22 僕が学園へ行く日
「朝ですよ、ラン様」
「うう〜ん、おはよう、クヌギ」
「はい、おはようございます」
今日はいつもより少し遅めの起床だった。訓練が休みのため、朝早くに起きる必要がなかったのだ。
窓から入ってくる朝日によって、眠気が完全にとれる。なにか、夢を見ていたような気がするが、すでに内容は覚えていない。
窓のそばで吊るされている鳥籠へ目を向ける。その中にいるのは、手乗りサイズの文鳥……ではなくドラゴンだ。
「おはよう、リウム」
「ギャオ、ギャオ」
相変わらず可愛くない鳴き声だ。
少し赤みがかった白色の、ふんわりとした羽毛に包まれている翼は、フェザードラゴンの名にぴったりのものなのだが、いかんせん口から出てくる音が、幻想的でもなければ、爬虫類のものらしくもない。強いて言えば、鳥の鳴き声だ。
ここカルバス台地で騎士団が育てている薬草畑には、その花を狙って様々な生き物が寄ってくる。
害虫のみならず鳥や小動物、果てには虫系の魔物なんていうのも餌を求めて姿をあらわし、その花部分だけを齧り取っていくのだ。
花自体には用途は無いが、種が取れなくなってしまうので、毎日の手入れが欠かせないらしい。
薬草もまた、前世にはなかったもの……だと思う。その草の部分をある薬液で溶かして繊維状にし、飲み薬としてポーションに、布に染み込ませて包帯として使うのだが、ひょっとすると単に僕の知識がないせいかもしれない。
ポーションは軽い病気にかかった時に使うもので、外傷に対しては包帯が専ら使われている。
ひどい怪我とかは神聖魔法で治すから、いまいち魔法の薬みたいなイメージがわかないんだよね。ゲームとかのそれよりは、前世の薬の方が近いかもしれない。
理系とはいえ、物理と化学を選択した僕が製法的に知ってる薬なんて、オキ○ドールとサリチル酸系製剤、クロロホルムぐらいだ。サルファ剤や笑気ガスなんかも名前だけは受験知識として覚えているけど、どの薬も原材料までは知らないしね。
まあとにかく、怪我の絶えない魔法騎士団の面々は、バカにならない薬代を浮かすために、この薬草を自家栽培している。
薬の研究も、前世の近現代における化学のような学問ではなく、薬草の他に別の素材を混ぜて効能が上がるかを試す、といった事を主にやっているようだ。
騎士団員が持ち回りで世話をしているが、訓練に参加しているものの僕は騎士団に所属しているわけじゃないので、それには全く関わっていなかった。
花を摘んでいたリウムを捕まえたのは、騎士団の薬研を手伝っていたクヌギである。
「ラン様〜、絵になりそうな魔物を捕らえたんですがどうでしょう〜? 魔石取っちゃってもいいですか〜?」
「いや、取ったら死んじゃうでしょ……うおお!?」
宿舎で魔法の研究をしていたところに近づいてくる声。窓から顔を出して声の方を見ると、軍手をつけて帽子を被ったクヌギが、赤い何かを掴んで走ってきていた。そう、赤い炎で包まれた何かを。
うん、熱くないのはわかってるんだけど、普通にホラー映像だから。その動きから、何かが生きているのが分かってしまい、一層痛々しい。
「……とりあえず、ネットを取ってやってよ。火が邪魔で見えにくいから」
「わかりました……はい、どうぞ」
「……おお、ドラゴンだ」
新しいファンタジー要素に触れたというのに、この反応である。しょうがないじゃん、さっきのがショッキングすぎるんだよ。
その羽毛の赤色が特徴的という事で、知識の中の炎色反応から文字ってリウムと名付けたフェザードラゴンは、絵を描く時に与えた餌を気に入ったのか、僕にとても懐いた。結果として僕が面倒をみることになったのだ。
ちなみにクヌギは怖がられている。第一印象が最悪だったからね、仕方ないね。
「今日の朝ごはんはドライフルーツ入りだよ。クッキー用に作った余りだけど、アクセントがあって割といいと思うんだ」
「ギャア、ギャアス」
飲み水用のお皿に魔法で水を出し、空中から餌を取り出して餌皿に入れる。リウムは羽を震わせて、一心不乱に食べ始めた。
ラン・アザレア 10歳 男
所属:エリアス王国
人種:人族
力:63
魔力:540
素早さ:61
体:15
技能:27
所持スキル:魔力操作LV7 魔力感知LV2 隠蔽LV4 絵描きLV4 祈りLV4 観察LV3 剣術LV2 合気道LV2 風魔法LV3 水魔法LV4 生活魔法LV2 空間魔法LV1
現在の僕のステータスだ。
