17 圧倒的な実力差は、時に油断をまねく
「うーん、一応名乗っておくと僕ラン・アザレアっていう者なんだけどね。ここら辺を領地にしているシルフォード家の三男なんだけどなあ」
「へえ、これはこれは、貴族様でしたか。そいつぁ驚きだ、こんな人気のないところで護衛が女一人しかいない貴族様なんて初めて見たぜ、ぎゃっはっは!」
僕達の目の前に立つ大男が大きい笑い声をあげると、周りにいる男達も追随して笑いだす。うーん、正確にはクヌギも護衛じゃないんだけどなあ。
リーブオの朝市で買い漁ったものを馬車に積み、家へ帰る途中で通る森の入り口で、僕達は見るからに山賊の身なりである男達に囲まれていた。
無理矢理取り繕っている丁寧口調に粗暴な性格が隠せていない男の声に、隣に立つクヌギは顔をしかめ、反対側に立つ御者さんは体を震わせている。
彼らの言う通り、馬車に乗り合わせていたのはこの3人だけだ。
シルフォード家は、場合にもよるが、よほど大きい移動の際を除いて自分たちの移動に護衛を伴うことはない。
決して護衛にかける費用がもったいないというわけではなく、リンドーン家を除く侯爵家は、国家の戦力の中心として家の者全員が実力者なのだ。血統というよりも、小さい頃から厳しい環境で育つことが重要視されているようで、その道の才能がないとされていた父さんでさえ有事の際は前線に立って活躍した程らしい。
僕達に護衛がついていないのは、どんな敵が現れても少なくとも生き延びることは出来るからである。本来なら護衛として騎士団の誰かがつくべきなのだろうが、この国が成立して以来負け知らずのシルフォード家にとってそもそもその必要性を感じない、というのが本質なのだ。
僕も最初、コルン兄さんの王都行きの馬車が一台しかないのに驚いていた。父さんの「護衛? なにそれ美味しいの?」発言を受けて開いた口が塞がらなかった。
ミリド兄さんやクルミ姉さんはまだ一人で遠出する許可は出てないけど、父さん母さん、あるいは僕が一緒ならOKだそうだ。
……ナチュラルに僕が含まれているのにはもう何も言わないぞ。言わないったら言わないのだ。
ところでこの集団はなぜ僕達を襲ってきたのだろうか。
特に大きい荷物を運んでいるわけでもない馬車を襲うという事は、金品の略奪が目的ではないのだろう。
……奴隷狩りってところか?
屋敷でもリーブオでも見かけなかったが、この国には奴隷制度がある。
罪を犯した者がなる犯罪奴隷、そして財産的な問題で身売りせざるを得ない者がなる通常奴隷だ。
前者は国が、後者は民間の奴隷商が扱っており、王国が定める奴隷法によって確立している身分である。そしてどちらの奴隷も、ひどい扱いを受けるということはない。
奴隷法は、かつて平民が宗教奴隷として国家の所有物になりかけた「オルディナの闇」事件の後、「賢王」フィットル王によって進められた政策の一つだ。
従来あった貴族法とは別に、平民についても身分制度を法として明文化する事で、犯罪者や自己破産者など社会的に弱い立場にいる人の権利を保護し、事件の再発を防いでいるのだという。
では奴隷狩りとは何か。
人を攫って契約の首輪を無理矢理つけさせる違法行為である。山賊が流れの奴隷商に流すか、自分たち用の道具として人を捕まえる時にやる犯罪だ。時に大きい犯罪組織によって行われることもあるらしい。
しかし、我が家の強さは周知の事実で、屋敷の周りはおろか領地内でこういう輩を見かける事はないのだが……外からの流れ者が新しく犯罪集団を作っているとしたら大変だ。
「ラン様、いかがいたしますか? 捕縛するのも皆殺しにするのも、どちらも簡単にできますが」
「だから女の子が皆殺しとか言っちゃダメだってば。たまにポロッと出てくるよね、そういうの……一応、背後関係を調べたいから無傷で捕らえる方向で」
「ほほう、大きく出るじゃねえか。よっぽど魔法に自信があるんだな、そこの嬢ちゃんは」
……うん? クヌギの魔法がなんでバレてるんだ?
見た目ただの美少女メイドの筈なんだが、ひょっとしてこの世界では美少女=魔法少女みたいな法則があるのだろうか?
うん、そんなわけないね。イノアとか全然強くないし。
あるいは山賊に扮したどこかの秘密機関の手先だったりするのだろうか?
