26 第一王子と第一王女
王都に来てから、はや数日。久しぶりに会ったクルミ姉さんが痛いほど抱きしめてきたり、餌をねだるリウムにミリド兄さんがデレデレになったりなど、ダラダラと楽しく過ごしていた時間も今日で終わりだ。
「おおー、どっかの『大学』並みに広そうだ」
石で整備された王都の道を、馬車に揺られながら移動すること10分。灰桜色のブレザーに身を包んだ僕は、王立学園の校門前に立っていた。
塀に囲まれた広大な敷地に、赤レンガで建てられた何棟もの学舎。門の奥には白い花を咲かせたソルベージュの並木道が続いており、卵のような石像が中心にある噴水までのびている。
今日からついに、10年越しの学生生活が始まるのだ。
「それじゃあ昼頃、迎えに来てね、クヌギ。今日は入学式と軽い説明会だけで終わるみたいだから」
「ええ、大丈夫です。リウムも薬草もしっかり見ておくので、ラン様はたくさんお友達作ってきてくださいね」
送ってくれたクヌギと御者さんに別れを告げて、アーチ型の門の下をくぐり抜ける。姉さんたちは委員会の仕事があるらしく、僕より先にこっちにきてるはずだ。
新入生は、入学式の前に自分の教室に集合するらしい。ちらほらと歩いている学生に混じって、官僚科の校舎へ向かう。
一階の一年生フロアで、伝えられていた一組の教室へ入ると、空いている席は扉に最も近い端の席だけだった。同じクラスの他9人はすでに席に座っており、近くの人間で集まって喋っているようだ。
席に近寄ると、前の席で眼鏡をかけた女の子と話していた黒髪の男子が話しかけてくる。
「おお、噂をすればなんとやらだな。お前が例の透明人間だろ?」
「えっ? 透明人間?」
「そうさ。官僚科の新入生40人にあてられた部屋の中で、入学式前日になっても人が入らないとこがあってな。その上、来ている誰もが首席じゃないらしいからな、透明人間が住みついてるって噂になってたのさ」
「噂って……カイン君が勝手に言ってただけでしょ。私も言ってたみたいに言わないでよ」
「いやー、未発見のスキル持ちの可能性をちょっと期待してたんだが、残念ながら違うみてえだな。あ、俺カインっていうんだ。こっちがサロメ」
「悪かったね、透明人間じゃなくて。僕の名前は……ラン・アザレアだよ」
一瞬、名字を名乗るかどうか思い悩む。
名字は貴族しか持てない特権だ。性格悪そうな貴族にも会っちゃったし、平民の中には貴族に悪感情を持っている人もいるかもしれない。
まあだけど、これから5年間を一緒に過ごすことになるんだ。身分だけで判断してくるならこちらから距離を取ればいいし、友達になるのならこの程度は知らせておかないとダメだろう。
「へー、貴族から官僚科に来るなんて物好きだな。ん? アザレアって……」
「ああ、生まれはシルフォード家なんだ。母さんがアザレア家から嫁入りした縁で名乗らせてもらってるんだよね」
「シルフォードって……四大侯爵家の? なら、別に敬語使わなくても処刑とか言いださないわよね?」
「言わない言わない。そんなことやったら、僕が犯罪者になっちゃうよ」
不敬罪は存在こそしているが、平民の地位が上がり始めた賢王の頃から形骸化している。時勢を読む貴族は国民主権を訴える王家を支持しており、不敬罪については冗談でも口に出すことはないのだ。
それでも旧態依然の貴族の中には相当なバカがいたようで、言いがかりで平民を処刑して暴動が起きたある事件をきっかけに、不敬罪の最高刑は無期の強制労働(犯罪奴隷)になっている。
法改正を行った先代の頃から、貴族間でも親民派と保守派で討論が交わされているホットな話題の一つだ。
「官僚科だけど僕も貴族だからね。貴族寮で生活しているんだ」
「ふーん……シルフォード家って武家のイメージが強いんだけど、ラン君は頭いいんだね」
「いやー、僕なんか勉強し始めたのが早かっただけだよ」
とまあ3人で話して時間を潰していると、前の扉から先生が入ってきて移動を指示される。
官僚科の校舎から出て、騎士科の校舎にある体育館に入ると、設置された椅子のすでに半分ほどが人で埋まっていた。
指定された所に座って式が始まるのを待っていると、隣のカインが突然驚いたような声を出す。
「おお、あれが噂の『麒麟児』じゃないか?」
「また始まったわよ、その噂っていうの。どうせカイン君が勝手に名前つけただけでしょ」
「いや、こっちは貴族の間で本当に噂になっているらしいぞ。あそこに座っている金髪のイケメンいるだろ?」
カインが指差す方向を見ると、確かに将来はコルン兄さん並みのイケメンになりそうな美少年が最前列に座っていた。
