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転生前が学生の貴族は異世界に何を望むのか  作者: 朝丸
第1章 幼年期編 〜転生先は貴族の三男〜
21/26

21 とある転生者の独白

 俺の名前は来栖(くるす) 天(そら)。山中高校の二年一組で、学級委員をやっている。


 別に丸メガネをかけて勉強ばっかやってるガリ勉君ではない。顔は結構上のレベルだと思ってるし、運動神経も悪くない。自分で言うのもなんだが、俺は自分が優秀な人間だと思っている。


 親父が自動車事故で死んじまった中二の夏。親父の生命保険と専業主婦だった母さんがパートで稼いでくる雀の涙ほどの金で、なんとかやっていかなきゃならなくなったあの時から、俺は自分をストイックに追い込んできた。


 もはや公立の高校に通うことさえ難しくなった我が家の財布事情。だがしかし、中卒で働き始めて生きていける自信がなかった俺がとった選択肢は……受験勉強だった。


 俺の住んでいた山中市には、あることで有名な私立高校があった。最近出来た大学、その付属校である山中高校では、学業優秀な学生を支援するためにその学費を完全免除する制度が導入されていたのだ。

 噂によると優秀な人材確保のためではなく大学創始者が趣味で人材育成をするために取り入れたもので、将来の束縛なども一切ない。母さんを独りにしないよう、地元で就職したかった俺のために存在するような制度である。


 その特待生にどうしてもなりたかった俺は、葬式や納骨など諸々の手続きが終わった後、とにかく勉強をした。

 中途半端に退部してしまったバスケ部のOBに頭を下げて参考書を譲ってもらい、放課後には市の図書館に行って自習するために角の席を確保する。


 決して成績が良かったわけじゃなかったが、努力しないと後がない状況だ。

 必死な追い込みの結果、着実に模試の点数は伸びていき、念願の特待入学を果たすことができた。


 そして入学した後も気が抜けない。学費の完全免除は高校の間だけで、エスカレーター式に大学へ上がることは出来るものの、親父の残した金額だけだと山中大学で勉強するには、奨学金込みでもちょっと足りない。


 授業料完全免除をしてもらえればまだ望みはあるが、これは内部入学を蹴って一般入試で上位に食い込む必要がある。

 であれば将来の就職で有利になる、よりグレードの高い大学を受けるべきだ。さすがに東京や京都の大学は難易度はもちろん住環境の点でも難しいが、これまた好都合な事に自宅から通える範囲に国立大学があった。


 割が良く体力を使わない家庭教師のバイトで貯金して、この国立大学に入学するのに必要な内申稼ぎのために、学級委員をやって生徒会入りを目指す。

 一方で、いじめにあって物品的な損害を受けないように、友達関係も円滑になるよう努めて、クラスの中心に立つ。


 これらを実行している俺の評価は、自他共に人間の鑑となっているのだ。

 当然告白してくる女子も多く、しかし遊ぶ時間を確保できない俺は、残念ながら彼女を持ったことはなかった。スペックはあるくせにリア充にはなれなかったのである。



 そんな俺があいつ、マツと繋がりを持ったのは、一年の時の夏だった。

 生徒総会の打ち合わせで遅くまで学校に残り、しかしバイトの予定は入っていなかった俺は、図書館に行って勉強しようと荷物を持って教室を出る。

 普段は日が暮れるまで部活組などでそこそこある人気(ひとけ)も、期末テスト一週間前という事で、どの教室も閑散としている……はずだった。


 隣の教室から、開きっぱなしの窓を通して話し声が聞こえてくる。


「じゃあ君のお母さんは、高校に上がってから落ち気味の君の成績を心配していて、もし来週の試験の結果が悪かったら塾に入れさせられるって事かな?」


「そうなの。塾なんかに入っちゃったらユウ君と遊ぶ時間なくなっちゃうし。そもそも大学まで行けるんだから、普通に余計な心配なんだけどさ」


「うんうん、だけど子供の心配っていうのは親の性(さが)みたいなものだからね。必要ないと分かっていても、どうしても口に出ちゃうものさ。まあでも、ひょっとしたらそのユウ君と別れさせるために言ったのかもよ」


