16 ブラコンって……
イノアが作ってくれたリトルボアのシチューをご馳走になり、孤児院の皆と軽く遊んでから教会を出た頃には、すでに太陽は街を囲む石壁の向こうに隠れてしまっていた。
夕日でまだ明るいため街灯こそついていないが、街のあちこちから冒険者達の騒ぐ声が聞こえてくる。
最初にステータスを調べるために来た時は日帰りだったが、この街に遊びに来るのを繰り返していくうちに一泊して帰るのが普通になっていった。イノア達との仲が深まって遊ぶようになったのも一つの要因だろう。
そして今回、騎士団の訓練を休む代わりに対魔物戦の経験をつむ事も宿題として出されている。が、行きの途中で襲いかかってきたリトルボアはすでに腹の中に収まっており、明日は朝起きて軽く市場をのぞいたら帰る予定だ。
「はあ、帰ったらまたあの訓練に戻らなきゃいけないのか」
前世では考えられない程のハードな毎日が頭をよぎり、思わずため息をつく。
というか、この世界でも子供は働かないのが普通なのに、なぜ僕は筋肉痛に悩まされる日々を過ごしているのか。騎士団の皆はともかく、普通に働いてる大人より身体動かしてるような気がする。
「そんな事言わないでください。旦那様もラン様のタフさを高く評価して参加するように言ってるんですから」
「でもねえ、型の練習や基礎トレーニングだけならともかく、僕とミリド兄さんに模擬戦はまだ早いと思うんだ。僕だって、いくら魔力が多いからって体格の差を完全に埋めれるわけじゃないし、戦略を考えるの本当に大変なんだよ」
「でもそのぶん、勝った時のラン様はとてもカッコいいですよ。クルミ様も『きゃあ〜、私のランちゃんが勝ったわよ。ミリドなんかとは大違いね』と大はしゃぎでした」
誰があんたのランちゃんだ。誰が。
憐れ、ミリド兄さん。能力的に決して平凡ではないのに、跡継ぎとしてあらゆる英才教育を詰め込まれたコルン兄さんと、魔力だけは馬鹿みたいにある僕の才能が突出しているせいで、(主にクルミ姉さんから)軽く見られてしまっているのだ。
騎士団の訓練についていけるだけ、十分優秀なのにね。きっと再来年のミリド兄さんは、学園の女生徒にモテモテになっているはずだ。
「クルミ姉さんももうすぐ王都に行っちゃうんだよね……そうだ! なにかプレゼントを用意してあげたらどうかな。朝、お土産を買っていくついでにさ」
「それはいい考えですね。クルミ様も『ランちゃんが……私のために用意してくれたなんて……』と涙を流して大喜びなさるでしょう」
僕の姉がブラコンすぎて、軽く引くレベルな件について。プレゼント程度で涙を流す姉さんなんて見たくないのに、悲しいかな、その映像がありありと頭に浮かんでくる。
「それにしても、ラン様は先程手を出しませんでしたね」
「……イノアがナンパされてたやつ?」
「ええ、今朝リトルボアにあの……最近雇われた御者が轢かれかけた時は、真っ先に間に入ったじゃないですか」
「ああ、うん、まあね」
「やっぱり手加減できない魔法を人に使うのは嫌なんですか? 模擬戦でも相殺としてしか使いませんし」
「うーん、まあそんなところだよ。でも、やっぱりあの場面だったらすぐ助けるべきだったよね」
「確かにその方がカッコいいですけど、ラン様はまだ5歳なんですから無理はしないでいいんです。ええ、ああいう時は私に任せてください」
「そうだね、頼りにしてるよ」
そんなこんなでクルミ姉さんへの贈り物をクヌギと相談しながら、街に入った時にチェックインを済ませていた宿屋に入り、外の酒場程ではないがそこそこうるさい食堂をスルーして部屋に入る。
残念ながら、近くに川が無く井戸水で生活しているリーブオの住人には風呂の概念が無いらしい。宿屋も例外ではなく、生活魔法を自分達にかけた僕とクヌギは、特にすることもないままベッドに入って眠りにつくのであった。
♢♦︎♢♦︎
「それで、オレに何をしてほしいって?」
リーブオにある酒場としては珍しく寂れてしまっているとある酒場。そこでは、震えるバーテンダーを軽く脅してその一角を占領している集団が居座っていた。
その古ぼけたテーブルを囲んで酒を飲みながら馬鹿騒ぎをしている男達。その中でもことさら体がデカく、装備している剣も他と比べて装飾に贅が凝らされている男が、目の前に立っている3人組をじっくりと値踏みするように見ている。
「こっちに来てから街の連中の目を気にして、女一人攫ってこれねえお前らが頼み事をしてくるってことはだ、それ相応の見返りがあるんだろうな、ああん?」
瓶に直接口をつけて酒を飲みながら、力関係を強調するかのごとく威圧的な口調で話す男。彼こそチンピラ3人がボスと呼ぶ存在で、ここに集まっているのは彼が率いる山賊集団である。
他の者と違い、冒険者の身分さえ持っていないボスは、正真正銘ただの山賊である。田舎町では負け知らずだった腕っ節を簒奪行為にのみ費やす彼は、集団の中でも暴力に関しては頼りにされていた。
「いえボス、今回の件は頼み事というより提案なんでさあ。ボスがより楽しめるように、頭の足りないオレ達で必死に考えたある作戦をやってもらいたいんで」
「ほう、聞かせてみろ」
「へえ、オレ達ある女に目をつけたんですが魔法の腕が中々のもんでして。気の強い女だったんでここはひとつ、ボスが直接相手して力量差を見せつけてからヤっちまうのはどうかと思ったんでさあ」
「ほほう、気の強い女をか……ぐふふ」
途端に威圧感溢れる表情が緩んでにやけ始めた。上下関係を気にするボスは、しかし女が絡むとそのだらしなさが面に出てしまうため集団内でも実はそこまで求心力はない。
美辞麗句を並べなくとも簡単におだてられてくれるので、ある意味その行動を操りやすい、というのが周りからの評価だった。
「それで、街の中で襲うのか? それとも外でやるのか?」
「後つけて話を聞いてみたところ、どうやらこの街に遊びに来た貴族の坊っちゃんのお守りをしているみたいで。明日街を出て南の森に行くそうなんで、その入り口あたりに張っておくのがちょうどいいんじゃないかと」
「なるほどな。ついでに坊っちゃんも捕まえてその目の前でヤっちまうのもいいな、ぐふふ。よし、お前ら! さっさと移動する準備しやがれ!」
怒鳴り声を受けて男達が沸き立つ。それを見てほくそ笑むチンピラ3人。後をつけていたのはいいが、騎士団の訓練云々の話はどうやら聞こえていなかったようだ。
貴族の軍から逃げた先で別の貴族を襲うとは、いったいどんな神経の持ち主なのだろうか。
作戦といいながらも後先を全く考えていないこの会話が、彼らの頭の悪さを非常によく物語っている。
こうして、自分たちが襲う対象をよく検討もしないまま、欲望のままに山賊達は街を出ていくのであった。