この前、リーブオで獣人を見かけた事で観察のレベルが上がって、新しく見えるようになった人種の項目。母さんもレベル3で身につけたらしいが、父さんはレベル2の時点で持っていたらしい。父さんはレベル3になった時に人物の魔法適性を見ることができるようになったそうだ。
まあそれはともかく、つい最近習得した空間魔法。主に、無から有を生み出す水魔法と土魔法の使い手に発現しやすいスキルで、魔法で土を耕す農民がよく持っているものだ。
カルバス台地に住む中では、僕の他だと騎士団に数名しか使えるものはいない。
「アイテムボックス」や「ストレージ」の名前で、時にチートとなりうるそれだが、僕が出来るのは大量の物を異空間に入れ続けて取り出す事だけだ。
時間停止機能なぞ付いていない。食料としては、水魔法で乾燥、凍結する事で保存できるようにしたものしか入れる事は出来ない。正確には入れる事は出来るが、腐ってるのは僕が嫌なのだ。
一応、生肉なんかも瞬間冷凍で鮮度を保つ事は出来るんだけど、そもそも動物や魔物と戦う事自体無いからね。草食のリウムが食べる草ぐらいだ。今はつまむ用のドライフルーツも入ってるけど。
僕の着替えを手伝いながら、クヌギが尋ねてくる。
「ラン様、本当によろしいのですか? 私の分まで運んでもらえるとの事ですが、メイドの荷物を主人に持たせるというのは……」
「別に気にしなくていいよ。最近、水魔法だけだとまた魔力値が上がりにくくなってるんだ。結構いい負担になると思うんだよね」
「そういう事なら、お願いしますけど……」
道中の荷物について心配しているクヌギ。そう、10歳になった僕は、学園へ通うために今日シルフォード領から出て王都へ向かうのだ。
♢♦︎♢♦︎
王立学園が、この国唯一の教育機関であるのは前述した通りだ。そして、王家がバックについているとはいえその予算にも限りがある。
貴族科を除いた全ての学科は、平民も入学する権利こそあるが、入学試験によって志願者のふるい落としが行われる。
騎士科では、体力測定と試験官との模擬戦が。
魔法学科では、魔法の実技試験が。
官僚科では、イロ文字・算術・社会の筆記試験が。
現状、貴族である僕だけど、官僚科を希望している僕は当然この試験を受けなければならない。3か月ほど前に、父さんの案内のもとで王都まで行ってきた。
無事合格して、道もバッチリ覚えた上での今回は、僕とクヌギ、そして山賊騒動の時の御者さんの3人旅だ。
「それじゃあ、道中気をつけて行くんだよ。ランなら心配ないと思うけどね」
「そうね、ランなら盗賊に襲われても返り討ちにできるもの。実際に捕まえた実績もあるしね」
「母上、私の時と対応が違いすぎませんか……ランよ、私がいない間に一体何をやったというんだ」
「あはは、ちょっと山賊3人を凍傷で再起不能にしたくらいだよ」
「それは全く『ちょっと』ではないぞ……」
こめかみを抑えながらため息をつくコルン兄さん。
ミリド兄さんと入れ違いに帰ってきたコルン兄さんは、倍生きてるはずの父さんよりも貴族らしく振る舞い、それでいて歳の離れた僕を弟として扱ってくれる、超絶イケメンだ。
侯爵家の跡継ぎとして学園で婚約者をすでに3人確保しており、その内の1人は僕が王都へ行った後ここに来て生活するらしい。
頭がいいのはもちろん、武力に関しても現在カルバス台地の二番手を母さんと争っている、正に万能人間だ。
……懐かしいな、この響き。ソラ含めたあいつらの内の誰かと、王都でひょっこり会うとかあるのかな。
そんな事を考えてたら、兄さんが黒っぽい木剣を渡してきた。
「ほら、これを持っていくんだ」
「何、どうしたのこれ?」
「クルミとミリドが行く時に、贈り物をしたんだろう? 本物を渡すのは縁切りになりそうだから、敢えて木製にしたんだ。ちょっとした小競り合いにはそれを使うといい」
その木剣は、僕が訓練で使う剣よりも少し短く、圧倒的に軽い。刃の部分もしっかり潰されていて、どちらかというと鈍器のようになっている。
「ヒュージイビルオークの枝を削って成形したものに、教会で神聖魔法をかけたものだ。耐久性もある上、相手に怪我をさせないから、ランにはピッタリだと思ったんだ」
「おお〜、さすが兄さん、分かってる〜」
話してないのに、僕のアレを感じとって配慮するとか、なにこのイケメン。そりゃあ、婚約者3人いるのも納得だわ。
空間魔法で収納し、リウムの籠を持って馬車に乗り込む。別れの挨拶を済ませて、旅用の寝具を端に寄せながら、僕とクヌギは出発したのだった。