「……それマジ? えっ、この前門限破ったのそんなに怒ってたの?」


「いや、今のはテキトーに言っただけなんだけどね」


 隣から聞こえてくるのは、同じく打ち合わせで残っていたあいつと、聞き覚えのない女子生徒の会話だった。あまり喋らないあいつの口から、相手の事情を考える言葉が出てきてるのが意外で、つい盗み聞きを続けてしまう。


「こんなに遅くまで勉強してたから何事かと思ったけど、そういう事なら僕も付き合おっか?」


「えっ?」


「うん?」


「……いやまあ、一緒にやってくれるって言うんならむしろお願いしたいんだけど。なんか思ってたキャラと違うね、『クラマツ君』って」


 それは俺も思った。高校入学組が中学からの上がり組と分けられてクラスを形成している俺の四組にさえ、噂として流れてくるあいつの情報。

 読書好きの成績優秀な真面目君で、必要な時以外は無口で人と話さない。にも関わらず、中学から学級委員をやり続けていて、本当かはわからないが、心を読む能力があったり、引きこもった経験があるんだとか。


 山中高校リアル七不思議(ただし七とは限らない)の一つ、「不気味なクラマツ君」として流れてくる噂は果たしてどれが真実なのかもわからないが、「万能人間 来栖」として同じく噂されている俺は勝手に親近感を持ちながら内向的なんだなと思っていた。


 ……ふむ。案外、生徒会長になる時の障害になるのかも。陰で人助けをする裏番みたいな感じで。

 よし、それなら今から乱入して、勉強会に参加してみるか。困っている女の子を見過ごせないしな。


 そう思った俺は教室から出て、閉まっていた扉が突然開いて驚いている彼女たちに、図書館での勉強を提案したのだった。



 私服登校の山中高校生は、遅くまで出歩いていても補導されにくい。しかし、先程出てきた門限の話で親の真意が気になってしまった彼女に合わせて、俺たちも完全に夜になる前には解散したのだった。翌日以降の勉強会を約束して。

 テスト前という事もあって、バイトを入れずに勉強する予定だった俺に当然不満はなく、あいつも快く頷いていた。


 その集まりがあったのはテストが終わるまでだったが、あいつとは思わぬところで再会することになった。休日の図書館である。


「お前、こういうところ来るんだな。確かに本ばっか読んでるイメージだが」


「来るというか……僕たち割と会ってるはずだよ。その感じじゃ全く気付いていなかったみたいだけど」


「なんだと!?」


 俺が中学から利用してるこの図書館に、よく本を借りに来るらしい。

 中学から知っていた顔が高校に、それも特待生として現れて、話そうと隣の席に座った事もあるそうだが、集中している俺に声をかけるのが忍びなくて、結局喋れなかったんだと。


 それから、俺たちの仲は一気に深まった。あいつは読んでいる小説の行間を理解しながら会話できる存在ができて喜んでいたようだ。俺も一緒に勉強する事で効率よく勉強できていた。


 なんなら今までできた友達の中で、一番仲が良かったのはあいつだった。俺の身の上話なんて中学の部活関係にしか話していないし。変に同情してくるわけでもなく、それでも親身になってくれる。とにかく話しやすいのだ。