……だとしたら大変だ。手を抜いてクヌギが怪我なんかしちゃったら目も当てられない。
「クヌギ、危なそうだったら手加減しなくて良いよ。なんなら僕だって参戦するからね。こんな連中よりクヌギの体のほうが大事なんだから」
「ラン様……心配していただきありがとうございます。大丈夫です、私一人で片付けてみせます!」
うん、そこで目を輝かせるのはおかしいよ? 女の子に戦わせる気満々の時点で絵的には僕ただのヘタレだから。小さい子供だから見た目まだマシだけど、中身を考えたら割とアウトだから。
残念ながら僕の魔法は捕獲には向いていないのだ。
イメージによって生み出す現象を制限する事は、クヌギや母さんが火魔法で火傷を起こさないように、可能である。だがしかし、前世での物理法則を知る僕の記憶は、この点ではむしろ弊害となっていた。
攻撃手段として、僕は人を傷つける魔法しか使えない。武器もない現状で、僕が戦うのは本当の最終手段だ。
クヌギが数歩前に出て、大男を睨みつける。
「さあ、かかってきなさい。貴方達の相手はこの私で十分です」
「……ふん、たかが火魔法を使えるくらいで良い気になりやがって。魔法なんざ接近戦に持ち込んじまえばオワリだろうが! お前ら、やっちまえ!!」
男の号令に合わせてクヌギに走っていく男達。腰の剣を抜いていないという事は、やはり殺すのが目的ではないようだ。
魔法の発動前に身動きを封じようとしているのだろう、男達は必死に距離を詰めようとする。対してコムギはただ一言呟くだけだ。
「火魔法・ファイアーネット」
「「「「「「ぎゃあああ!!」」」」」」
コムギの周囲に網状の炎が現れて、僕達のいる背中側以外の全方位に向けて飛んでいく。昨日見たのと同じように悲鳴をあげながら男達が次々と押し出されていき、最後はその全身が炎の網に囚われていた。
……うん、ワンパターンなのはしょうがない。捕獲に最も適した火魔法の形なのだ。無駄にアレンジなど加えない方がいいんだろう。
そしてコムギの前にいた大男だけが肩で息をしながら未だに立っている。
すごい動きをして魔法を避けていた。地面に張り付くぐらいに姿勢を低くして、垂直に襲いかかってくる網の一番下に剣を突っ込んで押し上げることで自分の空間を確保していた。
装備からして連中の中では一番強そうだったけど、実際そうなんだろう。クヌギの魔法が名前付きなのを意識して、網を斬ろうとしなかったのはなかなか良い判断だ。
魔法は、イメージによって生み出される。マナへの干渉には長ったらしい詠唱を唱えたり、技名を言う必要は全くないのだが、そうする事で自分の想像力を補い、特定の現象を性質を保ったまま生み出す事が可能になるのだ。
ファイアーネットは母さん直伝の魔法で、炎なのに触れても熱くなく、どれだけ力を込めてもちぎれない事に特化している。一度捕まってしまえば術者が解くまでは抜け出せず、刃物で切ることすら出来ない、まさに捕獲用の魔法なのだ。
ちなみに水の中でも燃え続けるため、母さんとの模擬戦だと「炎を絶対に消す」魔法を強くイメージ出来ないと速攻で負ける。
……それ本当に火魔法なの? 燃焼の三条件満たしてないものを火として認めていいのだろうか?
こんな感じに前世の記憶に縛られてしまう僕は、残念ながら火魔法をまだ習得出来ていない。
そして窮地を凌いで調子が出てきたのか、引きつった笑みを浮かべながらも剣を構える大男。
「ふぅ、危ねぇ危ねぇ。この数を一発で倒しちまうとはなかなかやるじゃねえか」
「おとなしく捕まりなさい。今の魔法は威力を殺していますが、他の魔法は手加減なんて出来ないので、最悪死にますよ?」
「おうおう、怖い怖い。へへっ、どうやら魔法の腕は本物のようだな」
額に汗を浮かべながらも、大男にはまだ虚勢をはるだけの余裕はあるようだ。それどころか、相手しているクヌギに集中していないようにも見える。
……うーん、実力差があるのは目に見えてるんだけどなあ。何か隠し球があるのかな?
そんな感じに考え事をしていた僕だけど、周りへの注意が疎かになっていたのだろう。突然頭上から何かが降ってきたと思ったら、次の瞬間僕と御者さんの首に剣が押しつけられていた。
「ラン様!!」
「ヘッヘッヘ、お前らよくやった! そのままそいつら抱えて待ってろよ……よーし、嬢ちゃん。俺の言う事を聞いてもらおうか。聞かなかったら坊っちゃん達がどうなるのか、わかってるよな?」
「くっ! 卑怯者め!!」
先程までの優勢から一転。まずい、このままではクヌギがくっころ展開になってしまう。
とはいえ、クヌギは一人でやらせてくれって言ってたしなあ。今助けちゃったら、後々拗ねちゃいそうだし、うーん。
果たして僕はどうするべきなのだろうか?