隣に座っている、これまた金髪の美少女と仲良さげに喋っており、その空間の周りだけキラキラしているような錯覚を覚える。
「第一王子のハス様じゃない! ちょっと、指差しなんかしちゃダメだって!」
「おおっといけね。いやさ、俺たちと同い年だっていうのにもう政治に口を出しているって話だぜ。しかも革新的な案をバンバン出すもんだから、『賢王』の再来って言われてるらしい」
「へえー、なんでカインはそんな事知ってるの?」
「俺の先生はちょっとした情報通でな。めちゃくちゃ顔が広くて、貴族とも繋がりがあるんだってさ」
「なにそれ、胡散臭い人ね」
「なんだと!?」
言い争いを始めた二人を尻目に、ハス・エリアス改めハス・サインツを眺める。
遠目で見ても確かにイケメンだ。後ろに座ってる貴族の子女たちも、顔をうっとりさせて彼のことをじっと見ている。
……あれ、ソラだったりしないよな。あいつも僕と一緒に人助けしてたから、前世の評価で王子に転生とか普通にありえそうだけど。
まあ学園じゃ接点ないだろうし、将来僕が出世して、王になった彼と一緒に働くようになったら聞いてみるのもありだな。
魔法学科の生徒が最後に体育館に入ってきて、入学式が始まる。体ががっしりとした先生の進行で、白髪頭の学園長が壇上へと上がり話し始めた。
プログラムは前世のそれとほとんど変わらないのに、その場の空気は全く違うものになっている。
貴族科と騎士科の面々がとにかく真剣なのだ。長ったらしい学園長の話に嫌気がさしているのは伝わってくるが、それが表に全く出てこないのである。
貴族って、あれだけ真面目そうな顔してるくせに、大半が横で舟を漕いでいるカインに頭の良さで負けているんだよなあ……
「……であるからして、当学園が設立された意義とは、距離的な問題で疎遠になりがちな貴族同士の友好を深めること、そして将来有望な平民と貴族との橋渡しを行うことにあるのです。皆さんが王国の次世代を担う者として、身分に関わらず親交を深める事を切に願っております」
とまあ、内容に反して言動が少し貴族よりの学園長スピーチが終わってからは早かった。
担任の先生の紹介、生徒会長ラスベア・サインツの挨拶が合わせて半分くらいの時間で終わって、今年の新入生代表の挨拶が始まった。
噂の第一王子が壇上に上がると、その煌びやかな容姿にそれまで不自然な程に静まっていた場から所々声が上がる。息を呑む声が聞こえたと言うべきか。
「新入生代表ハス・サインツ。この国の民で知らない者はいないだろうが、我らがエリアス王国の第一王子である」
10歳の子供が発したとは思えないほどの傲岸不遜とも取れる言葉に、再び場がざわつく。
ここにいる中で誰が最も偉いのかを考えれば当然の口調だが、公の場での挨拶としては今まで聞いたこともないようなものだった。
「例年、この新入生代表というものは貴族科の最も身分の高い人物が歴任してきたらしい。学園設立当初からの伝統だとそこの学園長から説明されたのだが……浅ましいことだ」
名指しされた学園長は顔を真っ赤にしていたが、特に何かアクションを起こすことはない。一瞬そちらに向いた皆の目もすぐ王子に戻った。
「劇的な変化は時に毒となる……平民への歩み寄りを見せた『賢王』の時代から、まだそこまで経っていなかった設立当初では、確かに有効な制度だっただろう。しかしだ、三大善政の一つに数えられているこの学園で、未だに平民差別の風潮が残っているのは果たして良いことなのか?」
反語の意を込めて紡がれる言葉に、誰もが呼吸を忘れていた。彼が言わんとする事は、未だ貴族間で論争の種になっているものであろう事が予想されたからだ。
たかが入学式の挨拶で、王子が身分制度の是非を問おうとしているのだ。
「断じて否だと俺は言おう。『愚王』が生まれ『賢王』を生んだ時点で、既にこの国の方向性は決まっているのだ。血脈に縛られた身分の枠組みは、確実にこの国の首を締めることになる……それが証明されてしまったのだからな」
語られる正論に貴族から溢れていたアレが激減する。まるで急所を突かれて息が出来なくなったかのように。
「俺は『親民派』として学園の変革に力を尽くす事をここに宣言する。以上だ」
話が終わっても、今まではあった挨拶後の拍手はすぐに起こらなかった。だがそこで、白けきった空気を断ち切るかのように1人が手を叩き始める。
皆の視線が向いた先にいたのは……第一王女クララ・サインツだった。
誠に勝手ながら次週投稿はおそらく休みます。10連休で「突然ステータス…」の執筆を進めて、連休明けから連日投稿するためです。
ということで、5/9にまた会いましょう。「突然…」読んでくれてもいいのよ?