「なるほど、お父さんが。そりゃあ大変だねえ……しかも内申のために生徒会長狙ってるとか、さすが万能人間はやることが違う」


「うっせえ。お前だって七不思議に入ってんだろうが。『不気味なクラマツ君』って、何やったらそんな呼び名がつくんだよ」


「いやいや、僕の名前は黒松だよ。まあ、ちょっと感情を読んだら怖がられちゃってね。あれは割とショックだったなあ、うん。結果、ちょっと引きこもっちゃったしね」


「怖えよ。ちょっとの内容が全然穏やかじゃねえよ。特に前のやつ」


「そんな事より、僕、副生徒会長になってあげようか? 案外、人望あるから当選しやすくなると思うよ」


「……本当か? お前、怖がられてるんだろう?」


「別に嫌われてるわけじゃないさ。この前みたいな人助けをしてたら、なぜかそう呼ばれちゃってるけどね。隠れた人気はあるはず。たぶん、きっと」


「自信なくなってんじゃねえよ」


 まあ、俺たちの代には他に候補者もいないだろうから、おそらく信任投票で終わるんだけどな。

 でも優秀なこいつが実務やってくれたら、その分バイト入れられそうだし、いいかも。


「……便利屋扱いはちょっとなあ」


「心を読むんじゃねえ。そんなだから怖い怖い言われちまうんだ」


「いや、今のはただの勘なんだけど……分かんないよねえ」



 そんなこんなで、バイトの入っていない長期休みや放課後は、だいたいあいつと過ごすようになっていった。

 その時間は、自分を追い込む俺のやり方にとって安らぎに感じられたし、実際、体調を崩す事もなく俺は日々を過ごすことができていた。


 普段小説ばっか読んでるくせして、一番好きなのは少女漫画だったり、困ってるやつの悩みを聞くのがあいつにとっての幸せである事とか。噂なんて全く当てにならない情報を本人の口から得ていた。

 俺はあいつをマツと呼び、マツは俺をソラと呼ぶ。俺たちは、お互いの事を理解しあっている友人になっていた。


 二年生になってから、マツと同じクラスになって、どちらも学級委員になった。四六時中とまではいかないが、だいたい一緒にいるマツは、俺にとって大きな存在になっていた。



 そんな俺たちの関係が、ある日全く違うものに変わってしまう出来事が起きる。

 それがあったのはいつぞやのように委員会が終わった放課後。他に誰もいない教室で、信任投票のスピーチを二人で考えていた時だった。


「なあマツ、お前なにかやってほしいこととかないか?」


「なんだい、藪から棒に」


「お前、今回俺に付き合って立候補してくれるだろ? お前はいつもやってる人助けの一環かもしれないが、何か礼をしたくってな。金がかかるのは無理だが」


「……」


「おい、なぜ黙る」


「いやあ、そう言われたのは初めてだなと思って。これまで結構な数のアレを消してきたけど、そうか、僕自身の望みね……」



 アレとは、マツが感じ取ってしまう他人のある特定の感情のことだ。過去二回も引きこもったのはこの能力のせいらしい。


 まだ一年ぽっちの付き合いだが、俺たちは、お互いの根幹に関わる事さえも話していた。いや、そのつもりだった。

 お互いの事を何でも話していた気になっていた俺たちだが……俺はマツの事を完璧に理解してなどいなかったのだ。



「恋を、少女漫画みたいな恋をしてみたいんだ」


「……なに?」


「何でもできる王子様に憧れる女の子でも、強がっちゃってツンツンしちゃう子でも。とにかく、そういう漫画の中の純粋な女の子と、恋をしてみたいんだ」



 それを聞いた俺は、目の前が真っ暗になったようだった。

 肺が締め付けられるような息苦しさと、急に辺りが冷え込んだかのような肌寒さを感じる。


 本気で考えていたマツへのお礼。いつも話す軽口のように見せかけて、俺としては本気でなんでもやってやるつもりだった。それこそ、高価なプレゼントの要求でも無理を通して叶えてやる、ぐらいの意気込みだった。



 友達、なんなら親友と言ってもいいくらいの関係で、しかし今回の件で一方的にこちらが借りを作っているように思えてしまって、問いかけてしまったマツ自身の願い。


 そしてマツは、その鋭い勘で俺の態度を見抜いたのか。ふざけてるような回答に見せかけて、真剣に返してきた事が俺には分かった。分かってしまった。



 なぜ今まで気づかなかったのだろうか。マツのあの能力が、いかにその行動を縛っているのか。現実の人間を完全に信用できず、気を張る張らないに関わらず人の汚点が感じられてしまう、その感性。


 何よりも、誰よりも、安らぎを求めていたのはマツだったのだ。俺なんて、たかが二年程度だけこの辛い環境で頑張っていただけなのに。マツは生まれてこのかた、真の安心を得られてないのだ。




