしてやがる。
……官僚科に入った僕の事を知らないのか。
「ふん、当主のお情けで子爵扱いされてるくせに。そもそも伯爵の俺より下じゃないか、あっはっは! 今すぐ土下座して謝れば、許してやらない事もないぞ?」
「……ほう? 伯爵の嫡男風情が侯爵家の人間に命令するとは、いい度胸じゃねえか」
横から入ってきた懐かしい声に、2人して顔を向ける。
赤毛混じりの茶髪に、人前で帯剣しながらも違和感の無い堂々とした態度。以前見た時よりも身長が数段伸びたミリド兄さんがそこにいた。
勘違い野郎が顔を真っ青にして呟く。
「ミ、ミリド・シルフォードがなぜここに……」
「様か殿をつけろ、青二才。派閥が気になるんなら、言動に注意するこった」
「し、失礼しました、ミリド殿」
先程までの高圧的な態度から一転。タール家の嫡男は、獣に狙われた家畜のように、丸い体を縮めていた。
「兄さん、迎えに来てくれたの?」
「ああ、別に俺は必要ねえと思ったんだが、姉貴がうるさくてな。ムカついたついでに、委員会の仕事押し付けてやったぜ……おい、お前」
「は、はい。なんでしょうか」
「ランは姓を名乗ってねえだけで、シルフォード家の三男だ。将来どうなるかは分からんが、今んとこお前よりも身分は上で、なにより俺の弟だしな。そこんとこよく考えて付き合えよ?」
「はい……ラン殿、済まなかった。侯爵家から新入生が来るとは聞いていなかったんだ」
「うーん、許してもいいんだけどなあ……平民の扱いがちょっと気になるよね」
そもそもメイドを連れまわせる商人は結構裕福なはずだ。タール伯爵家がそれを買い取れる程財産に余裕があるとは聞いていないし、買い叩くつもりだったんだろう。さっきの死刑の発言もある。
「僕は官僚科に入るんだけど、他の同級生は平民なんだよね、多分。友達も出来るだろうし、身分を重視するのは分かるんだけど、不敬罪云々を持ち出されると僕の機嫌が悪くなっちゃうかなあって」
表情の変化はないが、不満を持っている事は分かる。
……うーん、この発言にアレを感じるって事はだいぶ重症だなあ。こういうのばっかりだとしたら、これから貴族と接する時は注意が必要かも。心底、官僚科で良かったと思うよ。
「……分かった。肝に銘じておくとしよう」
「うん、じゃあいいよ……兄さん、行こうか」
「おう」
一緒にバスに乗って、市街へ向けて出発する。終始、彼からはアレが感じられて居心地が悪かった。
国内で面積が最も大きい街であるにも関わらず、王都の人口密度は他よりも多いと言われている。実際、馬車が通れる道が確保されているのに、歩行者が溢れてなかなか進まない状況だ。
僕達と会話してる合間にミリド兄さんが御者さんに教えてる道筋は、学園とは別方向のようだ。
「学園には行かなくていいの?」
「あん? まずは寮に行って部屋の確認と必要家具の買い出しだ……なんで、行き先が学園じゃないって分かるんだ?」
「えっ? そりゃあ、試験の時に一回来たからね」
「……俺なんか、一カ月は迷いまくりだったぞ。相変わらず、頭良いんだな」
いや、いくら王都が広いとは言っても、道ぐらい覚えられるでしょ。人の流れとか、店の色とかで。
「それはミリド兄さんの記憶力がないだけだよ。ねえ、クヌギ?」
「……すみません。私もこれだけ人がいる中で、正確な道順は覚えてないです。ラン様がおかしいんです」
「残念だったな、ラン。お前に味方はいなさそうだぞ」
「……マッピングくらい出来なきゃ、騎士団でやっていけないよ!」
「いや、俺もお前も騎士になる気なんてさらさら無えだろうが」
うーん、方角の把握とか、林間軍事演習では必須だったんだけどなあ。そういえばミリド兄さんは参加してなかったかも。
そんな迷う状態で、ちゃんと通学出来たのか聞いてみたが、特に問題はなかったみたいだ。
お昼時の今こそ混雑しているが、早朝はもっと空いているため、登校するには早起きすればいいらしい。逆に、少しでも寝坊してしまった場合は、ほぼ確定で遅刻するそうだ。
とはいえ、貴族は個人で使用人を雇っているため、むしろ遅刻するのは学園に隣接した寮に住む平民が主らしい。
「騎士科のやつなんかは割としっかりしてるんだけどな、他は、特に魔法学科はひどいもんだぜ。徹夜するせいでほぼ毎日昼登校だし、足りない出席をレポートで無理矢理埋めてるからな。あいつらの人間性は死んでるとみていい」
「えぇ、僕、魔法理論の授業取れって母さんに言われてるんだけど……」
「はあ? せっかく官僚科なのになんで魔法使いの真似事なんかやらされるんだ?」
「ミリド様、ラン様はついこの前セリーナ様に模擬戦で勝ったんです。騎士科に交じって訓練するよりも、そちらを伸ばすべきだと判断されています」
「……お前、やっぱり化け物だよ。同期にもそう説明しとくわ」
そんな感じに、僕を化け物扱いする会話をループしていたら、貴族寮区域にある僕の家に到着した。貴族の学生にはそれぞれ一棟ずつ家が与えられており、僕らシルフォード家に与えられた三つはその中でもかなり大きい方だ。
「クヌギだけじゃ維持が大変だろうからな。後で姉貴の所から何人か連れてきてやる」
「姉さんの所からなの?」
「俺の所は男ばっかりでな、お前もクヌギの周りに男がいるのは嫌だろ?」
「それは、そうだね。学園にいる間にクヌギが襲われるなんて事があったら…………うん、王都が氷漬けになっちゃうかも」
「きゃあ、もうラン様ったら。こんなに心配してもらっちゃって、私、嬉しいです!」
「怖えよ。なんで今の発言に疑問持たねえんだよ」
なぜか戦々恐々している兄さんを連れて、家の中に入る。
住む人間が卒業するたびに建て直されているため、何もない家。空間魔法で家具を並べていくと、そのありえないらしい容量で、また兄さんに化け物扱いされてしまうのだった。