 そしてそれ以上にだ、今の俺に向かって、こ(・)い(・)つ(・)に(・)と(・)っ(・)て(・)最(・)も(・)距(・)離(・)の(・)近(・)い(・)で(・)あ(・)ろ(・)う(・)俺(・)に(・)向(・)か(・)っ(・)て(・)、この発言をしたという事はだ。マツが抱え持つ二つ目の秘密を今、俺に言ったという事だ。




「……お前が、合気道をやっているのは、お前が貸してくれたあの少女漫画に憧れてやってるんだよな」


「そうだよ。何でもできる同級生に少しでも近づきたくって、その子がやってる道場に通う男子高校生の真似。生徒会長をやってるヒロインがメイド喫茶で働いているあれだね」


「……ピュアな恋に、プラトニックな恋に、恋してるとかそういうんじゃないんだよな。可愛い女の子が、好みって事なんだよな」


「うん、そうだね」


「……俺は……その願いを叶えてやれないな」


「……そうだね」



 泣きたかった。親父が死んだ中、辛い状況の中で俺に寄り添ってくれていたマツに、俺は、何も、してやれないのだ。


 他に助けてもらったやつらとは違うと思っていた。

 俺たちの絆が絶対だと思っていた。

 しかしだ、俺はマツの理解者になれても、その叫びを聞く事ができても、マツを癒す事は出来ないのだ。



 もはや空元気をふるうことすら出来ない程、俺は絶望していた。マツの置かれた境遇に、願いを叶えてやれない俺の無力さに、そして俺たちを取り巻く残酷なこの世界に。


「あまり、気にしなくていいよ。ソラだから僕も言えたんだ」とマツは言ってくれたが、俺の気分はどん底のままだった。


 こいつを癒してやれるのは、それこそ神のような存在だけなんだろう。


 そう思って、無理矢理に納得しようとしたけど、それから俺は、マツに心から笑いかけてやる事ができなくなった。

 顔に表情を浮かべようにも、心がどうにも沈んでしまう。そんな俺に、マツが向けてくれるのは、いつも通りの、どこか諦めたような笑顔だった。


「君は本当にいい奴だね、ソラ。君からはアレを感じるのに、僕にはそれが全く不快じゃないんだ。むしろ、好ましく思えてくるよ」


 そう本心から言ってくれるマツを見て、俺は決めたんだ。生きている限り、マツのそばにいてやるんだってな。




 そして、俺は転生した。転生の女神の案内で、異世界ミトゥンへと。


 置いてきてしまった母さんの心配もあったが、選択肢を与えられて俺が選んだのは、やはり転生だった。

 転生前の時点で、母さんを支えてくれている、おそらく俺の新しい父になるであろう男の存在はあったし、元の世界に戻っても母さんの元へは行けない。


 なにより、マツが元の世界を好ましく思ってない事は分かっていた。生まれてからあいつに安らぎを与えなかったあの世界を。なら、あいつだってミトゥンを選ぶはずだ。


 神を名乗る存在に、俺はあいつの幸せを願った。前世じゃ叶えられなかった、マツの望みを。


「条件は整っていますよ。あるいは、あなたが迎えに行ってあげてもいいんじゃないですか」


 新しい生を受けて、覚醒したあの日。隣に眠る金髪の赤ん坊を見て、自分を認識して、俺は神に感謝した。


 ああ、この世界なら、俺でもあいつの望みを叶えてやれるってな。

 今話を二章の頭に置く選択肢もあったんですが、プロローグの前書きに作者が書いた通りにとりあえず試し読みをしてくれている読者に読んでもらいたくて、一章の終わりに配置しました。


 ところで前々話の後書きに書いた加筆修正ですが……難しい、かも。先週あたりから作者のリアルが忙しくなって、別作品の執筆が中途半端になっているからです。

 別作品が一区切りついて、投稿再開出来そうなタイミングで手をつけたいと思っています。とりあえず来週木曜日の投稿は確定という事で。

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